第7話『地を這う魔女』

 アレン達は、ま積もる話もあるだろう。今後の話も有るだろうし、その辺りは私の関知する部分では無いから。


 作業部屋の置く、180センチは有ろうかと言うエイセルよりも大きな高さの姿見の鏡が置かれている。銀を基調にした小さな葉の連なる装飾。所々には、色のついた丸い玉や宝石も嵌め込まれている。女性好みの控えめだが所々に煌めきが彩りを添える可愛らしいものだった。

 鏡の表面にそっと触れる。触れた箇所から、鏡の表面が水面に波紋が広がるようにさざなむと、ここではない別の空間を映し出す。

 それも一つではなく、等分に分けられて別々の場所を映し出していた。


 同じ様に魔道具作りの作業場に見えるが、その造りも、背景に見える小物も飾られた装飾も嗜好の異なるもので、その部屋の主の好みを良く表していた。


 この大陸の最北端、俗に『北の魔女』と呼ばれる、世界で最初に森持ちとなった魔女の少女リュネスは、木製の室内に木綿織りの飾りが多く部屋の暖かさを逃さない様な飾りが多い。


『南の森の魔女』コーランは、涼しげな青い色合いを好み、開放的な窓やこちら側では見かけない植物を室内にも飾っている。


『東の魔女』ラドシークは、砂岩地帯に森が存在する。

 他の魔女と異なるのは、目の部分だけがでるブルカと呼ばれる物を頭から被っている。目だけで見ると、黄緑色の混ざりかけた色合いの不思議な色をしていて、私達よりもずっと年上に見える妖艶な美女だ。

 眉の色からして、赤茶色の髪をしているのかと思うけど、実際の色は隠れている為、分からない。


 後は、『クロードの森の魔女』クローディアさん。西の森とは近い場所に有る、比較的小さな森だけどれっきとした主の存在する護りの森の魔女だ。


 他にも何人か森持ちの魔女はいるが、不在だと鏡にその姿はおろか、室内の様子も映らず真っ暗になってる。


 基本的に魔女は森を出ないが、全く出ないわけではない。私だって、王宮に呼ばれることも過去には有ったし、クロードの森くらいなら出掛けることもある。森の中で作業をしていれば、こうして通信鏡の呼び出しに気付くことも無いのだから、これは仕方がない。



『あら、西のお嬢ちゃん。珍しいわね?貴女が、皆に声をかけるだなんて』

「忙しい時間にごめんなさい……ちょっと、聞きたいことがあって」

 最初に声をかけてくれたのは、東の魔女ラドシーク。

『何かしら?西の子が質問なんて、珍しいことも有るのね?』

 愉しげに、人をからかうような話し方をするのは、南の魔女コーラン。この通信も転移も可能な鏡を通じてのやり取りが、愉しくて仕方がないらしい。

 何せ、今までが互いの森が遠すぎて手紙のやり取りすら少々難儀な部分があったからね。大幅に短縮どころか、タイムリーなやり取りが新鮮で愉しくて仕方がないらしい。

 コーランとラドシークの二人は、この鏡の設置から三日間はお喋りのし通しだったとか……。

 恐るべし、女のお喋り好きは!!


 魔女の基本は、薬作りだ。その点に於いて、誰よりも知識量なら有ると言えるのが、ルシエラ。そのルシエラを師に仰いでいるわけだから、薬作りは誰に聞く必要もエイセルには無い。

 けれど、今この時知りたいことは、薬作りでも道具作りでも無く、と言う存在に関すること。

 森を持たない魔女がいるのは知っている。知識として。

 けれど『地を這う魔女』等と言う言葉は聞いたことがない。


 だから、知りたいと思ったのよ。


「あの……皆さんは、『地を這う魔女』って、何か知っている?」


?』。


 その一言に、和やかな空気は一転する。ピシリッ!!凍り付たような、不穏を臭わすような張り詰めた空気が、鏡越しにも伝わってくる。

 三人の魔女達の顔付きが和やかなものから一転した。表情は強張り、何か恐ろしいものを見た様な、見たくないものを見てしまった様な暗く固い顔だ。


「な、……なに?何か、あるの?」

『『地を這う魔女』…か。懐かしい響きね』

 最初に答えたのは、クローディアだった。

「クローディア……さん?」

 母の友……と言うか、祖母に師事し薬学を学んだ、比較的新しいと言える新参の護りの森の魔女。彼女が『懐かしい響き』と言う。知っていると言うより、もっと身近なもののように聞こえる。


『エイセル。貴女、『天上の聖女』……と言う存在を知っている?』

 リュネスが小さな唇を動かして、聞き慣れない言葉を発した。


『天上の聖女』初めて聞く言葉だ。それが、何だと言うのか?エイセルにわかる筈も無く、首を横に振った。

「いいえ、今初めて聞く言葉です」


『それなら、分からないわよね。……『天上の聖女』と言うのはね、この世界の創造主達。その血を受け継いで創成の神々の代行者。云わば、この世界の管理者よ。そして、我々魔女と言う存在は、神々の代行者にはなの』


