第12話旅の帰路~オカマの魔女と行く珍道中☆ Ⅲ

 ベアー種から逃げるのに夢中で、どうやら街道から外れ何処かの林道に入り込んでしまったようだった。


 既に日も傾き始め、そのまま行くべきか戻るべきか迷っていた。


「う~ん…そぉうねぇ~☆このまま進んでも大丈夫何じゃなぁい?アタシの仲良しの精霊も言ってることだし、大丈夫よぉ☆」


 このまま林道を進み先に恐らくセフィリア姫達の通った街道に出られそうな雰囲気ではあった。


 下手に来た道を戻っても、他にもオルヴィスの外した魔法に当たった魔物達がいるかもしれない。その可能性は高かったから戻るのは危険だ。

 遠回りにはなるけど、進むより他に選択肢は無かった。


「じゃあ、先に進むか……」




 林道をひたすら歩き続け、木製の吊り橋に行き着いた。

 切り立った谷に掛けられた吊り橋は風に揺られ、宙をユラユラと左右に揺れていた。


 吊り橋の踏み板も所々に腐敗の形跡が見え、本当にこれを渡って大丈夫なのか怪しい代物だった。


「な……なぁ、これってここしかあっちに行かれないのか?」


 視界に見える範囲で、この壊れかけた吊り橋以外にあちら側に渡るには、かなり先まで道なき森を進まなくては、たどり着けそうに無かった。


「無いっぽいわねぇ~。これ……渡れるのかしら?」


 俺は兎も角、問題はオルヴィスだ。女にしてはデカイ成のこのオカマの魔女は、身長が185㎝位。

 ムキムキではないけど、細くもない。それなりの筋肉も付いているようで、体重もそこそこ有りそうな感じだった。


「一応、わたる前に吊り橋に強化を掛けて、オルヴィスには風魔法で軽量をかけておくか?」


「そうねぇ。…………そうして頂戴☆」



 吊り橋を渡るとき、オルヴィスはやたらと絶叫し、俺の肩に指の爪が喰い込むぐらいの強さで掴んでいた。


『ギャアアァァァ――!死ぬ死ぬ…まだ死にたくないのよアタシィィィ――!!!!』


『痛い、痛い、痛い!オルヴィス痛い―――!!』


 二人の人間の絶叫が、谷の合間を木霊していた。





 その日は、日も暮れきってから漸く野営の結界を張り、軽食の後倒れるように眠った。


 疲れも抜けきらぬ翌朝、再び街道を目指して林道を歩き続けた。


 前方から傭兵だろうか?二人の男が歩いてきた。

 出会い頭に、オルヴィスの顔を一瞬だけ見ると剣を抜き放ち首もとに当ててきた。


「何だよ、女かと思ったから男かよ!まぁいいや、ここで会ったがってヤツだ。運が悪かったと思ってくれ…金を出せオカマ野郎ー!!」


 傭兵と言うものの中には、ヤサグレ者や破落戸ごろつきも多い。

 この二人は、どうやらそう言った類いの様だった。


 剣の刃を首筋に当てられたオルヴィスが、体を震わせていた。


 怯えているのか…無理もない。例えオルヴィスが本物の女じゃなくても、このシュチュエーションでは、恐怖に震えるしか無いのだろう。




「ケビン…ケビンよね?酷いわ!アタシを忘れたの!?あんなに愛し合ったじゃないアタシ達!!」


 オルヴィスの口から飛び出したのは、恐怖とは全く関係の無い事だった。


俺と、ケビンと呼ばれた男の連れは、話の展開について行けず、オルヴィスとケビンと呼ばれた男の二人の成り行きを見守るしか無かった。


「一年前、お酒を飲みながら愛を語らって朝起きたら貴方の姿がなかったのよ?アタシのお金も無かったし………。アタシの事、騙してたの?」


 ん?ん?んん?……何だよ、そっち系の知り合いか!?


 言われた男………ケビンの顔面が蒼白になっていた。

 一年前、酒場で引っ掻けたカモのオカマにこんな所で再会するなど想像だにしていなかったらしい。

 オルヴィスに剣を当てている連れの男は、オカマ相手に愛を語らったらしい相棒に、白い目を向けていた。


 ………お前、そっち系だったのか!?やめてくれよ!俺はノーマルだ!!


 心のなかでは、今こんなことを訴えていた。



「え……あ……あの時の……か……?」


「酷ぉい!!顔も忘れたの!?あんなに愛してるって言ってくれたじゃなぁいっ!!」


 オルヴィスの魔力が、怒りと共に溢れだし、方々にその波動が放たれていった。


 ジュドーンッ!!ズダダダァァァンッ!!


