第17話騎士学生の依頼 Ⅲ

 ルシエラの後方、家の前に立ち尽くしたかのような、十四~六歳の五人の少年達。

 皆、顔が恐怖とも驚愕とも取れない様な顔でかたまっていた。


「………誰?」


 ルシエラにしがみついたまま、彼女の体越しに顔を除き見た。


 大好きなルシエラとの無事の再会を邪魔するとは………一体、何用だと言うのか。


 不機嫌な面持ちで、彼らと対面する。


「あの………森の魔女様、ですよね?」


 五人のリーダーなのか、焦げ茶色のクルクル癖の強い髪と、意思の強そうなやや太い眉に緑の瞳の少年が訊ねてきた。

 この少年は、何となく何処かで見たことの有るような気もするけど………。


「そうだけど、何?」


 キッ、彼らに鋭い視線を送る。


「あ………うん。その………頼みがあって………」


 少年は、泣きそうな顔になり、言葉に詰まってしまった。


『なにはともあれ、朝御飯にでも致しましょうか?お腹が空いていては、まともに頭も回らないでしょう?』


 ルシエラの一言で、一度朝食を挟んでから詳しい話を聞くことになった。




 ◇◇◇




 ルシエラの朝食を済ませ、食後をお茶を頂きながら、話の場を食堂から居間に移し、詳しい話に移った。


『それで、ご用件は何でしょう?』


 こういう交渉事は、俺よりもルシエラの方が適任だ。

 まず、語り口が穏やかで他人が口を開きやすくなるから。

 俺だと、直ぐに感情が態度や言葉に出てしまうから、話を聞き出すまで口を挟むなとルシエラに止められていた。


「俺は、第三騎士団団長のダリアス・ブレンダの息子、ダリル・ブレンダだ。実は………」


 自己紹介で得心がいった。ダリアスのおっさんの息子か!!

 確かに……似ているか?髪色とその癖が。顔は……まぁまぁ良い方だから、割りと母親の方に似たか?

 焦げ茶の髪の少年ダリルが、事の次第を語りだした。


 エスターナリア北方の穀倉地帯、ラテン街に魔物討伐に向かった第三騎士団が、重篤な傷を負い回復が儘ならない状況で、いつ死んでもおかしくない状況に多くの者が置かれていると言うのだ。


「第三騎士団……」


 その言葉に浮かぶのは、四年ほど前にこの森を訊ねてきた者達の顔だった。


 ぽつりと呟いた言葉に、赤毛の髪の少年が食いついてきた。

「頼む!兄貴を………カルロ兄を助けてくれ!!」

 こっちは、カルロの弟か………。

 その言葉を皮切りに、他の少年達も救いを求めて、身を乗り出してきた。


「助けてくれっ………!親父はまだ死ぬには早いんだ!!」

「俺の兄貴を……助けてくれよ!まだ、騎士になったばかりなんだっ!!」


 悲痛な、声だった。救いを求める悲痛な、叫びだった。


 ルシエラの方をチラリと横にみる。

 彼女は軽く頷く動作を見せた。その先の如何は、俺に任せると言うことだ。


 助けてやりたい……それは俺にもある感情だ。ダリルのおっさんは煩いけど、良い奴だ。カルロとも、割りと馬は合った。


 だけど、俺は魔女。

 魔女は只では動かない………。

 それが、森を持つ、森持ちの魔女の正しく有るべき姿。

 

 そして、森を持つ魔女の掟――ルール。


 だから俺は言う、冷たかろうと非情であろうと、代価を払えぬものに、力を貸すことはしない。



 ……………基本的には。


「それで………お前達は、何を代償に支払うんだ?」


 突然の、代償請求に驚き顔をあげた少年達は、戸惑った。

 一体、何を代価として支払えば良いのか………正解が分からない。

 噂で聞いたことがある。

 ……もし、答えを違えたら……魔女の助力は得られない。

 森は、少年達を追い出し、二度とこの場に招く事は無い。

 森は一度拒絶した者にその道を固く閉ざし、その者に魔女へたどり着く道を示さないと言う。



 命……何て言ったら、親父もお袋も悲しむ。親父を知っているこの魔女が、そんなものを欲しがるとは、思えない。

 金……木材のマージンにしても、その他の特産品何かでも、自分で相当稼いでいるんだよな…。そんなものは、今更求めないだろう。


 全く、想像が着かなかった。


「命と……高すぎる金でなければ、俺に出来るものなら何でも………」


 苦し紛れ、如何様にでもなれ!!


