第16話騎士学生の依頼 Ⅱ

 実家からの手紙を読んだあと、俺の頭は真っ白になっていた。

 午後の科目をどうこなしたのか、講師の話も頭には、何一つ入ってこなかった。


 放課後、俺は机から動けずにいた。

 だけどそれは、俺一人じゃなかった。

 教室の隅、窓際の奥から鼻を啜る音が聞こえてきた。


 そろそろと、顔を上げそちらに目をやると、平民階級出の同級生が、涙をボロボロ溢しながら鼻水を啜っていた。


 確か……奴の父親も、俺の親父と同じ第三騎士団……だったな。


 思考が少しだけ戻ってきた。


 周りをよく見ると、残っていたのはやはり、第三騎士団に身内が籍を置く同級生だった。


 ならば……恐らく、俺の親父と同じ様な状況なのだろう………。


「くそっ………!」


 一人の同級生から、堪えきれぬ声が漏れだした。


 赤毛のレイヴァン。奴は、確か年の離れた兄貴が第三騎士団に在籍しているんだったな。


 兄貴の自慢をいつもしていて、その兄貴の背中を追っている印象の男だ。


 確か、奴の兄貴と俺の親父は、何年か前に王太子ランディー様の共として西の森の魔女を訪ねたんだっけ………。


 家に帰ってくるなり、その魔女の話を繰り返ししていた親父の姿を思い出す。



『森の魔女……つっても、恐れることは無い。チビッ子魔女だ。なに、気さくで良い奴だぞ?お前よりも小さい体で、森で一人で頑張っている、心の強い奴だ!』


『ちっこいのに、王女様の呪いをあっちゅー間に解いちまう、優秀も優秀、天才だ!!』


『森を国に解放して、新たな産業の開発に貢献する、その功績をみんな王子様に譲位為さるとは、何とも謙虚で謹み深い、森の賢者様だ!』


 美辞麗句、大絶賛の嵐を、耳にタコが出来るぐらい、毎日聞かされた物だった。



 その魔女は、回復魔法にも秀でていると噂があった。


 回復魔法………………。


 森の魔女………賢者とも呼ばれる存在の、人智を超えた、『回復魔法』……ならば?


 王宮より、医師団も派遣されるらしい。

 だけど、支援が必要なのは第三騎士団だけじゃない。

 一級の医師は、国王陛下の為に王宮に残るのは仕方がないにしろ、第三騎士団の元に派遣されるのは、どの程度の実力の医師なのか………。


 欠損を再生できるほどの、質の高い医師なのか?

 瀕死の者を、死の淵から掬い上げることの出来る実力の医師なのか?


 そう考え出すと、求めるものは一つの存在に行き着く。




「なあ、皆……。ここに残ってるってのは、親なり兄弟なりが、第三騎士団に籍があるって事だよな……?」



 教室に残る、同級生に自分が今考えていることを話した………。



 ◇◇◇◇




「バレたら間違いなく、退学だよな!?」


 夜遅くに寄宿舎から抜け出し、修練用の馬坊から馬を盗みだして、王都の外……街道をひた走る。


「嫌なら今からでも、帰って良いんだぞ!!」


 俺は、弱気を吐く同級生に離脱の許可を与えた。


「だ……誰が帰るか!俺だけ帰ったって、………ここまで来たら…仕方がないだろ!?」


 ここに走る、皆が思うことは、大切な家族の命の無事を願っていた。その為に、最も格率の高い手段として、『森の魔女』の力を借りようとしているのだ。


「急げ!あまり速度を落とすと、魔魔物に襲われるぞ………!」


 その後は皆、無言で駆け続けた。


 途中、二度ほど魔物との遭遇は有ったが、一度は戦い、もう一度は馬を走らせ突っ切って行った。


 道中、何度か休憩を取り、朝日が昇り始める頃、魔女の森にたどり着いた。


 魔女の森………。

 初めてここに足を踏み入れる訳だが、普通の町中のように整備された石畳の道が続き、何と言うこともなく、魔女の家とおぼしき場所へと辿り着けた。



「ここが……そうなのか……?」


 薔薇のアーチを抜けると、青々と茂る芝の敷かれた庭ひ、白いテーブルセットの置かれていた。


 入り口に灯りが灯され、そこに小さな階段が有るのが解った。


 馬を降り、皆を代表して言い出しっぺのダリルが戸を叩いた。


 コンッコンッ……。、


「朝早くからすみません!森の魔女のお宅でしょうか?」


 暫く経ってから扉が開き、中から白い肌、白い髪、銀色の瞳の美しい女性が姿を現した。

 ただ、残念なのは、この女性が人間では無いらしいと、言うこと。


 何故そうだと分かるかって?彼女の顔には、皹が入り目元まで亀裂が入っていたからだ。


「あの………森の魔女…様ですか?」


 違うと分かっていても、一応訊ねてみたが、彼女は、首を横に振り否定した。

「え…と、魔女様は、ご在宅でしょうか?」


『いいえ、主は只今外出しております』


 えっ!居ないのかよ……こんな時に、居ないなんて!!

 何で………森の魔女なのに、居ないんだよ!?

「いつ……いつ戻りますか?」


『さぁ……?今は、カロンド王国側の巡回を続けているから、どの辺りかしらね?』

 質問に、質問で返された……いや、俺が知るかよ!?魔女が今どの辺何て……。


『急ぎかしら?なら、早く帰るよう呼んであげられるけど……?』


「ホントに!?それなら、是非お願いしたい!!」


 本当に、呼び出しが可能なら、是が非でもお願いしたい事だった。

 白い女は、庭に出ると掌を天にかざし、白く輝く光柱を天に放った。


 シュパァァァ――ッ!!


