閑話 魔法技巧人形、ルシエラの記憶
一人きりで西の森へと帰った俺は、ルシエラに事の次第を問いただされ、メチャクチャ叱られた。
『クラウディアに、一人きりになるなと言われたのに、何をしていたのですか!?オルヴィス等と二人きりになる様な危険まで犯して!しかも、封印を解くなど無茶までして!!』
「仕方がないしゃん……ガーゴイルが出たんだよ?」
久しぶりのルシエラの雷にビク付きながらも、自分の正当性はちゃんと主張しておかないと!後々まで口うるさく言われちゃう。
『全く……それで、その耳飾り……ですか?』
暫く俺の耳に付いた耳飾りを触って検分していたルシエラは、顔を曇らせた。
『これは……目印ですね。貴女が何処にいても分かるようにするための……。あぁ……呪いまで掛けられていて、外せません。……全く、何て物を貰ってきたんです!?』
「………はっ?呪い!?そんなの付いてたの!?これ……マジか。あ、ねぇ、何でオルヴィスに近寄るなって、クラウディアさんもルシエラも言うの?オルヴィスがオカマだから?」
『オカマ……?』
ルシエラは、反芻した。
オカマ……オカマ……オカマ!?
オカマとは、アレよね?………あれ?あの男は、そんなんだったかしら???
記憶を反芻してみるが、引っ掛かる素因が見当たらなく、混乱をきたした。
『ま、まぁその話はもういいですから、荷物を片付けて今日はもう休んでください』
ヴィショップを寝かしつけた後、ルシエラは記憶情報の捜索を行っていた。
ルシエラを作ったのはエリシア、ヴィショップの祖母に当たる人だった。ルシエラの中には、エリシアの知識と記憶が眠っている。
エリシアは今はヴィショップの魔力を封じる………正確には己の肉体に引き込み純粋な魔力の結晶化を行っているのだ。
――ある、懸念材料への対抗手段として。
ヴィショップには、魔力の封印として教えているが、実はそうではない。
エリシアの記憶を探ると、エリシアの娘エリエスが身籠り、この森へと帰ってきた頃に時は遡る。
「エリエス、貴女今まで何処に行っていたの!?」
数年前、勝手に家を飛び出して以来、音信不通だった娘が、何の前触れもなく突然帰ってきたのだ。
「お母様………ごめんなさい。修行が嫌で逃げ出しました………」
そして、帰ってきたエリエスのお腹が大きい事に気付くと、何故帰ってきたのかを聞き出した。
「夢を……見たの……この子が殺される……夢……」
エリエスは、薬学や回復魔法の類いは不得手としていた。予知夢や予見も発動回数は極端に少ないが、代わりに一度発露すればその精度はかなりの高さを誇っていた。
その言葉にエリシスは、エリエスのお腹の赤子に対して、未来予知を行った。
空が暗く黒い霧がそこかしこを覆う禍々しい世界の中、乳緑色の髪の男と他に数名の人物とが争い縺れ、乳緑色の男が持つ銀色の剣で、その胸を刺し貫かれ崩れ去る金髪の少女の映像が垣間見る事が出来た。
エリエスが見たのは、彼女の話した内容から推察するにきっと、ここまでの光景だろう。
しかし、エリシスの見た予見は、この先の続きに当たるものだった。
赤い月が満月となり、不気味にこの赤い光だけが世界を照らし出す。
世界を黒い霧が覆い尽くし、魔物達が狂い暴れ、逃げ惑う人々が蹂躙され、そこら中に悲鳴や断末魔が響く………。
何処を見ても、地獄絵図の様な世界ばかりが広がり、死がそこかしこに横たわる。
一つ、この地獄絵図の世界を変える可能性が有るならば、今にも消え入りそうな一筋の仄かな白い光が天に真っ直ぐと延びている――ただそれだけだった。
この光の意味が、何なのか。
この仄かな光こそが、地獄絵図の世界を変えうる唯一の手段に思えて………。
「…………これは……。エリエス、この子は護らなくてはならない。この森から出来うるだけ出さず、自ら身を護れるようになるまでは……」
母エリシスは、エリエスに対して自分の予見について詳細は語らなかった。
しかし、エリエスはその辺り、母エリシスに対して絶対の信頼を持ち得ていた為、深くは聞き出さなかった。
胎教に良くないからだ。こういう事は、深くは踏み込まない方が今は正解だ。
「わかりました、お母様。私はもう、森の魔女の役目から逃げ出したりしません。……この子の為に……」
エリシスは、エリエスに対して予見の続きを、その可能性を告げた。
産まれ来た赤子は、とても魔力値が高かったがそれでも、『あの光景を打破するにはまだ足りないわ』とエリシスは踏んだ。
故に――――
「エリエス、私はこの子の魔力の半分を私の体に溜め込もうと思うの。何時か、この子が必要とするその時まで」
「それは!?……お母様!!」
魔力を封じるとヴィショップには伝えていたが、実際は彼女が使えるはずの魔力の半分をエリシスの封印した肉体に流し入れて溜め込んでいるのだ。
同じように、期を見てエリエスもヴィショップの成長と共に増え出した魔力を封印したエリエスの肉体に、流し入れて溜め込んでいる。
全ては、何れ必要となると思われる、その時の為に……。
実際は、ヴィショップの魔力は封印されていない。
主として使われない平常時に、ひたすらその魔力を祖母と母親の肉体に送り続けているのだ。
最低限、二割の魔力を残して全て。
乳緑色のあの男――オルヴィス。
エリシスとまだ幼さの残る少年時代のオルヴィスは、一度だけ戦っている。
『何れあんたの子孫が、俺を殺すから!』
あの少年は、そう叫んでいた。
当時のエリシスには、それが何かは当然分かる筈もなく、少年自身も対した強さじゃ無かったから、気にも止めなかったのだろう。
エリエスが身籠って帰ってきた折り、家を飛び出した直後に、同じぐらいの年頃の乳緑色の青年にいきなり襲われた事、予知夢で見たお腹の子を殺した男が、あの乳緑色の髪の青年だった事を伝えると、そこで漸く全てが繋がった。
あの男は、ヴィショップが彼を殺すのだと言った。
だけど、私達が見たものは逆だ。
彼が……彼こそが、私達の宝の命を奪うのだと。
ヴィショップの魔力を押さえていたのは、魔力を溜め込むだけが目的ではない。
魔力値を極端に落として、存在そのものを隠蔽するためだった。
だからこそ、森から出てはいけないと、ずっとそうしてきていたのだが………。
恐らくそれももう限界だ。
あの子はもう、弱くない。
強くは無いけど、護らねばならないほど……庇護を必要とするほど幼くはない。
そして、森の外へ出ることを許した訳なのだけれど………。
出て早々に敵に見つかり、あまつさえ、こんな印を付けられるなんて……。
ヴィショップの耳に付けられた、小さな乳緑色の石の耳飾り。
これには呪いが掛けられている。
下手に取り外そうとすれば、ヴィショップの全身を死に至るほどの無数の刃が襲うことだろう。
そして何より、この石がヴィショップ居場所を常に指し示している。
『何て事なの………』
眠るヴィショップの顔を見ながら、ルシエラは小さく呟いた。
私達の宝が……希望が、奪われる………。
そうならないように、エリシスとエリエスは動き、
――後はもう、天に運を任せるしかないのかしら?
中庭の椅子に腰掛け、白銀に輝く満月を見上げ、ルシエラは一人思案を続けていた。
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