第6話目覚めた主従Ⅳ

「……で、今回の襲撃の原因は貴方達、分かっているの?」


 コポコポとお茶をカップに注ぎ、ベッドサイドにテーブルを設置。その上に、アレンとレインのお茶を置いたところでエイセルは二人に訊ねた。


「……いや、俺の方は何も」

「私もです。心当たりは皆目……」


 王子達には分からない。見えない、気付けないところで事態が動いている、と言うことだろうか?


 昨夜、精霊達のお喋りの内容をエイセルは思い出していた。その中に気になるワードが幾つも散っていたから。


『カロンド王国の側室子供が出来たんですって!』

『新しい王子様が産まれる前に、前の王子様を消しちゃえって!!』

『魔女の気配を隠蔽して、人間に成り済ますの。好きよね、『地を這う魔女』達は!』



『地を這う魔女』?なんだそれは……?

 エイセルには、産まれてこの方聞いたことの無い言葉だった。魔女の気配を隠蔽して、人間に成り済ます。そして、側室になって、身籠った子供が王子だったら、何だと言うのか……。


 森の中。祖母の代から三代受け継がれた、この森の中で、産まれてからの日々の殆どをを過ごしてきた。

 森の外の世界の常識なんて知らない。大切なのは、森持ちの魔女としての掟と、同位の魔女達との関わり位で、その他の知識も常識も皆無に等しい。

 だから、精霊達のお喋りも内容的から不穏な空気を察知したものの、その詳細はわからなかった。


「ねえ。カロンド王に、最近入った側室っているの?そして、その人は身籠っている?」

「……!?あ、あぁ。うん。いるよ。良くわかったね。半年前側室に伯爵家から召し上げられたサフィネって言う女性が……。俺と二つしか歳が変わらないから、結構複雑なんだけどね」


 突然のエイセルの質問に、アレンは驚いた。何故今、側室の話なのかと。焦げ茶色の髪に緑の瞳をした、まだ少女とも見紛う女性で。アレンよりも二つ年上とは言え、見た目だけなら同じ位か幼く見える女性だ。

 実家は伯爵家だが、養女で孤児院に慰問に訪れた際、伯爵が一目見てサフィネ様を気に入り、奥方に無理を言って養女に迎え入れたのだとか。

 そうして、貴族としての教育を施し、初めて王宮の夜会に上がった際、父王に見初められてトントン拍子に側妃の末席に収まったのだ。

 それが、半年前の出来事で。


「サフィネ様、身籠られたんですか?」


 レインは王家内の事情等知るよしも無い。未発表の情報とは、無縁な一護衛騎士に過ぎないのだから。


「いや、そんな話は聞いていないな……。でも、それが何か関係があるのか?」

 レインからも質問が被せられたが、アレンはそれに頭を振って否定した。その上で、今の質問が今回の一件と何か関係があるのかエイセルに言葉を返した。


「うーん……。私からは、今は何とも。情報は皆無だし、答えようが無いかな。ああ、それと……アレン王子、レインさん。貴方達、この後どうするつもり?国に無事を知らせた方が良いかとは思うけど、襲撃の目的が分からないからね」

「それは……。…………怪我が治って動けるようになったら城を目指そうかと……」

 昨日の今日で、答えなど思い浮かぶのか?暫く逡巡したアレンが途切れ途切れに答える。

「それで、本当に帰れるかな?森を出た途端、再度襲撃が待ち構えていそうだよね?」

「確かに……」

「それならさぁ。誰が信用出来る人は居ないの?そこそこ地位もあって、お城にも顔が利いて秘密でこっそり護衛騎士とか動かせてアレン王子を守ってくれそうな人」


「「それは……」」

 エイセルの無茶ぶり的な条件を満たしてくれそうな顔触れを、アレンとレインは次々に脳裏に浮かべては消していった。


「「ギュンター(卿)!!」」


 そうして、最終的に残った顔が、王都守備隊隊長のギュンター・オルノニクス侯爵。

 侯爵と言う地位に有りながら、文官の才は無く、かといって騎士団と言う花形よりも市井に近い王都守備隊と言う、若干日より見めいた部署に席を置く変わり者だ。

 二年前までは騎士団に在籍。時にはアレンと鍛練で剣を交えたことも有る。副団長への昇進話が出た途端に部署移動願いを出して、王都守備隊に移籍した。

 元々は、先代オルノニクス侯爵の庶子の一人で、正妻の子息が流行り病で命を落としやむ無く家に迎え入れた経緯が有る。それが、彼が十四歳の秋の事で、そのまま騎士学校に入学し寮生活を送っていた為、殆ど貴族としての生活とは縁がなかった。