「…………はっ!?」


 何を…言っているんだ?魔女が、神々の代行者に選ばれなかった欠陥品とは……。


『とある、装置があってね。そこで管理者の私達は造られたの。そうして、そこから最初に産まれたものは、『天上の聖女』に。これは、神々手ずから調整をして産み出したからなんだけど、その後も装置は新たな生命を作り続けた……。そして、二番目以降、『天上の聖女』と同じ様に産まれても、その役割に付けるものは少なかったの。空の遥か彼方には、聖女の楽園が有るんですって。そこに入れない、場所も名前も知りもできない。場所は分かっても、昇るだけの力がなかったり、導きの声すら聞こえなかったりね。そうして行き場もなく、生きる目的も理由も与えられずに、地上を彷徨うしか無かった私達……そんな私達を天上の聖女達は、『欠陥品』『彷徨える魔女』と呼んでいた。更に代を重ねる毎、装置から新に産み出された者の劣化、欠陥は進んでいったの……』


 それから千年余り。事態が動いたのは、とある切っ掛けからだった。魔女の一人が、王族の男に見初められた。そして、身籠った。行き場の無かった、造られた存在の魔女達。恋をして伴侶となって子を成して、それでめでたしめでたしになるのだと、誰もが思った。

 けれど、そこからその魔女は狂いだした。

 お腹に宿った胎児を、に据えるべく、王位継承権を持つ他の王子や王族、果てはお腹の子の父親まで手にかけようとしたの。

 そうして、産まれた赤子は角が生えていた。正確には、生え始めていた。


 天上から、光が降り注ぐ。天上の聖女達が、天空の楽園から舞い降り、産まれ出でたばかりの赤子を大地から伸びた金色の鎖に繋ぎ、赤子は大地に引きずり込まれた。

 赤子を取り替えそうとする母親は、天上の聖女の白銀の槍に刺し貫かれて絶命。


 そしてその後、赤子が封じられた箇所を基点に発生したのが『護りの森』だった。


 天上の聖女達は、恐怖に動くことすら叶わなかった魔女達にこう言い残した。


『森は大地の護りとなる。この世界と深く結び付き、不浄の身と腐敗の魂の浄化が成された暁には、大地の子はだろう。なれど、天秤の片割れたる『魔王の誕生』は、認められぬ。かの存在の誕生は、神より後でなくてはならぬ。それが世界の不文律と言うものだ』


 冷たく、感情の無い瞳で魔女達を一瞥すると聖女達は現れた時と同様に、何の前触れも無く去っていった。







「なに……それ…………」

 話を聞き終えたエイセルは、顔をこれでもかと言う程に歪めさせた。自らの発祥経路。その片方の謎が解き明かされた――思わぬ形で。


 しかも、それはこの世界の創造主たる神々の手によるモノ。それも、だと。


『俗に『彷徨える魔女』とは、天上の楽園に辿り着けない、昇れないモノ達を言う。初回に誕生した天上の聖女と二度目以降の魔女とでは、明らかな差が存在したから……。そして『地を這う魔女』は、そうして発生した護りの森にすら選らはれなかった魔女達を総称する言葉になったの』

『天上の聖女を産み出した装置、魔女の体には、創成の神々の血が組み込まれている。それらは、神も魔王も産み落とす力を秘めているの。だから……魔女が王族との間に子を成すそれが、男児であった時、魔女は狂う。何かに急かされるように、焦燥たる様相での狂いを見せ……そして、最後は天上の聖女達に裁かれる』


 それが、守護の森の元となる、森の主の正体。


 人として健やかに育つことも、地上を駆け回ることすら許されなかった、存在を隠された命―――。




 それなら……それならば、もし……王の子が男児であったなら?私もまた、あの赤子の様に、胎児のように、お母様のお腹を裂かれ、あの輝かしくも冷たい鎖に繋がれ暗く孤独な大地の奥底に囚われた存在になっていたのか…………。


 衝撃だった。先人達の語る言葉を理解すると同時に、背筋に冷たいものが這うかのように、恐怖が押し寄せていた。


 知らなかった。……無知であった。

『森の主』が、そのような経緯で誕生していたなんて。その森を得たことが、選ばれたことが、その家系に生を受けたことが誇らしいなど……到底、今までのようには思うことが出来なくなった。



『そう言うことが多々あって、『魔女』全体への迫害が強まったのよね』

『そうそう、あの時は大変だったわ。確か、人間達まで魔法行使が行えるようになったのよね。それで、敏感な子は気配を察知するようになってさ……』


 その後の、魔女達の会話は耳には入ってきたけど、理解までは及ばなかった。どうやって、彼女達との会話が終わったのか、どうやってそこまで歩いてきたのか分からぬ程、エイセルの心は激しい動揺に見舞われていたのだ。



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赤い月の物語(とある魔女の物語) モカコ ナイト @moka777

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