閑話 *改訂 魔女達の連絡手段*

 西の森に帰って一月余り、季節は夏真っ盛りだった。


 木々の間から差し込める日射しが、キラキラと暗くなりがちな地を明るく照らし出す。


 森の中にある家の中庭は、中々に広く拓けていて、特に日射しが強く射し込めてくる。


 木陰に入れば涼しいが、ここは暑い。


 その拓けた中庭に一台の金属物質……魔女達の移動手段の一つ、『飛空挺ラヴターユ』。

 漆黒と銀色を基調としたそれは、物質落下の法則に逆らい、地面スレスレをゆっくりと着地する事で衝撃音を消していた。


 その黒い機体から降り立ったのは、漆黒の髪を腰ほどまで伸ばしたクローディアさんだった。


「ああ、無事に帰って来ていたのね。良かったわ」

「お久しぶりです!クローディアさん!」


 駆け出して、俺はクローディアさんの元へと向かった。


「ふふふっ、相変わらず元気一杯ね。」

 クローディアさんは、目を細めて笑いかけてくれた。


「それで、今日はまた、何の用で此方に?」

 薬はこの間届けたから凡そ一、二年は事足りた筈なんだけど……。


「この間、言っていたでしょう?北の白いの…リュネスに転移用の鏡を作って貰うって」


 にいーっこり、あからさまに含みを持たせたいい笑顔をクラウディアさんは披露してくれた。


「もしかして、もう完成したの!?」


「正解!!早速、家の中に設置しましょうか!北でも何処でも、他の森の魔女ともやり取りが可能になるのよ!!」


 クラウディアの声音は非常に明るい物だった。明らかに気分が高揚している事が、ヴィショップにも理解できるほど。





「お邪魔するわよ~!」


 台所のカウンターから、ひょこりと顔を覗かせたルシエラ。珍しくクラウディアの声音の高さに『信じられないものを見た』と言う表情を浮かべた。


『いらっしゃいませ』



 居間の窓側に等身台の姿鏡が設置され、いよいよ北の魔女リュネスとご対面である。



「これに、魔力を込めればいいの?」

「そう書いてあるわね。行き先の魔女を思い浮かべるか、名前を呼ぶかしてって書いてある」


 行き先は当然、北の森の魔女リュネスだ。


「ふ~ん。じゃあ、今回だとリュネスを思い起こせば良いんだよね?」

「そー言うこと♪」


 俺は、クロードの森で映像手紙で対面した白銀の髪、ローズクオーツのような赤い瞳の愛らしい少女を思い浮かべる。


 鏡の縁、これが文字を刻むように不可思議に光出す。それは一斉に光るんじゃない。一文字、二文字、或いは一つの単語を示すようにそして最後に一斉に光った。


 鏡面が白く眩い光に包まれ、そして消えた。その先には………。


『まあ!西のチビちゃん。早速使ってくれたなの。私もそっちへ出ても良いかしらなの』


「ああ、うん。構わないよ」


 俺が同意すると、シュルリ。鏡の中から片口に切り揃えた雪の様に白い髪の少女の姿が現れた。

 映像で見たよりも、ほんのり桃色に色付いて見える肌は、健康的で白磁人形みたいに華奢で愛らしい。


「ホントのホントに初めましてなの。私は北の大雪山、白雪花の森の魔女リュネスなの。以後お見知り置きをなの」


「あ、うん。俺は当代の西の森……プレテジア(クリーフィア)の森の魔女ヴィショップ。真の名は、今は封印中だから、明かすのは勘弁して欲しい」


 魔女同士が最初に名乗り会うとき、森の名を明かすのが仕来たりらしい。何処の誰と明確に名乗ることで、己の森の誇示と主の存在を認識させる狙いらしいんだ。


 森の主と言っても、普段森の奥底、閉ざされた聖域にしか居ないからね。姿を拝するのを許されるのも契約している魔女に限られる。

 森の魔女と森の主は云わば夫婦も同然だ。うちは……ちょっと特殊でそれが叶わないけど、大抵は森の主と魔女とは契りを交わし夫婦となることが多い。


 共に並び立って昇華し、伴侶とならねば森から昇る神々は『男』だけだからね。女神がいないんだ。それでは次世代の神々が産まれない。


 だから、互いに魔力循環を行い互いに高め合う存在何だけど……。


「承知なの。西の森の事情は森持ちには有名な話。こう見えても、私あなたよりも大分のお姉さんなの♪」


 そう。魔女とその血族は、見た目通りとは限らない。宿る力が強ければ強いほど成長は阻害される。


 だから、リュネスも見た目が十四歳でも実際は………聞かないでおこう!!


