第14話 旅の帰路~オカマの魔女と行く珍道中


 日も暮れた頃、漸く宿場町に到着することができた。


「も……もう、歩けない…………」


「アタシも…流石に疲れたわ……」


 朝から動きっぱなしだったヴィショップ、同じく何時に無く動いていた自覚のあるオルヴィスの二人は、ヘトヘトの状態で早くベットに身を投げたしたい気持ちだった。


「すみませーん、今夜の宿を取りたいんですけど、シングルベットで二部屋空いてますか?」


 手近な宿に駆け込み、奥の厨房から顔を出した女将が対応してくれたのだが…………。


「悪いね、今夜は部屋は満室だよ」


 泣く泣く、他の宿を当たることになった。


 訊ね歩くこと五件目にしてやっと空き部屋にたどり着いたが……。



「悪いね~、空きは一部屋だけだよ」



 俺とオルヴィスは、顔を見合わせた。


「どうする……ヴィショップ?」

「どうするって……もう歩けない……疲れた、横になりたい、お腹すいた…」


 もう歩くのも、空腹も我慢できないし、兎に角…横になりたかった。

 この時、ほぼ思考は停止していたんだ、きっと。


「分かったわ、アタシも…もう歩きたくないわね。空き部屋、一つお願いするわ……」




 ◇◇◇




 食事はロース肉とフライチップ、サラダとスープ、パンのセットを注文し、オルヴィスは、葡萄酒やエールを頼んでいた。


「……それって美味しいの?何でエールと飲み方が違うの?」


 オルヴィスは、実に美味しそうに葡萄酒を口に含み、口のなかでモゴモゴ?させながら飲んでいた。

 エールは、普通に飲んでいたから、何でお酒によって飲み方が違うのか、不思議だよね。


「んっふふふっ……。お子ちゃまのヴィショップちゃんには、わからないわよぉ~☆オ・ト・ナ・の、味なんだからぁ~ん☆」


 既に、エールを五杯と葡萄酒一本を空けかけているオルヴィスは、ほんのり頬を赤くしほろ酔い所でなく酔っぱらいになりはじめていた。


 食後、俺は先に風呂を済ませると、オルヴィスは、ソファーでまったり寛いでいた。


「お風呂すんだよ~」


「んふふふっ。ヴィショップぅ~☆良い匂いになってるぅ~☆」


 オルヴィスの前を通り掛かったところで、彼?彼女?の手が延びてきて、俺を抱き抱えようとしてきた。


『オルヴィスと会っても、決して?』


 急にクラウディアさんの警告が、頭の中に響いた。

 オルヴィスは、オカマの魔女で年齢不問の男色家だ。だからクラウディアさんは、オルヴィスとと言ってくれたに違いない!!


「ダ、ダメだっ…!!オルヴィス……!」


 オルヴィスの引き寄せる力が緩み、何を言い出したのか分からないといった表情を浮かべてきた。


「あ……あの、だから、早まるな!良いか、よく聞いてくれっ!……お、俺は…俺だけど…俺じゃない…じゃ無くて!男じゃないんだ…女なんだ!!……だから、オルヴィスのには、当てはまらないんだ!!」


 必死に、俺はオルヴィスに対象じゃない事を伝えようとしていた。


 その様子を、只々最後まで聞き続けたオルヴィスは、ヴィショップが何を訴えているのか考えて………理解すると同時に吹き出した。


「…………!!っあっ、ははははははっ――――!!やぁだぁ~☆おっかしぃったら無いわぁ~☆ヴィショップったら………うっくくくくくっ………!!」


 身を捩り、お腹を抱えて笑いこけているオルヴィスに、俺は何か的外れな訴えをしたのかと、顔を真っ赤にしていた。


「あ~、あ~☆可笑しい!!」


 くるりと俺に向き直り、ポンッと俺の両肩に手をやったオルヴィスは、急に真顔になりそして――――



「安心して頂戴。アタシが本当に好きなのは、ちゃんとだから☆」



 ――え?え?え?ええぇぇ――!?


 だってオルヴィス、『男に金を持ち逃げされた』とか『男に騙された』とか言っていたじゃん!!


 今の、『本当に好きなのは大人の女性だから☆』って何!?


 意味が………分からん!!


「もぉ~う♪ヴィショップったら本当に可愛いんだからぁ♪うふふっ、ヴィショップ、大きくなるのを楽しみに待ってるわよ☆………さ、お子ちゃまのヴィショップは、早いとこお寝んねしなさいね☆アタシもお風呂行ってくるわね~☆」


 ………うっ、か、勘違い!?勘違い………だったのか………?



