第5話目覚めた主従Ⅲ

 それにしても……だ。

 この森にを招き入れるなんて久し振りだ。

 自分の為だけの食事の準備ではなく、誰かの為の何て……。


 森を満遍なく偏り無く拡げる、或いは拡がらぬように押し止める。その為には、一つの国に肩入れしてはいけない。元々、この森はセンブリ王国の片隅に存在した小さな森だった。

 それが今では、三つの国に叉がって存在するものだから気を付けなくてはいけない。偏りが生じれば、森の拡がりの大きい方へと大地の力は流れ出す。そうなれば、人口外の面で国力に差が生じる。大地の力が減った地方では、穀物が育ちにくくなりそうなれば飢饉にそれを解消すべく、最初は穀物を他国から買うだろう。だけどそれが二年三年と続いたら?買えないなら、頼るか奪うしか無くなる。

 そうなれば、【戦争】に発展するするだろう。

 護るべき二つの、最悪三つの国が、争うようになったら?基本的に護り野森の掟は、森が存在する国に帰属する。そこに住まう魔女も、勿論これはそこに含まれる。

 元々は発祥した森の存在した存在が森の主の元となっている。


 そう、聞いていからセンブリ公国を護ることは絶対の筈だ。そして、代を経た森の魔女は、その一族は代々王の血を取り込んできた。それも二つも。

 だからこそややこしいんだ。


 森の拡がりはある種のバロメーター。偏りが生じれば、より大きく森を所有する王国に魔女は帰属してしまうから。

 そうならないよう、三つの国との交流とは均一に抑えなくてはならない。

 その為の、森の封鎖だった。



 さて、何を作ろうか?

 今あるのは、卵と森の果物が数種類。パンもちょっと固くなり始めてきたけど、まだ食べられる。軽く焼けば大丈夫。あとは野菜たっぷりのスープかな。


 鍋に水を張り、その中に一口大に切った根菜を放り込んでいく。もくもくと湯気が立ち上ぼり、グツグツと煮え出したところで薄切りの肉と香草類を入れる。蓋をしてしばらく経ったら塩で味を整える。

 その間に、少し固くなったパンを切り出し上にソースと葉野菜を小さくちぎって乗せ、上からチーズを薄く切って掛ける。竈に入れて、チーズ焼きだ。

 庭に植えてあるハーブを摘む。葉色の濃く艶のよいものが良とされている。アップルの香りがするハーブだ。

 これはサッと洗い、ポットに入れて熱湯を注いでハーブティーにするのだ。


 二人の主従はまだ動けない。主の方は極度の貧血、従者の方は貧血と痛みによるショック症状が暫く残るだろう。ってことは、しばらくこの森に置いてやらないといけない。

『助けてやる』そう、約束したからには、簡単に放り出すような真似はしないさ。

 何せ、こっちの王子様は私にとっては、血縁上だからね。

 彼からしたら三代前の王と私の母とが異母兄妹で、祖父と私とが従兄弟と言う立ち位置だ。彼からしたら、祖父の従兄弟に当たるのに彼よりも姿は年下と言う何とも可笑しな状況になる。


 まぁ、そんな血縁関係の家系図なんてどうでも良い話だけど。




 コンコン……。


 控えめにノックしたのは、再び眠りに落ちているのなら、そのまま眠らせてやっていた方が良いと判断するから。


『はい……』

 部屋の中から返事は、あった。掠れ声で、弱々しく聞こえるが、生きてはいる。もっとも、現在のアレンの状態では、貧血で動くことも儘ならないだろうけど。

 血を作るには、食べ物を摂取しないと作れない。ポーションやエリクサーは、傷は治せても血は作れない。増血剤だって、やはり体力が伴わなくてはその効果は充分とは言えない。生命を維持するには、生きるにはどうしたって食べることは欠かせない。


「ご飯用意したよ」


 ベッドサイドにテーブルを移動する。ベッドを椅子がわりに食事をしてもらうのだ。


「美味しそうだね」

「当然よ。私が作ったんだから。これでも自炊生活は永い方なんだから!」

「そう、なのか……?」

 エイセルの見た目は、アレンより幼く見える。女性に年を聞くのは失礼に当たるらしいけど、自炊生活をしていると言ってもそうは永いことでも無いように思えた。けれど、それ以上の事を言って、機嫌を損ねるのも得策では無いと、器に出された料理に手をかけた。


 食器に盛られた器から立ち上る湯気にのって漂う香りに、食欲が刺激される。アレンは、素直にこの香りから、エイセルの用意した料理は美味しそうだと思った。


 スープを一匙掬い、口に含む。温かな液体と塩気と野菜と肉の旨み、香草の何とも言えない食欲をそそる香りが鼻腔を抜け、嚥下すれば、体力が落ち血の気が薄れて冷えた体をやんわりと暖める温もりが胃にたまる。


「美味しい……」


 パンも、かじれば食欲を刺激する味付けで、一つ二つと手が延びた。結局、出された全てをアレンは食べきり、お礼を言わなくちゃ……と思いなら、腹が膨れ始めると同時に猛烈な眠気に見舞われる。朦朧としかけた意識のなか、その言葉が言えたのか定かではない。


(『ありがとう、美味しかったよ……』て、言えたと思うんだ。たぶん……)