 森の至るところにオルヴィスから放たれた魔力の塊が無造作に落とされる。


 森のあちこちで魔物の咆哮や雄叫びが響きあい、静寂を脅かされたことに対して怒り狂っているのが分かった。


「オ、オルヴィス落ち着いて!!」


 オルヴィスにしがみつき、魔力の暴走を止めようとする。


 傭兵の男達は、オルヴィスの様子に腰を抜かし、地面にヘタリ込んでいた。


 周囲から聞こえ出す、魔物の怒りの声に顔面は蒼白を越え真っ白くなっていた。


 オルヴィスを一年前騙したと言うケビンは、地面に額が付かんばかりに擦り付け、ただひたすら謝罪の言葉を並べ連ねていた。


「す……済まなかった!魔が差したんだ、奪った金は、何時かちゃんと返すから、命ばかりは勘弁してくれ……!!」


 暫くして、漸くオルヴィスの怒りも鎮まったようで、魔力の放出は止んだようだっ。


「仕方が無いわねぇ~。ちゃぁ~んと、返してよ?返してくれないなら、地獄まで取り立てに行ってやるんだから!!」


 オルヴィスに、贖罪の刻印を押された後、傭兵達は直ぐ様逃げ出した。

 ここに残されたのは俺とオルヴィスの二人だけだった。




 まさかこの後、あんなものが出てくるなんて想像もしていなかったよ………。





 ◇◇◇


 逃げ出した傭兵の男二人のうち一人……オルヴィスに土下座をしていた男は、標高の高い場所から、事の顛末を眺めることにしていた。


「さぁ~て、猿芝居の後の鑑賞タイムと行きますかね?フンッこの俺が、女装男を口説く?アホすぎるだろ、んな設定は………!」


 少しだけ長く伸びだした黒い髪を風がサラサラと揺らしていた。

 小豆色の瞳は、これから始まる楽しい殺人ショーを愉快に眺めるべく細められていた。


「さぁ、踊れ小娘…。地を駆けずり回り、血を流し、力尽きるまで躍り狂え………」


 ニヤリと口元が歪められ、小娘の死に行く様を高見の見物で見届けるつもりだった。


「お前の最後……楽しませて貰おうじゃないか………」





 ◇◇◇





 騒がしくなった林道を、魔物を刺激しないように歩いていた。

 背後が騒がしくなり、慌ててオルヴィスと共に近くの茂みに潜り込んだ。


 俺はオルヴィスの膝の上に向い合わせで股がる格好になっていた。

 オルヴィスが悲鳴を上げそうだったから慌てて両手で口を塞いだ。


 口を『しいーっ』と動かして、オルヴィスに悲鳴をあげさせないように注意を促した。


 オルヴィスもコクコクと軽く頷いたが、手はそのまま押し付けておいた。


 林道を無数の魔物達が何かから逃げるように駆け抜けていった。


 程なくして、宙を羽ばたく音と共に蝙蝠のような大きな翼と、鳥のような大きく鋭く黄色い嘴、それに、少し丸みを帯びた黒紫色の肌の……ガーゴイルが飛んで行った。


『なっ…何であんなものが!?』


 あの種は、人にも魔物にとってもとても危険で天上の聖女達が全て封印した筈だった。

 だから、あれはもうこの世界にいない筈なのに…………。



 思い当たることは………。


 さっきのオルヴィスの魔力の暴走………?

 まさか、あれで飛んで行った魔力の塊が直撃して封印が解けたとか………?


 何てことだ!!そうだとしたら大変じゃないか!!