 あぁ、つ、疲れた!色んな意味でもうクタクタだよ………。



 ヴィショップはバタンと、倒れ込んで布団に入るとそのまま直ぐに深い眠りに落ちていった。




 ◇◇◇




 宿屋の一室にて、今日は散々な目に遭って疲れたのだろう。

 ヴィショップは、先にベットで眠っていた。


 朝からずっと、走ったり、戦ったり、逃げたりを繰り返して来たのだ。

 子供の体のヴィショップには、相当堪えたのだろう。


 風呂を済ませ、部屋に戻ったオルヴィスは、その無防備な寝顔を眺める。

 暫く、その寝顔を見つめ続けていた。脳裏には、今日一日の出来事を思い浮かべながら。

 そっと、眠るヴィショップの横に腰掛け、頬にそっと触れた。


「やぁね、こんなに無防備に寝てくれちゃって……」


 そんな、無防備を晒されたら、もう一つの衝動が押さえられなくなると言うのに………。


 ヴィショップの白く細い首に、両の手をそっと廻した。………力は込めていない、当てているだけだ。

 大人の男であるオルヴィスの長い手指には、ヴィショップの首は、余りにも細くすっぽりと収まってしまう。


「………ほら、アタシはあんたを殺せるのに……そんなに無防備で良いのかしらね?」


 このまま、この手に力を込めれば、簡単に殺せるのよ?

 ……それなのに、呑気に寝ていて良いの?

 このまま、アタシが殺される前に、あんたを殺してしまおうかしら?


 パチリ。


 突然、ヴィショップの目が開き視線が合った。


「………えっ!!」


 不味いわね。どうする?

 どう誤魔化すかしら………。


 そんなオルヴィスの心配を覆す事が、この後に起こった。


 ふわりっ……ヴィショップの顔がいつになく緩やかに微笑み、オルヴィスの頬に手が延びた。


 その手が届く前に、ヴィショップは再び目を閉ざし、眠りに落ちたようだった。そして、延びかけた手も、ベットにパサリと落ちた。


「ちょっ……」


 何よ……!?


 反則よ………これ……。


 何よ………反則じゃないの………。


 何で、何時もは小生意気小僧顔ばかりしているのに、こんな顔するの!?


 この子は………。




 ………………可愛い。



 不味い……。常に可愛い可愛いとは言っていたけど、殺そうと思っている相手が、可愛くなるって、どう言うことよ………。


「うう~ん…………」

 寝返りをうち、オルヴィスの方を向いたヴィショップの手が、オルヴィスの手に重ねられ、きゅっと、握ってきた。


 ドキューンッ!!!


 あ……マジで可愛い。


 あれね。ずっとなつかなかった小動物が、急に気を許してきた…………みたいな?


 不味い、今の寝顔まで可愛く見えてきた。

 もう、この感情を止められる気がしないわ……。


 まさか、これって……そう言うこと……とかじゃ、無いわよね?


 女の真似はしているけど、アタシが恋愛の対象にするのはあくまでだ。

 こんな真似しているのだって、自らの身を守るためで、本意じゃないけど…………。


 寝顔を見ているだけなのに、妙に胸がソワソワ、ドキドキし出してきた。


 ……え、何?アタシったら、こんな小さな子供を恋愛の対象になっちゃうの?


 ―――――あり得ないでしょ!?



 だって、実年齢は兎も角、相手はまだ十歳の体じゃないの。今直ぐ姓愛の対象にするわけにもいかないじゃない。

 そんなぐらいから仕込む輩も居なくはないけれど、あくまで同等でいたいのよ、その辺は。


 それに、アタシの主義じゃないわ。


 それにしても………不味いわね。


 殺れるうちに片付けてしまわないと、後々アタシの命が危ないってのに、うかうか仕損じるなんて………アタシらしくないわ!



 しかし、この日は再び、ヴィショップの首に手をかけようという気は起こらなかった。


 床に入って暫く経った頃、側にくっついてくるヴィショップの寝顔を見ながら、その温もりがいやに温かく、オルヴィスは、子供の体温て熱いくらいなのねとか思いながら、ふと思った。


 殺さずに済むなら、本当にアタシの伴侶にするのもアリなんじゃないかしら?


 眠るヴィショップの頬を軽く撫で、この子が将来、あの表情の無いに成るとは、到底思えなかった。


 クルクルと表情を変え、時に熱の籠った、喜怒哀楽に富んだ表情を浮かべるのだ。


「本当に、貴女がアタシを殺す、あの女に成るのかしらね……?」


 もう少し、側近くに入り込んで、その行く末を見極める必要が有りそうね。


 でも、それまでは………別の将来の為に、一計を講じるのも、また一興よね………?


「うふふふ……。明日の朝、目覚めた貴女はどんな表情を浮かべるのかしら?」


 オルヴィスの瞳が、悪戯っぽく輝いていた。




 ◇◇◇



 窓辺から朝陽が差し込めて、外からはチュンチュンと小鳥の囀りが聞こえて、目が覚める。


 布団の中で、覚醒に至る。

 頬から伝わる温もりが、――やけにあったかい。


 何だろう?お母様………にしては随分と大きい気がするし、何となく筋肉質?