 ……そんな思いで答えた。


 他のみんなも、一様に頷き同意を示してくれた。




「うん。それなら、君達は………一年間、休日返上ね♪」


「「「………………はぁ…!?」」」


 深刻に思い悩んで答えた少年達は、気の抜けた様な返事を返した。


 どんな恐ろしい要求が待っているのか……正直、命までも取られるんじゃないかとか、チラリとは思ったりしたんだ。


 命を救う代償は、命だ………何て、言われるんじゃないかとか………。

 それが、一年間の休日返上……?

 正直、緊張の糸が途切れた。


「だ~か~ら~!お休みの度にここへ来て、一年間無料奉仕するの♪♪……あ、どうしてもの時は無理しなくてもいいよ?でも、長期休暇はほぼ丸潰れね!!」


 ニコニコ、ご満悦の表情で、小さな魔女は笑顔を見せた。


 そんなことで、助力が得られるなら……時間の拘束など何てことは無い。

 寧ろ、そんな事で親父達が助かるなら安いものだった。

 供に来たレイヴァン達とも顔を見合わせ、その意思を確認する。みんな頷いて応えたので、了承と捉えて代表して俺が答えた。


「わかりました。宜しくお願いしますっ!!」


 五人の少年達は、自分達より遥かに幼い少年姿の少女………森の魔女ヴィショップに頭を下げて、改めてお願いした。


 少年達の左手首には、白く光る鎖が巻かれ、皮膚の中にスッと溶け込んでいった。


「これは!?」


「契約の証し。…あ、今回は、俺の方はつけないからね。だって、俺の方が分が悪すぎだもん」


 欠損はともかく、瀕死だって?そんな状態まで回復を約束したら、冷凍仮死を解除した途端、ご臨終だって十分考えられるじゃないか!

 どう考えたって、俺の方の分が悪い!!


