第18話騎士学生の依頼Ⅳ

 昼を少し回った頃、騎士学生と森の魔女の一行は、広大な西の森を後にし、北の街ラテンへと出発した。


『それでは、皆様お気を付けていってらっしゃいませ』


「じゃぁ、行ってくるね。妖獣チビッ子達の事は、宜しくね!」


 手を振りルシエラに見送られて、俺は、北の街ラテンへと向かった。


 馬は四頭だった。そのうち一頭は、カーズとロイの相乗りだった。俺は、ダリルの背中に着いて乗ることになった。


「ちゃんと掴まっていて下さいね?」


 そう言うダリルの腰に、ぎゅっと手を伸ばししがみつく。

 そうしないと落ちるもんな。これがもう少し大人なら前に座ってもスッポリ収まるのだけど、学生の身では馬操技術も、魔物との戦闘も万全とは言えないから、後ろに乗るしかない。


 走り始めて直ぐ、彼らはその変化に気付いた。

「あれっ?何か、馬の進みが速く無いか!?」


「……本当だ!来る時よりも………速い!?」


 その違いは、騎士学生でしか無い彼らでも直ぐに分かる変化だった。


「急ぐんでしょ?、馬具と馬に細工したさせてもらったよ」


「魔女の技か!?こんなのも有るのか!!」



「あははははっ…そんなんじゃないけど、今の所は……って、とこかしら?」


 西の森から、ラテンの街までは、馬を全速力でブッ通しで走らせて、半日以上は掛かる。

 そんな事は不可能なので、少しでも速く馬にも負担を少なく済むようにしたわけだが、別に魔女特有とか特別なものでもない。


 人間の中に魔法と言うものが根付いて、まだ二百年と経っては居ない。


 昔、人間の中に魔法行使の欠片を見付けた魔女の一人が、可能性の有る子供達を保護して可能性の扉を開く道を指し示した。


 そこから成長した者達が、更に可能性の有る子供を弟子として引き取り、その輪が広がった。そして何時しか、組織として確立した。其の歴史もまだ、五十年程だったかな………?


 基本的な魔法行使と精霊達との関わり方、世界の法則、基本的なルールは、教えられたらしいが、細分化したより深い法則や論理と言った部分が追い付いて居ないのだろう。


 だから、教えればこれは、人間の魔法使いでも使えるようになるはずだ。





 二時間ほど馬を走らせた後、一度休憩のため地に降りた。

 幾ら回復をかけてあるとは言え、馬にも人にも食事は必要である。

 本来なら、もう少しでお茶の時間だけど、彼らが起きて直ぐに出立したから、俺達も今から遅いお昼ごはんだったのだ。


 俺の腰から提げている魔法道具『魔法鞄マジックバック』から、魔物避けと敷物や昼食を取り出して用意していくと、何故だかダリル達の顔が固まっていた。


「え……と?これは……」


「お昼御飯だよ。ルシエラが用意してくれたんだ!ちゃんと美味しいから食べて!」

「いや……それは解る。そうじゃ無くて、このバックだよ!!一体これは何っ!?」


「ほへっ……?魔法鞄マジックバックだけど?これで、見た目以上の収納が可能なの。便利でしょっ!!」


「へ…へぇー、凄いんだね……」


 再度食卓に上るように急かすとダリル達は、オズオズと言った感じで、食卓を囲った。


 ルシエラのお手製お弁当。パンに野菜やハムや卵を潰して味付けしたのやらを挟んだ物。


 これが中々美味しいんだよな~。


 後は、そのまま食べられる小さな果物やナッツ類。


「また、美味しそうに食べるなぁ」


 あんぐり、大口を開けて頬張っていたら、何やらダリル達がこっちを見ていた。


「見てたってやらないぞ?これは俺のだからな!」


 他の騎士達は、肉を挟んだ物が入っていた様だが、俺はこの卵のが一番好きなんだ!

 だからこれは、絶対にあげないの!


「ははっ、誰も取ったりしないって!」


 レイヴァンにも笑われてるし………。

 そして、何故だか皆が注目している気がする。

 むうぅーっ!何か……食べづらいじゃないか、そんな皆して、見ていたら……。


「ほら、ほっぺたに卵がついてますよ?」

 隣に座っていたシェロンが、にこにこしながら、頬に付いた卵を拭ってくれた。


 なんか俺……物凄く子供扱いされていないか?


 恐らく、彼らは俺の本当の年齢を知らないんだろうな……。

 だから、こんな小さな子供を見るような目で見てくるのだろうな。


 う~ん。年齢を公開しておくべきか、ちょっと悩み所だな……。

 実年齢がバレてドン引きされたら、俺の繊細なハートが傷つくもん。



 食事も済み、再び騎乗での移動となった。



 ◇◇◇




「不味い…囲まれたぞっ!!」


 残りの移動行程も、半分を切ったところで、そこそこ大きな魔物の群れと遭遇してしまった。

 平原地によく出現する中型の鹿種、クロスニーガ。

 立ち上がりからの『前脚落とし』、後ろ脚での『蹴り上げ』、下からの『突き上げ角攻撃』が、要注意だ。

 魔法は使わないノーマル種なので、攻撃に移る前の準備動作に気を付ければ、割りと仕留めるのは楽なのだが、それは一頭、二頭での話。

 囲まれた……そう、七頭ほどの群れに囲まれたんだ。



「ダリル、補助魔法をかけていくよ!あれは魔法は使ってこないけど、呼び動作に気を付けて!」


「ああ、知っている!学校でも何度か対戦しているから!ロイ!馬から降りて、結界魔法を展開!ヴィショップ、君はロイのところに行って!」


 補助魔法『攻撃強化』『物理防御上昇』を掛けて間もなく、馬から下ろされ、ロイの所へ行くように促された。


「お?……おうっ、分かった……」


 馬から下ろされた俺は、ロイの元に駆け寄る。

 結界魔法が展開され、俺とロイはその中に守られることとなった。


 ん~……この結界、強度は今一だけど、クロスニーガ相手なら最後まで持つかな…?