 硬いんだよな………。


 パチリ。


 目を開くと目の前に、肌の色が直に見えていた。

 手から伝わるのも、頬から伝わるのも、同じ温もりと筋肉質な硬い感じの皮膚の感触で………。


 ………え?………何?


 そっと、起き上がると、裸のオルヴィスが、寝ていた。


 ………………はっ!?


 何でオルヴィス、服着てないんだ?


 俺は……ちゃんと服を着て寝ていた。


 ――――意味がわからん!!


 昨夜の事を思い出してみる。


 宿屋のツインの部屋は空いておらず、部屋も二つは空いていなかった。

 昨日は、散々動き回ってヘトヘトだったんだ。

 だから、宿探しだってもう、一歩も歩きたくなかった。

 だから一部屋で、一つのベットで、一緒に寝ることになったんだよな。

 オルヴィスは、オカマだし、好きな対象はだもんな。


 そうなると、俺は男の子を装っているけど、女の子だってのは、オルヴィスも知っているから安全だと踏んだんだけど……。


 ………………何故、裸で寝ている??


 まぁ、深い意味はないのか?


『ぐぅぅ~っ』


 俺のお腹の音が鳴った。


 お腹すいた………そろそろ、起こそうか。


「オルヴィス、朝だよ起きて」


 ペチペチ頬を軽く叩き、起こしに掛かる。


「ぅ…う~ん………」


 オルヴィスの、男らしく締まった腕が、俺を抱え込み、オルヴィスの胸板が頬にあたる。


 再び、布団の中に引き込まれた訳だが、どうやら裸なのは、上半身だけのようで安心したんたが、この状況は………何なんだ?


「ね、オルヴィスってば、起きてよ!!」


 割りと、がっちり抱えられている状態で、起き上がれないし、抜け出せそうに無い。


「オルヴィス!オルヴィスってば!!起きてよ、もぉっ~!!」


 抱えていた腕の力が、ふっと、緩み、オルヴィスの瞼が開く。

「あらぁ、私ったら服を着るの忘れていたのね…恥ずかしいわぁ」


 いやぁんっ!腕を胸の前にクロスして、掌で胸を隠すポーズをしている………。


 気持ち悪い………。


 うへーっと言う表情をしたあと、一応もう一度「おはよう…」と、声をかけた。


「うふふっ。おはよう、ヴィショップ。今日も可愛いわね☆」



 ………………はっ?


 今、ウィインクした?俺、男じゃないのに?

 

 オルヴィス………寝ぼけているのか!?


「顔洗ってくる………」


 そう言って、その場を逃げた。




「まだまだ子供ねぇ~。今の意味………まだ分からないか…」


 相手は、十歳の体。精神は肉体に引きずられるから、そちらもそれ相応の部分が大きい。


 殺せないなら、籠絡して閉じ込めて、アタシしか見れないようにするのもアリかしらね、何て思いだしたのだけど………。

 そちらの方向に向かせるには、骨が折れそうね。


 ニヤリ、口許を緩めながら次の算段を巡らすオルヴィスだった。



 ◇◇◇




 その後は、何事もなく順調に歩を進める事が出来、迎えた別れの時。


「ヴィショップ、お別れの前にあなたにあげたいものがあるの」


 オルヴィスが手招きし、俺は側によると屈み込んだオルヴィスの顔が俺の顔を掠めた。


 耳朶をぱくりとオルヴィスの口に含まれ、ズキンッと一瞬の激痛が走るが、直ぐに止んだ。


 何事か!?と、触るとそこには小さな硬い感触が宿っていた。


「オルヴィス……これ……?」


「んっふふふっ~☆ホラこれ♪アタシとお揃いよ♪」


 ヴィショップとオルヴィス、片方の耳に対となる耳飾りが付けられているらしかった。


「……だからね、ヴィショップ……これは取らないでね?アタシとあなたの出会った記念。お互いを忘れないでいましょうって事だからん☆」


「……うっ、…………うん……?」


 忘れないって、絶対に!!あんた強烈だったから!!


「じゃ、じゃあね!俺はここでサヨナラだから!!」


 これ以上長引くと、いよいよ身の危険が有るんじゃないかと心配になるわ…………。


 ヴィショップは、西の森へとスタこら帰って行くのだった。




 ◇◇◇




「まぁ~☆最後までカラカイがいの有ること……。ふふっ、次に合うときはアタシじゃなくて……本当の姿に成るわね~☆今から楽しみだわ♪」



 ………だからね、ヴィショップ。早く大きくなりなさいな、子供じゃなくて大人にね………。

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