第19話騎士学生の依頼 Ⅴ

 日も暮れ掛けた夕刻、ラテンの街の入り口に、第三騎士団団長ダレアスの息子を中心とした一団が現れたとの報告を受けた。

 現在騎士団を預かる身となった私ライセルは、彼等の元へ足早に駆けていった。


「どうしたんですか!?こんな所までいらして……って、シェロン様まで来たんですか!?」

 そして、気づいた。ここにいる少年達は皆、今回の討伐で、瀕死の重症を負った身内の者である事に……。


 大方、心配で飛び出してきたのだろう。下手したら、死に目にも会えず永遠の別れとなるのだから…………。

 

 …………しかし!

「学校は、どうなさったのですか?」


 その言葉に少年達は、顔を俯かせてビクリッと、体を震わせた。


 無断で抜け出してきた……そう言うことなのだろう。


 気持ちは、分からなくもない。まだ彼らは幼さの抜けきらない多感な年頃だ。いつか超えるべき父兄を突然失う……それは、騎士に限った事ではなく、何処にでもある突然の不幸な出来事だ。


 それを、学校を抜け出してまでここに来るとは…………。


 騎士の子弟にあるまじき行いだった。


 バレれば当然、即退学だ。

 そして、騎士の採用試験も受けられない。

 軽率なこの行動の代償に、将来の扉を失うことになるのだ。


「まさか、考えなしでの行動では有りませんよね?覚悟の上での事ですか?」


 彼等の心情は、痛いほど解るのに、一騎士団員として、問わねばならない。


「も……勿論、覚悟してでの事です……!」


 ダリルは、顔を上げライセルの目を真っ直ぐに向いて、堂々と答えた。


「騎士学校の卒業より、俺が…騎士に成ることより、親父の……父上の命を優先させたいんですっ!!」


 ダリルの言葉を皮切りに、残る少年達も、口々にその用な事を言ってきた。




「まぁ、そう言うわけだからさぁ……。あんまり怒らないでやってね、ライセルさん」


 泣き啜る彼等の影から現れた、その懐かしい、少し成長した少女……いや、少年に目を見開いた。


「え!ヴィショップ!?何で貴女がここにいるんですか!?」


 久々に会う、少し成長した少年姿の少女の存在に驚愕した。

 今回の遠征、実は内々にヴィショップにも同行の依頼をかけていた。


 しかし、『え~?俺も自分の森が大変だから、行かれないよ~!』と、断られていた。

 その代わり、結構な量の貴重な回復薬やらを融通して貰っていたのだが…………全て使い切っていた。


 同行は、断った。……そんな貴女なのに、何故今貴女がここにいらして居るんですか!?


