第三章~激動の饗宴~

第1話波乱のカロンド王国

 青々と繁り始めた新緑の合間から、明るい日差しが柔らかく差し込み森のなかを明るくしていた。

 森の中を幾つかの馬影が横切り、駆け抜けていく。


 馬達が追っているのは、鹿だった。鹿は、森の奥へと俊敏に駆け、小高くなった低木も優雅に飛び越えていく。


 その周りを幾本かの弓が鹿の体を掠めそうになるが、鹿には一本も当たることは無かった。襲撃者との距離が開き、鹿は悠然と逃げていってしまった。


 カロンド王国、

 西の魔女に侵入を許された緑の浅い森をそう名付け、春から晩秋にかけての狩猟祭、或いは軍事演習に利用したいた。


 今は、初夏にかけての王家主催、狩猟祭の最中だった。


「アレン王子、もうすぐ終了のお時間ですのでそろそろ戻りましょうか?」


 お付きのレインが、狩りの時間の終了が近いことを知らせてきた。


「大部、深く入り過ぎたか……。そうだな、そろそろ戻ろう」


 馬頭を翻し、開催の会場に戻ろうとした矢先それは起きた。


 ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!



「ぐわぁっ……」


 空を切る風切り音と共に、矢が近くの護衛兵に突き刺さる。


 瞬時に護衛騎士達は、王子を取り囲み周囲の警戒に移る。

「殿下……ここは、致し方有りません。魔女の森へ逃げましょう……」


 漆黒の森――魔女の支配する、緑のより一層濃く黒さを増した森。


 そこへの人間の立ち入りは許されていない。

 ……と言うよりも、漆黒の森には魔物も多く生息している


 彼らを刺激しないためも有るのだが、唯一侵入を許される時が有る。


 森の魔女に庇護を求めるときだ。


 特に、当代の彼女と血を同じくする『』の者ならば、無条件に護りの対象として扱われるが、漆黒の森の魔物に関しては魔女の支配下とは少し異なるらしく、その結果は未知数だ。


『血のえにしにより護られる』その様に言い伝えられては要るが、未だにその様な付則の事態に直面したことが無いため、定かではなかった。


 レインが、先陣を切り駆け抜けていく。その後を護衛騎士、アレン、再び護衛騎士の順で駆けていく。



 暫く走ると、後方から『ぐぇっ!』『があぁっ!』と、馬上の騎士から悲鳴があがり、『ドサッ』と、落下する音が聞こえた。

 一人、また一人とアレンに続く騎馬は、減って行き、遂にはレインとアレンとあと数人となってしまう。


 目の前には断崖絶壁。眼下には漆黒の森が黒々とした葉を繁らせ広がっていた。



『グルルル……』


 背後に忍び寄るのは、二十頭程の灰狼の群れ。口から滴る涎に混じり、赤い色が一筋垂れる。


 先に襲われ、落馬した騎士の血だろうか。

 口元や目もとの薄い灰色にも赤い血の色が飛沫をあげた痕のように付着している。


 落馬した仲間の死が、これで告げられたような物だ。

「くそっ……」

 誰からと無く、そんな呟きが漏れてくる。

 それもその筈、先程まで下らない掛け合いをしていた仲間が死んだのだ。そしてまた、今現在に於いて、自分達も死の鎌が直ぐそこまでもたげている様な状況下に置かれているのだから。