「ああ、寝ちゃったか。無理もないね。今は、体力の回復だけ考えて、ゆっくりおやすみ、坊や……」


 見た目が年上の少年に、『坊や』と言うのも可笑しな話だけど、自身の実年齢からすると確かに、ベッドの上で眠りに落ちた少年は『坊や』なのだ。


 アレンの上に布団をかけ直し、食べ終えた食器をさげたエイセルは、もう一人の客人レインの元にも食事を届けた。




 翌日、昼過ぎには起き上がることが出来るようになったアレンは、レインの様子を見たいと向かい合う部屋に足を向けていた。


「よく、無事だったな……」

「殿下こそ、よくぞご無事で、本当に良かった」

 互いに、互いの無事はエイセルを通じて聞いてはいた。だけど、その事をおのが目で確認するまでは、安心しきることは出来ず不安が胸を過っていた。


『もしかしたら、俺の気を紛らわす為に嘘を言っているのかもしれない……』


 エイセルの好意は疑ってはいない。だけど、それが主人の、騎士の無事に結び付くかと言えば信じきる事が出来なかった。


「その様子だと、まだ動けそうにないな」


 アレンの傷はほぼ完治している。外傷は無いが、肉体が受けたダメージの回復は完全ではない。ゆっくりとなら歩けるが、急ごうとすると軽い目眩に襲われ、よろめいてしまう。

 対してレインの方は、まだ包帯が外れきってはおらず、ベッドから立ち上がる事も儘ならない状態だ。


 それでも歩けるようになった分、昨日よりはマシと言うものだろう。

 こうして、互いの安否を確認できたのだから。


「面目もありません……」

「仕方が無いさ。あの状況で、命が繋がっただけでも運が良かった」

 思い返せば、本当にそうなのだ。魔狼に襲われ、負傷したレインなどは特に欠損も出血も酷く、死ななかったことが奇跡なのだから。

 それも、と言うが無ければ主従共に今頃は冷たい骸と成り果てていた。


「エイセルと言いましたか。当代の西の魔女殿は……」

「ああ。そう言っていたな」

「やはり王家の血を引いて居る方なんですかね?」

 カロンド王国王家に伝え聞く、初代西の魔女やその王女とエイセルの容姿は異なる。

 王宮殿でも代々の王族の絵姿の飾られた回廊が存在する。その中の一つに、三代前の王の寵を得た初代西の魔女エリシア。その娘であるエリエス王女の肖像画がある。

 エリシアは金色の髪に緑の瞳。エリエスはピンクブロンドの髪に青い瞳だ。対してエイセルは金色の髪に蜂蜜色の瞳。髪質も絵姿の有る西の魔女達は、緩やかに波打つ髪だが、エイセルはストレート。顔つきもだいぶ異なる。

 だからこそ、そこから更に代を経たか、『西の魔女』と言う固有名詞だけが、この地に残っているのかもしれないとアレンもレインも思ったわけだ。



「お茶を持ってきたよ。摘まめるものも。……ん?なに?」

 ドアを開けて入ってきたエイセルの顔に二人の視線は向けられた。その探るような目付きに、エイセルは戸惑う。


(……え?え?なに?何かおかしかった??私!!?)


「いえ……」

「あの、こんな事を聞いても良いのか……。エイセルさんは、当代の西の魔女……なんですよね?その、西の魔女だったエリシス様やエリエス様とはどういった関係なんだろうか?障りが無ければ答えてくれるか?」


(そんな事を聞いてどうするんだか……)

「構わないけど。エリシスは私の祖母、エリエスは母だけど。それがどうかしたの?」



「「………………えぇっ!?」」


 アレンとレイン、主従の驚愕の声が重なった。三代前の王。アレンからすれば、曾祖父アレクサドル王になる。当時王子だったアレクサドルの父親の代での王位継承争いが最も苛烈な時で、当時十四歳だったアレクサンドルは国境外の小さな森に一時避難していたのだ。その時に知り合い、魔女エリシスの助力を得て王位継承を成した。その後、治世の安定した十年後、再びエリシスのいる森を訪れ求愛したのだとか。


『私はこの森を離れることはできない。共に歩むことは出来ぬが、この心は何時も貴方の傍に有る』


 その言葉と共に、アレクサンドル王と情を交わし、国境付近の土地を王位継承の助力の功として魔女エリシスに与えた。

 そしてエリシスの森は急速にカロンド王国までその繁殖区域を拡大したのだが……。


 まさか、エリシスの『』とは……。


「そんな馬鹿な!?だって、エリエスが産まれたのは百五十年も前じゃないか!!なのに、何でエイセルは若いんだ!?」

「そうです、常識的に考えられませんよ。だって、普通に考えたらエリエスが百三十歳位で産まないと時間的な経過が合わないでしょう!?」


 二人の驚きの理由は分からないことも無い。魔女と人間とでは、寿命も年の取り方もまるっきり違うみたいだから。

 生まれてから歩き回る様になるまでは、普通の人間と変わらないのに、ある程度のところで一旦止まる。私の場合、五歳で止まってそれから三十年、一ミリたりとも身長が伸びなかった。

 当時は、あまりの成長の遅さに物凄く思い悩んだものだ。


「あー、その辺ね…。魔女は…魔女ってあんまり年は取らないんだよね。私だって見た目と実年齢は、一致して無いから。その辺はそう言うものとして、放っておいてくれないかしら?」


『実年齢は幾つ?』何て野暮なこと、聞かないでちょうだい。乙女の秘密は暴くものでは無くてよ?


「そ……そうなんだ」

「そう言うものなんですね……」








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