 それは、何処までも天高く駆け昇り、広大な森の片隅からでも確実にに見えそうな程だった。




 ◇◇◇




 カロンド王国側、周辺部を巡回している時だった。

 早朝、天高く白い光柱が、駆け昇るのが見えた。


「ルドルフ……!!」


『ああ、見えた。救難信号だな………』


 低く、唸るような声をルドルフはあげた。


「戻るよ、大至急だ!!」


 救難信号……と言うことは、家が何者かに襲撃されたいると言うことか………!?

 家には今、何者かが侵入し、ルシエラに危害が及びかねないと言うことか!?


『当然だ。ルシエラが助けを求めているのだからな』


 ルドルフは、普段はゆったりとした歩みだが、緊急時は違う。

 体は、普段の三倍に大きくなり、スピードが、格段に上がる。

 ゴツゴツした背中で、バランスを取るのは、非情に困難だが、文句は言っていられない。

 大切なルシエラが救いを求めているのだ。


 俺たちは、森の中を猛進した。

 普段なら、三日かかる距離を小一時間も掛けずに移動した。


 待っていろ、ルシエラ!!今、助けにいくから!!


 一人と巨大な一頭は、家路を急ぐのであった。




 ◇◇◇




『さて、主は一時間もすれば帰ってくるでしょうから、休憩と朝御飯にでも致しましょうか?』


 時刻は早朝、昨夜からほぼ夜通しで走り続けた少年達は、体力気力共に限界に近かった。


 食事と、休息の申し出は大変に有り難い事だった。


 家の中に招かれ、奥のソファーを使うように促される。

 程なくして、お茶とカットされた果物が運ばれ、食事が出来るまで摘まむよう促された。


『主が帰る頃には、出来上がりますから、それまでごゆっくりしていて下さいね?』


 穏やかな語り口と優雅な仕草、これで顔の傷さえなければ、本当に女神にしか見えない装いの美女だった。


「………なぁ、ああいうのを聖女様とか女神様って言うんだよな?」


 レイヴァンが、ややぽぉ~っとなった顔で呟いてきた。


 他の奴等も、大概そうだった。

 無理もない。

 騎士の寄宿学校何て、教師も生徒もほぼ男だ。

 そして、騎士になったあとも、殆んどむさ苦しい男に囲まれた、男所帯………。


 十三歳から騎士学校に上がり、順当に行けば今年が卒業で、騎士採用試験に受かれば早くて来春には、騎士見習いとして入隊が許される。


 それも、今回の件でに、成るだろうけど………。





 ドドドドドドドッ!!!!


 地面を揺らす、地響きの様な音が森の中に響き、この小さな家に近づいてきた。

 カチャカチャとテーブルの上の茶器も揺れる。


「なっ、何だ?………魔物か!?」


 俺たちは、慌てて外に出た。そして、巨大な岩のような甲羅の鼻の上には巨大な角を持った魔物と出くわしたのであった!!



 大陸要塞一角獣グランドサイクロプス伝説の一角獣の一つで、の異名を持つ、大地の聖獣だ。

 話では、一昼夜も掛からず大陸横断をするとか………。


 体長は、高さが七メートル、横に五メートル、縦幅15メートル程だろうか……。

 背中には、鋼鉄のような黒光りをする岩盤の様な甲羅を背負っている。

 こんなのを、人間が相手に出来るわけが無い。


「あ………」


 余りの巨大さに声も出ない。


 体も、ガタガタと震えだしてきた。

 相手は、凶暴な魔獣ではない。神聖な聖獣………しかし、その目は、怒りに燃えていた。

 そら恐ろしい、鋭い目付きで自分達を睨み付けている。


『貴様達は、何だ!?ここに何のようだ!?』


 グワァァァ――ッ!!


 問いかけと同時に、威嚇の咆哮が放たれ、益々何も話せなくなる。


 な、何で………魔女の森にこんな、伝説級の生き物がいるんだよ………。


 ラウドは、途切れがちに成り始めた思考で、そんなことを思った。



 キィ………。

 背後で家の扉が開き、白い影が横切っていった。


「あ………危ない………!!」

 ルシエラを制止をしようとするが、竦んで体が動かない。しかし、ルシエラは、恐れた風もなく近寄り、何事か話始めた。


『お帰りなさい、ルドルフ。悪いわね、急な来客だったから、救難信号を使わせてもらったわよ』


 事も無げに、さらっと言ってしまう辺り、本来の彼女を彷彿とさせる………と、ルドルフは感じた。


 しかし、この救難信号を見てからの、この心労を思うと………。


『ルシエラ…それは、質が悪いと思うぞ?』


 このぐらいは、言わせて欲しいと思うのだった。



「ルシエラーっ!!」


 ルドルフの背中から、飛び降りる小さな影が地面に着地すると同時に、ルシエラにしがみついた。


「ルシエラ、無事?怪我はない!?」

 泣きそうな顔に顔を歪めて、ルシエラの体に異変がないかを確かめていた。


『はいはい、何事も有りませんでしたよ?それよりヴィショップ、貴女にお客様ですよ?』


 ルシエラは、優しくヴィショップの頭を撫で、自らの無事と来客を告げた。


 グズグスと涙を浮かべながら、ルシエラを見上げ「来客………?」と、首をかしげた。



 そして、漸くルシエラの後ろに、五人ほどの人影を確認したのだった。



「誰………?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る