 灰狼が駆け出し、手前の騎士とレインに飛びかかる。


 レインは剣で斬り伏せようとするが、勢いを殺しきれず左の腕に噛みつかれる。頭部を何度も柄で殴り付け、何とかその死の牙から逃れる。

 もう一人の騎士も剣を振り払い防ごうとするが、思った以上に魔物の灰狼の突進力が強く、騎馬から突き落とされてしまう。

 落馬の衝撃で背中を強く打ち付けたせいか、『ごふぇっ!!』と、イボガエルのような悲鳴が上がり、その衝撃に直ぐには立ち上がることが出来なかった。


 無防備となった一瞬を、灰狼は見逃す筈も無く、加速と跳躍、そして倒れた肢体にのし掛かると、その喉元に喰らい付いた。


「ぎゃあああああぁぁぁ………!!」


 激痛に身を捩る、上にのし掛かった灰狼の首元をガシッと掴むが、直後その腕から力が抜け落ちだらりと地に崩れ落ち。




 ――――絶命したことが知れた。




「王子……ここは……」


 既に逃げ場を失い、馬を棄てたアレンとレインの主従。レインは視線で何を思案しているかをアレンに示した。


 背後には、漆黒の森がそのがま口を拡げて待ち構え、眼前には護衛騎士の全てを噛み殺した灰狼の群れ。



 この選択は、賭けだ。


 森の魔女が支配する森の中で、唯一『私も全てを見ている訳じゃない』と、人間が足を踏み入れる事を良しとはしなかった場所。



「仕方がない。もし、運が味方したなら、また合おう!」


 アレン王子と騎士レインは魔女の森の深部へとその身を投げ出した。







 深く、深く、暗い森の中。

 ザワザワ、ザワザワと長い暗緑色の長い蔦をくねらせ、それらは細かい木々の枝を掻き分け待ち構えていた。



 長い蔦を筒状に限界まで真っ直ぐ伸ばし、ジトリとした光沢を滲ませる柔らかそうなその場に獲物が落ちるのを待っている。



 意を決して断崖へと身を翻したアレンとレインの二人の主従は、獲物を誘い込むためユラリと揺れ動く蔦の筒に吸い込まれるように落下し、その籠の中に落ちていった。






 ◇◇◇





 サアアァァァァ―――。


 夏の夕立は、思いの外突然に降り始めるもので、大粒の雨が粒の形を保ったまま衣を伝い流れ落ちていく。


 薄暗い森の中、ズシッ……ズシッ……と、悠然と歩くその砂色のゴツゴツした巨体は、降りしきる雨を気にした風もなく、ただ黙々と木々の合間を縫って行く。


 その背には、長い裾をはためかせた金色の長い髪を束ねた少女が片足をだらんと伸ばし、もう片方の足を立てた状態で腰を下ろしていた。

 その少女を雨粒で濡らさぬように、砂色のゴツゴツした巨体……ルドルフの巨体から延び出した緑の蔓が、大きな葉を生やし折り重なる。さながら傘の役割を果たしているようだ。


 緑の濃い、黒いとも見える木々の森は、他の色味の薄い森よりも、格段に強く巨大な魔物が多く棲息している。


 人間達に立ち入りを許さない理由は、その辺りも有るが、その更に中心には『白の大地』が存在している。そこを人間に……守護する魔女以外の者に触れさせない為、侵入を拒んでいるのだ。


 あそこは、森の主が住まう場所。森の聖域。命とも心臓とも言える場所。だからこそ、黒く見える漆黒の森への侵入は禁じているのだ。

 手付かずの、森。黒ければ黒いほど古くから在ることを示す木々は、その太さも大きさも他とは異なる。



 ジュワジュワと音を立てながら白い煙が立ち上る。鼻に付く酸の臭いと肉が溶ける血生臭い音がそこにはあった。


「久方の食事中に悪いね。それは私の客だ。解放しては貰えないだろうか?」


 話し掛けた相手は、ルロラディアと言う肉食の植物性魔物で、緑の蔦を上面に開き鳥籠状にしたり、捕獲ネットにして木々の合間に張って得物を待ち構え補食するタイプの魔物だ。


『シュルシュルシュルシュル……』


「え?代わりの肉を寄越せって?……まぁ、当然か。『クロスニーガ』一頭と交換て言うことでどうだ?」


『シュシュシュルシュルシュル……』


「一頭じゃたりない、追加を寄越せって!?ったく、ちゃっかりしてるなぁ~。ま、無理をお願いするんだから仕方がないか。追加の分もそこの獲物さんに料金請求すれば良いかな……。オッケー、ルロラディア!交渉成立だ!!」


 収納ポーチから、クロスニーガ四頭を、二体のルロラディアに放り投げる。


 ザシャアアァァァ――!!


 蔓状の鳥籠ネットからそれぞれ人間が流し出されると、宙に舞うクロスニーガの死肉に蔓が延び、それを絡め取って再び蔓を鳥籠状の消化体制に戻った。


 流し出された人間は、ルドルフの蔓が収容し間近に見ることが出来た。


 黒髪の十代後半と見れる少年と、二十代も半ばと見れる金髪の青年。


 何れも、酸による衣服の溶け落ちと、強い炎症とが見受けられた。特に酷いのが金髪の青年の腕の噛み傷で、場所によって白い硬質の物が見受けられていた。


「あちゃー。これはちょっとヤバいかも……。う~ん。助かるかなぁ?ちょっと微妙なラインだね。ルドルフ、少し飛ばして頼むよ?」


『フンッ、俺は何時からお前の乗り物に成ったんだかな』


「あははっ、そう怒りなさんなって♪帰ったら何か果物でも用意するよ」


『まぁ、仕方あるまい……。少しばかり飛ばすが、あまり揺れぬように注意してやった方が良いな』


「うん。頼んだよルドルフ」




 ルドルフの上に抱えあげられた二人の主従の応急処置を施しながら、家路へと急いだ。

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