 ダリルとレイヴァン、シェロンとカーズが、ペアとなり、前後の敵に対応する様だった。


 レイヴァン……兄のカルロは、魔法の才には恵まれなかったが、弟の方は火の魔法の才を得たようで、早速魔法行使を行った。


「火炎弾!」


 複数の火の塊が勢い良く、クロスニーガに飛んでいき、驚いたクロスニーガが、宙高く飛び上がった。


 そこをダリルは見逃さず、すかさず弓をつがえて、放った。

 一頭のクロスニーガの眉間に矢が突き刺さり、地面に倒れた。


 何、この連携のスムーズさは…………。


 仲間を失い、パニックと怒りに包まれたクロスニーガは、頭を下げ身を縮めて駆けてくる者と、駆け寄って、前脚を高く降り上げる者とが、混ざり対処に混迷を極めるものとなろうとしていた。


「風裂斬!」


 結界の中のロイが、前脚を振り上げたクロスニーガの胴体目掛けて魔法を放った。


 それと同時に、ダリルは頭を下げたクロスニーガの横から魔法を放つ。


「雷光槍!」


 クロスニーガが、麻痺して動けなくなったところに、レイヴァンが馬上から飛び上がり、脳天目掛けて剣を降り下ろした。


 あっという間に、三頭のクロスニーガを倒した。


 あれま……学生の割りに意外と優秀じゃん。この子達……。


 反対側のシェロンは、飛び掛かってきた四頭のクロスニーガに対して、「氷装壁!!」広範囲の、氷の壁を展開した。


 突然の氷の壁の出現に、クロスニーガの後ろ脚が引っ掛かり、二頭程がバランスを崩して着地した。


 壁を飛び越え、飛んできた一頭をシェロンの次の魔法、「流氷槍」で仕留めた。


 カーズは、馬を走らせギリギリでクロスニーガの着地点から逃れ、着地したところを目掛けて、「地隆槍!!」を掛けた。


 大地が鋭い隆起を作りクロスニーガを串刺しにした。


 何……この子達、めっちゃ強いじゃん!!

 連携バッチリだし、俺の出番……全然無いっぽいって感じ?


「強いね、お兄さん達……」


 ポツリと呟いた俺の感想にロイはその実力の訳を語ってくれる。

「はははっ、そうだね。ダリルとシェロンは、天賦の才って奴だろうね。レイヴァンは、かなりの努力家でもあるし、騎士学校でもあの三人がトップスリーだからね」


 魔法も使えて、剣技の才も有りじゃ最強じゃん!!


 因みに、カーズは、十番以内に入る実力で、ロイは二十番以内だそう。


 トップスリーの実力、恐るべし……。


 後々聞いたら、この三人は傭兵斡旋所に登録しているらしく、長期休暇の度に、実践経験を積んでいるのだそう。


 お互い同程度の実力のライバル同士で、相手が新しい修練方法を見付ければ、習ってその後を追いかける……三つ巴の切磋琢磨する好敵手か……。


 良いなぁ、そういう相手が居るって、羨ましいものだな……。

 その点俺は、殆どルシエラ一人だもんな……。


 残る、クロスニーガは、二頭となった。



 襲ってくるか?


 それとも…………。




 逃げた……。脱兎の如く、この場から逃げ去っていった。

 仲間が次々に倒されたのだ。当然の判断だろうな。






「凄ーいっ!お兄さん達、強いんだね!!俺、驚いちゃったよっ!!」


 正直、最初の補助魔法だけで、あんなに戦えるなんて想像していなかった。


「ああ、まぁ多少の慣れも有るからね…」


 大絶賛で誉めると、ダリルは少し、照れ臭そうに顔を赤らめて頬を指で掻いていた。


 この子達、普段誉められていないのかな?

 駄目よね、子供は誉められて伸びるんだから、上手に出来たときはちゃんと誉めてあげないと!!


「凄いよ!お兄さん達皆、格好良かったよ!!」


 戻ってきた彼らの無事を確認して、俺は、笑顔で誉めてあげた。




「さて、問題はこれだよな……」


 地面に倒されたクロスニーガの死体。

 革は加工して使えるし、肉は食用に出きる。角は角で売れるし、放置するには勿体無い。


「あっ、そっちは俺が使えるよ~」


 俺の腰には、魔法道具『収納鞄マジックバック』があった。


 お婆様の作ってくれた道具の一つで、家みたいな森に暮らしていると、自給自足が鉄則だからね。

 森の中の遠征も頻繁に成ることも屡々しばしばだし、こういう系の便利グッズは、結構あったりする。



 血が溢れないように、風魔法と土魔法で密閉加工したクロスニーガに手を翳し唱える。


「収納!」


 ヴゥゥーン


 白い光に包まれたクロスニーガの死体を魔法鞄に収納した。


「「「…………!!?」」」


「……えっ?何でクロスニーガの死体が消えたんだ!?」


「き、き、き、消えたー!?」



 あれ?さっき、お昼にお弁当出したの見たじゃん。


 そんなに驚きますか?……これ。





 その後、二時間弱をかけて目的地、ラテンの街に辿り着いた。


 日も暮れ掛けた夕刻、ラテンの街に現れた騎馬集団に、ライセルが驚愕したのは言うまでもないことだった。








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