「………分かった、そうだな。確かに、ヴィショップの方が部が悪かったね」


 ダリルが納得したので、他の少年達は、何も言うことは無かった。


「改めて自己紹介をしよう。俺がこの森の当代の魔女、ヴィショップだ」


 見た目七歳の金髪、蜂蜜色の綺麗なアーモンド型の瞳、色白の肌で頬は仄かに桃色に染まる………男装をした美少女だった。


 キッと、五人の少年達を見据える瞳は、彼らの心を射抜くのに然程の時を用さ無いだろう。


 ………とは、ルシエラの見立て。


 焦げ茶の髪の少年が、名乗る。

「俺は、ダリル・ブレンダだ。第三騎士団団長の息子だ」

 赤毛の髪の少年が名乗る。

「レイヴァンだ。第三騎士団、カルロの弟だ」


 金髪の少年が「シェロン」黒髪の少年が「ロイ」灰色の髪の少年が「カーズ」と、名乗った。



 ◇◇◇



 出発は、五時間後に決め、五人には軽く仮眠を取らせた。

 それでも、まだ昼の出発だ。

 夜通しの移動で、更に半日をかけて移動なんて、どう考えてもこの年の子供には無茶だ。


 その間に、俺とルシエラで、必要に成りそうな薬と道具を用意しておく。


「ねぇ、ルシエラ……。今回は、あの宝玉を使いたいんだけど……」


 俺がそう言うと、ルシエラの表情が一変した。

『成りません!あれを持ち出すのは、まだ早すぎです!!』

 当然反対する理由は、もう分かっている。隠された記憶の扉が開かれたから、その辺は理解しているつもりだ。

 …………だけど俺は、ダレアスのおっさん達を思う、彼等の想いに答えてやりたい。


「危険なのは、わかっている。だけど俺は、助けたいんだ……。助ける力があるのに、何もしないなんて、出来ないよ!!」


 暫くの沈黙の後、ルシエラは一つ息を吐き、そして折れてくれた。


『分かりました。ですが戻ったら、貴女は暫くの間、森から出ては行けませんよ?彼方に貴女の存在は、まだ知られるわけにはいかないのですから…………』


 ルシエラの提案を飲んで、俺は、その宝玉の力を一時的に使うことを許された。


 ついでに馬達にも、少しばかりの小細工を施しておく。

 少しでも、早く家族の元にたどり着きたいだろうからね。

 馬具に『加速』と『自動回復』を掛けた。


 そして、裏工作だな。


「風よ集え、我が声をかの者に届けておいで」

 掌に、風を呼び込む。白金色に輝く魔法の力が集い、それは形作られた。

 白金色に輝く魔法の鳥だ。その鳥を空へと放ち、見送った。


『クスクス…お優しいですねぇ~』


「ルシエラ、からかわないでよ?別に、知り合いの身内だから依怙贔屓えこひいきしてる訳じゃないぞ?未来ある、将来有望な若者の可能性を摘むまいとしているだけだっ!!」


『フフフ…そう言う事にしておきますか?』


 ルシエラが、微笑ましげな視線を送ってきた。


 送り出した鳥は、幾ばくも掛からず目的の場所へたどり着いた様だった。





 ◇◇◇



 その日、午前の公務を早々に切り上げると、久方ぶりに寛げる時間が持てた。

 赤い月の出現以降、国内の魔物の問題が深刻を極めていた。

 その問題も、各地に派遣した騎士団の活躍で漸く回復の兆しを見せ始め、一抹の懸念は有るものの、ほっと一息着いたところだった。


 パサパサッ………

 羽音と供に現れたその鳥は、窓も壁も無視して部屋に入り込んできた。

 白金色の魔法の鳥………魔女がよく用いる連絡手段の一つだ。

 人間の魔法使いは大抵、魔術を施した紙を用いる。手紙同様に、必要事項を書き記し、鳥や昆虫の形にして、送るのだ。

 しかしながら、魔女の手紙は勝手が異なる。

 どう違うかって?それは、この鳥を見ていれば理解できるさ。


 ゆらりと鳥の形が崩れ、霞のようになりそして人の形を象る。

 ヴィショップの姿となったそれは、にしか見えないし聞こえない。

 前に会ったとき、『成長期に入る』と、言っていたが、確かに大きくはなっていた。

 あれからの年数と、実際のサイズはかなり隔たりがある様だが………一応、成長したようだった。


『こんにちは、カルーア国王陛下。久しぶりね』


「ああ、エイセル………ヴィショップだっけ?久しぶりだね。今日はまた、何のようだろうか?」


 この、万年幼女でしかない女性が、自分より十歳は年上のだとは、やはり受け入れ難いカルーアだったが、彼女には、恩義がある。自らの不祥事で、愛娘を死の淵に立たせてしまったところを救ってくれたのだ。また、材木資源の提供や、特産品の開発力には、目を置くものがあり、まるっきり無視も出来ないのだった。


『ちょっと、貴方にしか頼めないが、あってね。相談したいのだけど、今良いかしら?』


 普段は、その姿の子供らしい口調で、男児のなぞした口調なのに、どういうわけだか、私と話すときにはしっかりとなる。


 その使い分けは、一体何処から来るんだか、未だ謎だった。


「お願いと言うのは、何です?」


 丁度、休息の為のお茶を運んで来たロベルトにも、彼女の姿が見えたようで、僅かに動揺の表情を浮かべた。


『あら、そこに居るのはロベルトさんね?丁度良いわ、一緒に聞いてちょうだい………』


 そして、語られた内容に頭を抱えざる終えなかった………。


「騎士学生が、寮を抜け出した挙げ句、馬坊から馬を盗んで貴女の所に直談判しに行っただぁーっ!?」


 それを、穏便に終息するよう取り計らえと言うのか!?


 なんと言う……権力を嵩に着せさせた無茶をしろと言うのだ、この姉は!!


『大体の筋書きはね、国王カルーアが内密で彼らに、第三騎士団の治療の為に、森の魔女の助力を要請したって所で、筋書いてくれないかな?』


 そうなれば、無断で寮を抜け出した大義名分が出来る。寧ろ、王から直々の勅令とも為れば、学生ながら名誉な事になる。

 実際、近頃は誰からの以来も首を縦に振らなかった俺が動くのだから、その成果を否定も出来ないだろう。

 馬の件も、大目に見てもらえるかもしれないし………。



「そんな!前例がありませんよ!?」


『馬鹿ね、前例は作るためにあるのよ?だから、貴方がそれを作ってね?そして、ロベルトさん、何時かの非礼の分は、キッチリ働いて返してくださいね?』


 にっこり笑顔で無茶ぶりをかける。



 鬼だ!幼女の皮を被った、無茶ぶりの鬼がここにいた!!


 カルーアとロベルトは、きっとそう思ったに違いない。



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