第15話騎士学生の依頼 Ⅰ


 赤い月の発生後、エスターナリア王国内に於いて、魔物の問題が深刻となっていた。

 特に、深い森、大きな森、洞窟と言った箇所からこの月の出現以降は、魔物の出現が増加するのだ。

 更に問題なのは、この月の出現以降の魔物の気性だ。

 普段は大人しく、荷物運搬に利用できるウーブロゼット(ロバ風)やクロスニーガ(鹿擬き)でさえ狂暴になるのだ。

 普段は草食で大人しく、普通の動物とさほど変わらぬ扱いの彼らでさえ、鼻息荒く人に向かって突進を繰り返す。


 この様な事態の時、騎士団は取り分け忙しく各地を転々とし、事態に対応する。


 王都より北東に向かったテランの街、ここに王太子ランデイーを含めた第三騎士団は、派遣されていた。


 ラテンの街周辺は、広く穀倉地帯が広がる。エスターナリアの台所との異名を誇る地で、主力産業は、小麦を中心とした農作物になる。


「おお、王太子殿下自ら来て下らすとは!……いや、有りがたき幸せにございます……」


 この街の長、オルグニスは、殊更畏まった面持ちで、王太子ランデイーを歓迎する。


 ランデイーは、16歳で王太子になり、現在は18歳になっていた。

 剣技、魔法、統治力に優れ、戦士として、為政者としての頭角を現していた。


 実は、ヴィショップの森から伐採される木々の流用管理をランデイーは、任されていた。

 木材を利用して、新たな工芸品の産出に取り組み販路を拡大していた。


 それはまぁ、置いておいて、今は魔物についてである。



「ここから、北に行った森に洞窟が有りまして……魔物はそこから湧いてくるんです……。赤い月以降の農作物の被害が、日に日に増してく一方で……」


 事は、今日明日…よりも先の収入と食料問題に直結してくる。国としても、穀倉地帯の安全確保が王都に次いでの急務となる。


「分かりました。では、早速調査討伐にかかりましょう」




 ◇◇◇




 5日間の周辺調査を終え、本格的な討伐へと騎士団一行は、森へと向かった。



 森の中は、魔物で溢れていた。しかしながら日々、剣と魔法の研鑽に励み戦いに備えた騎士団一行は、順調に森の奥深くへと足をふみ入れていった。


 例の、魔物の発生源と思われる洞窟の付近まで来ると、途端に魔物の数が減った。それも、異様なほどに………。

 その事に、何かが奥に居ると言うことが、予測できた。

 それも、かなり強力な何かの魔物が………。

 そして、洞窟の前まで来ると、その魔物はいた。



「………何だあれは!?」


 目の前に現れたのは、巨大な蟻の魔物で、頭には、女性の上半身が生えていて金色の王冠の様なものを被っていた。

 女王蟻クイーンアントだ。


 こちらに気づくと、口から粘液を吐き出した。


 ジュバッ!!と音を立てて勢いよく、白い粘液が吐き出される。

 ジュ――と、音と煙りを立ててその粘液は、地中すら溶かしていた。


「「「………………!!」」」


 あれを、まともに食らえば、即死となる。思わぬところで強力な魔物に遭遇してしまった。

 しかも、冠を被っていることから、あれが女王で、その奥に有る洞窟の中には、恐らく卵が有るのだろう。

 恐らく元々この洞窟に住んでいた魔物を追い出して、この蟻の魔物は自分の巣にしたのだ。


 だから、森にもその外にも魔物が溢れたのか………。


 得心がいったと同時に、これは非常に厄介な事態だと認識した。


 このまま放置すれば、直ぐにでもこの蟻の魔物は数を増やすだろう。

 そして、一度群れの発生を許せば、幾つものコロニーを作り出す。


 今、この女王蟻一体であるうちに倒さねば、この森も、ラテンの街周辺も蟻の魔物に奪われてしまう!!