「分かった。じゃぁ、リュネス姉さんで………」


「うふふふっ♪西の魔女緊張してるなの?顔が硬いよ~?」


 当たり前だ。女の怒りがどんなにか怖いモノかは知っている。機嫌を損ねるような口を開かないように気を付けようとすると、どうしても言葉は硬くなる。


「すっ、すみません。どうにも、若い女の子と話すのは慣れなくて………」


「若い!?うふふふっそうなの♪リュネスは、まだまだ若いなの!」


 上機嫌の北の魔女リュネス。彼女にルシエラを見て貰った。


 最近、ルシエラの頬のひび割れは大分広がりを見せていた。目の直ぐ下まで広がった亀裂と、頬から欠片が零れ出していた。だから、森の見回りも買い出しもルシエラは一人では行かない。


 いつ、また起動停止を起こすんじゃないか、ヒヤヒヤしていられなかったんだ。


「技巧人形……顔、治すの無理なの。元から作り直すしかないなのね。リュネス、見てあげるから、うちに来るなの。あそこには道具も沢山揃っているなの」


「ありがとう、助かるよ。ルシエラは俺の家族だから、どんなことがあっても失いたくないんだ」







 ***




 北の大雪山。その中腹付近に人が分け入ることを拒むかの様に、雪月花の森は存在している。


 斜面が多い山の中腹にあって、不思議と水平を保つ大地。今の季節は夏だから、丈の短い草花しか無いけれど淡い若草色の絨毯に、黄や桃、青にオレンジと色鮮やかな花々が咲いていた。



「あはっ!凄い!見たことの無い花とか草木がいっぱいだ!!」


「ふふっ……。ここは高原地帯なのね。だから平地には無い種の植物いっぱい。ヴィショップ、花は好きなの?」


「うん、草花は好きだよ。花に囲まれてると幸せになれるんだ!」


「なら、帰りに少し摘んであげるなの。ヴィショップ、リュネスと仲良しの印ね?」



 北の魔女の住む大雪山は、鉱物資源の宝庫でも有るらしく、リュネスの作り上げる作品の大半はこの山の何処かで採れるのだそう。


「魔物の攻撃で割れたのは軽い石膏席を材に用いているからなの。もしこれが魔力を纏わせた時鉱石とか聖白金とかなら大分違うと思うの」


「加工がし易いから石膏石を使うんじゃ無いの?材が変わったら可笑しくならない?」


「その辺りは、融合魔法を使うなの。流変させて馴染ませれば問題は無いの」


「………え?何その魔法………」


「新しく作り直したり破損箇所以外を作るの面倒なときに使うなの。一度『型』を固定すれば後は勝手に材料同士が混ざりあってならされるのね!楽チンよこれ!!」


 リュネスに教わりながら、ルシエラの基本となる顔の輪郭の形成をしていく。基本となる部位はヴィショップが、細かな調整や加工はリュネス指導しながら行い、一週間程かけてルシエラの新しい顔が完成した。



「やった!ルシエラだ。破損の無い、綺麗な顔のルシエラ……。リュネス、ありがとう!お陰で」


「よく頑張ったなの。一週間、私も楽しかったなの。元の体と新しい顔が馴染むまでは数年はかかるなの」


「うん、わかった。それまでは俺の魔力をルシエラに流し続ければ良いんだったね」


 リュネスに見送られ、私は鏡の中へと帰っていった。



 それから、ルシエラの起動停止と顔の付け替えを行い、魔力を流して再起動を待つ日々が続いていた。


 一年か、それとも五年か……。森を閉ざし、ルシエラを眺める日々が再び続いていた。

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