 最低限のマナーが身に付いたぐらいだった為、政務や城内勤務となるとストレスが大きいと豪語していた。だからまぁ、その辺りは仕方がないと言う事で、アレンとレインは『勿体ない』と思いつつ、本人の意思に任せたわけだ。



「いい人が、いたのね。なら、その人に繋ぎをとりましょう!」

「でも、どうやって?」

「紙を用意するから、アレン王子は手紙を書いてくれる?内容的には、アレン王子が無事だと言うこと。西の森にいるけど、迎えに来て欲しいこと。迎えに来ることを、なるべく後宮には知られたくないこと……と言うより、後宮には極秘でいてちょうだい」


『後宮には極秘で』と言う言葉に、アレンとレインは顔を見合わせた。


「何故です?」

「う~ん。今はまだ、私にも分からない。ただ、どうにも……(精霊達の言葉を聞く限り)キナ臭いがしてならないんだ」

「キナ臭い?」

「答えは分からないよ?何せこちらには情報が不足している。その辺り探ってくれる駒がいれば助かるんだけど、そう言うわけにもいかないでしょ?」

 実際、誰かを潜り込ませるにしても、向こうにも『魔女』と言う存在がいたとして、あちらがどの程度の確率性能で精霊達の声を拾うのか分からないのだ。誰かを潜り込ませたとしても、お喋り好きの精霊の口に戸は立てられない。そんなことをしても、筒抜けである可能性は高いし、目下として手立ても手段も何も無いのだ。


「…………そうだね。城に戻って調べるならともかく、現状では何も手掛かりは得られないのか……」


 仕方がないと言われればそれまでだが、エイセルに言われて、思った以上に自分達の立場は危うい物なのかも知れないと二人は感じた。



 アレンは、手渡され容姿に文字を綴り出した。

 そこには、幼少期のアレンとギュンターにしか分からないことを書き入れて。蝋封も出来ない手紙を送るのだから、本人とアレンにしか分からない事があれば、それを書き入れた方が送る手紙の信憑性が持てるだろうと助言したからである。

 手紙の最後に『血を一滴紙に垂らせ』と言われたときには驚いた。そもそも送りたい相手をエイセルが知らないのだから、その血を介してアレンの想いを手紙に託すのだと言うことらしい。


「これで、良いのか?」

「ええ。ご苦労様。……言の葉を綴りし紙の鳥よ、我に代わり想う者へと言の葉を届けておくれ……」


 シュルシュルと紙が一列分の幅で分解したかと思うと、クルクル纏まり初めて鳥の形に整えられ、パサパサと緩やかな羽ばたきを始める。


「いい子ね……。ギュンター卿と言うそうだ。血の媒介を通し、を開け。を介し、目的へと到達せよ。行け!伝聞鳥よ!!」


 エイセルの言葉に従い、その手を離れた伝聞鳥となった手紙は、小さな魔方陣を介して何処かへと去っていった。

 窓の無い、閉鎖された空間から外に出るには、今みたいな転移の魔方陣を介して外に出るとか。

 普段、王宮の魔法使い達が使う魔法とは少々異なる、何とも不可思議な光景を目にした。


「室内からも伝聞鳥を飛ばせるのか……」


 最大の違いは、王宮魔法使い達は、開け放たれた窓辺で手紙を出すと言うものだが。


「まあね。森に住む魔女にとっては、他の森の魔女とのやり取りはこれが一般的だったから」

「他の森の魔女?」

「そう。欲しい素材とか、必要な材料が自分の所だけで賄える訳じゃないからね。互いの所で必要な物を交換するの。薬も下処理が苦手な人もいるし、使用直前までの処理を施して送ったり、代わりに技術を教えて貰うことも有る。持ちつ持たれつってヤツでね」

「へぇ……。魔女には魔女同士の交流が有るのか」

「交流っていっても、森持ちの魔女しか知らないけど……」


 アレンは感心したように言うけど、実際森持ちは同じく森持ちの魔女としか交流はない。特に、一代目ではない私にとっては、如何にして森持ちの魔女となるのか、そうではない魔女は何と呼ばれどういった生活を送るのかは知らない。


 だから、知っていそうな初代達に話を聞いてみたいと思う。一番身近に質問をぶつけられる西の森の初代である祖母と二代目の母は、私の力を封じる為に眠っているから、知りたくても聞くことすら出来ないから。













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