「久しぶり、ライセルさんは、怪我の具合良いの?」


「お久しぶりですね。お陰さまで、私は何とか無事ですが、ダレアス団長以下復数名が重篤と成っています」

「うん、話は大体聞いているよ。あと、はいこれね。あの子達がここにいる名目だから、目を通してね」


 私は今、暗い表情をしていると思う。私を気遣ってかそうでないのか、ヴィショップは、少年達がここにいる理由について触れてきた。


 渡された封筒の蝋封に驚愕する。

 …………王家の紋章が押されていたのだ。

 そして、その中に目を通すと…………


『此度、王国騎士団が王都より不足状態に有る為、異例では有るが騎士学校より以下の優秀な者達に、『西の森の魔女』の出動要請を託した。

 無事、魔女が要請に応える事有らば、ラテンの街に現れるで在ろうからよしなに取り計らってくれ。

 ―――エスターナリア国王カルーア』



 手紙を読み進めるうちに、分かったことが有る。

 目の前の幼い姿のこの少年姿の少女……魔女は、筋金入りのお人好しであること。

 そしてやはり、正真正銘の国王の異母姉であり、国王すらも無茶ぶりの元に薙ぎ倒す……。もしかしたらこの国で一番恐ろしい相手だろう事だった。


「承知いたしました。西の森の魔女殿には、ご足労お掛けしたこと、感謝致します」


 そして、少年達と共に重篤患者の元に案内をした。




 ◇◇◇




 部屋に入るなり少年達は、自らの家族を探しだし、その姿を見るなり打ち拉がれた。


「うわああああっ……!!親父ぃぃぃ!!」


「カロル兄さん!!何で……何でこんな……」


 ダレアスとカロルは、氷付けの仮死状態にして生命を維持されていた。


 シェロンとロイとカーズの家族は、肉体の欠損や、裂傷が激しかった。

 止血はどうにかなったが、再生を行える薬剤もしくは術医が存在しないのだろう。


 彼等も、其々の家族の元で泣き崩れていた。




 どれ程の時が経ったか、少年達が泣き止むのを待っていた、魔女ヴィショップから一つの申し出が成された。


「ライセルさん、今後の流れなんだけれど良いかしら?」


 魔女として振る舞うとき、ヴィショップは、少年から女性らしい口調に戻るようだった。


「何でしょうか?」


「重傷者の回復は、これでお願い。命の危機がない欠損ぐらいなら、これで十分賄えるから。

 あと、重篤者の回復を行うとき、人払いをお願いしたいの。ちょっと、あまり人に見られたくないから、口外しないでくれると助かるんだけど……」


 物憂げに申し出る少女の表情に、何か複雑な事情を感じその事を承知した。


 なので重篤者の回復を行う際、人払いを行った。

 部屋の中にいるのは、ライセルとヴィショップ、氷付けの重篤者のみであった。


 部屋の窓には目貼りがされ、外から覗けないように徹底した。部屋の扉も、勿論鍵がかけられている。

 ヴィショップの用意が整いライセルは、氷付けの重篤者の氷魔法を解いた。


 ヴィショップの変化と言えば、今のところ目に付いたのは、何時持っていた金の錫杖の爪の部分に、虹色に輝く宝玉が嵌め込まれている位な物だった。


 あれに、なんの意味が有るのか、ライセルには想像すら付かない事だった。




 ライセルの、氷付けの魔法が溶けるのを確認すると、俺は、まだ使うことを許されてはいない、ある力の行使を行うことにした。


 今はまだ、俺の身を守るため、この力…………。


 祖母と母の二人が、俺の力を封じた本当の理由。

 力が強すぎるからじゃない。確かにそれもあったけど、それだけでは……なかった。


 今回、ルシエラから使用を許された、この虹色の宝玉……これを持つ者の真の意味。



 それを、その一端を今……顕現する!!



 ヴィショップの体から溢れ出すのは、金と虹色の細かな粒子を帯びた、白い光だった。


 溢れ出すそれらは、ヴィショップが本来有るべき姿を顕した。


 流れる白金色の髪と同色の瞳の、ヴィショップが成長した、美しい女性の姿だった。


 振るう錫杖を地面に打ち付け、シャン、シャン、シャンと金の輪が、打ち合い鳴り響いた。


 爪に納まった宝玉も輝きを増し、虹色の輝きを放つ。


「慈愛の祈り――『再生回復』――」


 部屋中に溢れる光の渦に目が眩む。

 光が終息した時、ヴィショップの姿が次第に何時もの子供の姿にもどりながら崩れ去るのが見えた。


 ライセルは慌てて駆け寄り、その小さな体を受け止めた。



「今のは……一体?」


 一瞬だけ、ヴィショップが成長して、十六、七歳の美しい少女の姿に変わった……。


 ライセルの脳裏から、その光景が離れることは無かった。


 不思議で、神秘的で、謎に満ちた――少女の謎……。



「ラ、ライセルか……」


 掠れた声でカルロが、ライセルの名を呼んだ。

 ソロソロと、顔を上げるとカルロが此方に顔を向けているのが見えた。


「カルロ……!無事ですか!?」


 カルロは、手を顔の前に持っていき、巻かれた包帯をゆっくりと外ししていった。


 外された包帯の下には、傷一つない綺麗な肌が現れていた。


「…………治っているな」


 カルロはポツリと、そう呟いた。



「ワシも、治っているぞぉっ!!」


 ダレアスの酷い欠損も爛れも綺麗に完治していた。


 死の淵に立たされていた、他の重篤者達も、意識が戻り、全ての傷が完治していた。


 皆、お互いの無事の生還を抱き合って、喜びあっていた。







 ◇◇◇



 揺らめく木々の太い枝に腰掛けた一人の青年は、たった今感じた魔力の発動に口許を緩めた。


「何だ、産まれていたんじゃないか……」


 ずっと探していた。ずっと求めていたのに、今の今まで、その存在の影も形も現さなかった…………。


「全く、ツレナイ女だよ。こっちが散々待っているってのに、影も形も現してくれないなんてさ……」


 待っていろよ?

 

 俺が今、お前の元に行ってやるから。


 逃げるなよ?


 こっちは、ずっと、永いこと待ちわびて来たんだから…………。



 揺らめく木々の中、その男は、探し求めた女との出会いを思い描いて、口の端を吊り上げて嗤った。





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