 魔法部隊を指揮するのは、ライセルだった。補助が十人、攻撃が二十人の編成になる。


「補助魔法部隊は、攻撃魔法部隊に結界を張れ!弓部隊は、射程内まで下がって攻撃!」


 先ずは、遠距離攻撃中心で、蟻の魔物の体力を奪う。

 中距離攻撃魔法で、蟻の魔物の視界なり、四肢なりを痛めて弱まったところで、近距離攻撃の剣士、槍使い等が仕留める算段だ。


 蟻のボディーの部分には、弓は届かなかった。

 いや、当たりはしている。しかし、体が硬いのか、弾かれてしまう。

 頭の上の人間の様なボディーの方は、結界があるのかこちらも当たらない。


「くそっ!!どうすりゃ良いんだよ!?」


 ロングボウを構えた、カルロは、唸る。

 弓部隊を指揮するのはカルロだった。………正確には、途中までは……になる。

 彼は、剣技、弓術、操槍術と何でもこなす万能型の騎士だった。なので、状況の推移次第では、後方から最前線まで何処でも出現し活躍できる優れものに成長を遂げていたのだ。




 ライセルが、魔法部隊を指揮し指示を出す。

「光魔法が得意な者は、『閃光』を上部の顔に!雷及び炎は、中位クラスの魔法中心で体の方に一斉射撃を!!」


 意図を理解した魔法部隊の面々は、一斉に杖を構え、詠唱を開始する。


「弓部隊!!魔法部隊が攻撃を放つまで、女王蟻に牽制射撃!!効いても効かなくても気にするな!!これは、時間稼ぎだ!!……放て――!!」


 カルロも的確に指示を下し、魔法部隊の詠唱の時間稼ぎを買って出た。


 魔法部隊の構えた杖に光が灯り、その光がいよいよ濃くなる。


 白い光は、『閃光』。蒼白い光は、『雷撃』赤い光は、『火炎弾』


 眩い光が散乱し、その光が落ち着いた頃に、地面が振動した。


 ドウゥゥン……。


 土煙を舞い上げながら、女王蟻は倒れ、人形の部分は、手で顔を覆っていた。

 蟻ボディーの方は、脚がピクピクと痙攣していたから、雷で痺れたのだろう。


 その隙に、剣や槍を手にした騎士達が襲いかかる。

 人形の部分の結界は解かれて、難なくこれを絶命に至らしめる事が出来た。

 ………だが、問題はここからが問題だった。


 人形の部分が失なわれた途端に、動きが規則性の無いものに変わっていた。


 闇雲に、脚をバタつかせそれに当たった騎士が吹き飛ばされた。


 粘液も、ランダムに飛ばしてくる様になり、何人かがこれに当たった様だった。


「一次退却しろ!安全圏まで下がれ――!!」


 そう叫ぶカルロの前で、団長のダリルが暴れまわる蟻の脚に吹き飛ばされるのが見えた。


 カルロは、慌てて駆け寄りダリルの救援を急ぐ……そこへ、蟻の放つ溶解液が直撃する!!


「ぐあぁぁ――っ!!」



 女王蟻は、その後絶命したが、そこに至るまでの大暴れで大多数の騎士が、負傷する事態になった。


「残った者は、回復をかけつつ救護を急げ!」


 ライセルの指揮の元騎士達は、負傷者の救護をしつつ、洞窟内に産み落とされた卵と孵化した幼虫に『火炎弾』を放ち、消滅させた。



 街に辿り着いたとき、負傷者のうち十名を越えるものが瀕死となっていた。

 残念なことに、この街に瀕死となった負傷者の回復を行える医師は居らず、応急処置として、ライセルは瀕死に成った者達を仮死凍結することにした。


 直属の上司と、竹馬の友を氷付けにすると言う、苦渋の決断を下のだった。


 そして、負傷者の状況を王都に報告し、医師の派遣を要請したのだった。


 王宮より、負傷者の家族にこの事は知らされるのであった。




 ◇◇◇




 寄宿騎士学校に通っていた俺は、実家からの知らせでそれを知った。


 午前中の授業が終わり、昼食を取りに回廊を歩いているときにその知らせは届いた。


 紙で出来た鳥が俺の前に羽ばたき、何かを訴えている。

 掌をかざして載るように促せば、その鳥は掌に留まりゆっくりと手紙の形に姿を戻した。


 蝋封には、我が家の家紋が施されていた。


 何か……悪い知らせで無ければ良いと願いつつ、その手紙を中庭の噴水に腰掛け開く。


『ダリル突然の手紙に驚いたでしょう?寄宿騎士学校で頑張る貴方にこの知らせを伝えるか、母は悩みました。けれど、事は一刻を争うことだし、万一の時には貴方にも今以上の覚悟をして貰わなくてはなりません。』


 そう、前置かれて書き綴られた内容に、手紙を持つ手が震えだした。

 一つ、深く息を吐き、続きを読み進めていく。


『お父様が、北方ラテンの街で、危篤となりました。片手と片足を失い、治療出来る医師は居らず、再生は叶わないそうです。

 今は、部下の方が掛けた『凍結』で、仮死状態を保っているそうですが、それも何時まで持つか分からないそうです。だから、もし、万が一お父様が還らぬ人となったときは、貴方がこの家を継いで一族を率いねば成りません。

 どうか……これから先を念頭に置いて行動をしてください。』



 その手紙を読み終わった時、俺の体は血の気が引き、頭の中が真っ白になっていた。










 

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