「ん~!ん~!んんっ!!」


 オルヴィスの目が、早く手を退けろと訴えていた。


「もうっ、いつまで塞いでいるのよっ!!」



「ごめん、ごめん…。でも、今のあれって………」


「ああ、ガーゴイルっぽかったわね。こんなただの森の中にも普通にあったのねぇ………」


 何でも無いことのようにオルヴィスは言うけれど、ガーゴイル《あれ》を封印し直したり、ましてや倒すなんて正直出来る気はしない。


 だけど、あれはそのままにしては置けない存在だ。


 本能のままに動き、動物も魔物も関係なく目前に現れる全てを焼き払い喰い千切り引き裂いて滅ぼそうとするから。


 あれに話合いは通用しない。ただ戦い、滅ぼす為だけに産み落とされた存在だから……。


「ちょっと……ヴィショップ!?」


 スクッと、立ち上がり今にも駆けて行きそうなヴィショップの両腕を掴みその動きを止める。


「放せ、オルヴィス!!早くあれを止めないと………!!」

「まさかと思うけど、あれを倒しに行くとか言うつもりじゃ無いでしょうね?」


「そうだ。早く止めないと大変なことになる。それはオルヴィスだって解るだろ!?」


 真っ直ぐな眼差しでそう言い切るヴィショップの瞳に、オルヴィスは腕を掴み動きを封じようとしていた手の力を緩めた。


 空かさずその手から逃れたヴィショップは、ガーゴイルを追って駆け出していった。




 残されたオルヴィスは、一人呟いた。

「………参っちゃうわね。あんな目で見られたら、止められる訳無いじゃない………」


 あんな……人の心を射抜く真っ直ぐな熱い眼差し。


 ドキドキしちゃう………。



 それは、許されない思い―――今殺さねば、ヴィショップが後々自分達のを殺す相手だから。


 その、命を奪うべき宿敵に心を傾けるなど、有ってはならないことだった。






 森の中を駆け抜ける。全方のそこかしこでドーンッ!!と言う爆発音が響き、森に火の手が起き始めていた。


 爆発音がしているところにガーゴイルが居ると言うことだ。


「加速!!」

 身体強化『加速』を何度も掛け、ガーゴイルとの距離を縮めていく。


 追い付いた先に見えたのは、無惨に引き裂かれたレッドグリズリー数体だった。

 大型の魔獣故に縄張りを守るべく果敢にもガーゴイルに立ち向かったのだろう。



 そして、返り討ちにあった。



 それもその筈だ。

 ガーゴイルに有るのは、本能的な殺戮と狩への執着心だから。

 一度獲物とされれば何処まででも追ってくる。


 俺も、これの前に出れば末路は同じかもしれない。


 それでも………止めないと!!



 魔力を高めるとガーゴイルは、直ぐにこちらに気付いた。


『ヴアアァァァァッ!!!!』


 空気を激しく揺らす砲口が放たれ、俺はすかさず錫杖を取りだし、結界を張って飛ばされないように足に踏ん張りを利かせる。


 ズッ…ズズッ……


 それでも、足が後ろへと押し流されてしまう。


「……っく!!」


 砲口の衝撃波が止むと、ガーゴイルも蝙蝠のような大きな翼をはためかせ、此方に飛んできた。

 俺も、更に魔力を高め自身に魔法を掛けていく。


「『清廉の羽衣』『聖なる風の舞い』」


 駆け出しながら、新たに『加速』『防御力上昇』『攻撃力上昇』を掛けていく。


 錫杖にも魔法を掛ける。


「『聖光煉槍』!!」


 錫杖の先端が輝く槍の尖端に変化し、ガーゴイルに向けそれを突き刺す―――!!



 ―――ガギンッ!!



 ――――硬い!!



 聖光煉槍の槍先は、ガーゴイルに突き刺さること無く弾かれてしまう。


 そして、振り抜いたガーゴイルの腕に弾き飛ばされた。


 バァァッシッ!!


 ザザザザアァァァ――!!


 地面に投げ出され、あちこちが擦れて痛い。

 血も滲み出してきて、ひりひりとズキズキとジクジクが同時に身体中を襲ってきた。


 これが、天上の聖女達ですら倒すのではなくした物の力か……。


 とてもじゃないけど、魔力値2割の…あのときより成長して増えたとはいえ、俺の今の実力で倒せる気がしない……。


 このままじゃ、確実に死ぬな。

 死にたくない……。


 だから………ならば………。




 ヨロヨロと立ち上がるヴィショップの体からユラリ…白く輝く魔力の気に、金と虹色の輝く粒子が加わり始めた。



 白を圧倒するほどの、金と虹色の光がヴィショップを包み、その封印を解いていく。


 光が少しだけ落ち着いたとき、ヴィショップは子供の姿ではなかった。


 本来の彼女――エイセルとして在るべき姿。


 年頃の少女の、美しい姿ただった。





 ◇◇◇




 特等席での高見の見物をしている黒髪の男の元に、オルヴィスの姿もあった。


「ふふん、あんなチビじゃ流石に無理だろ………?」


 吹き飛ばされて転がる姿を見て、黒髪の男は実に愉快な物を見る面持ちでその様を見ていた。


「何処まで持つものかしらねぇ?あの程度で死ぬならソレまでの存在…。アタシの敵じゃ無いわね」


 そう言いがらオルヴィスもヴィショップの様を見下ろしていた。



 ヴィショップから立ち上る、純白の魔力……。


 ――今度は魔力を放出して、戦うつもりかしら?



 オルヴィスのその予想に反して、ヴィショップの純白の魔力の中に金と虹色の輝く粒子が加わり、白を圧倒する。



 ―――――あれは何!?


 あの光は知らない。夢の中のあの女はただ、純白の魔力を纏い、感情の無い顔で戦っていただけだったから………。



 光が穏やかになった時、年頃の少女の姿がそこにはあった。





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