外伝 聖獣、翼獅子王の物語 Ⅰ
標高の高い、山々が連なる霊峰シュベール連山。その中でも一際突き出た最高地付近に、翼を得た獅子の聖獣達の棲みかが存在していた。
彼等は、普段この高地にのみ棲息し、人前に姿を現すことは皆無と言っていい程少ない。
唯一、人がその姿を目にする機会が有るとするなら、それは彼等の次の王を定める儀式の時のみだろう。
獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす
その言葉の通り、彼等は次の王を定める時期になると、その座に付く資格のある雄の幼獣を試練の谷へと突き落とすのだ。
その谷から、生きてこの地へと辿り着き、先王たる者を打ち倒す……それこそが、翼を得た聖獣、翼獅子に課せられた王の道への試練だった。
その試練に挑むのが、今年産まれた10頭余りの雄の幼獣達。
その場に居合わせるのは、金獅子王ラファエロと銀獅子王リュクティスを始めとした、現政権に携わる上位者達だった。
母獅子達は、皆涙を浮かべている。
いつ、次の王を裁定するか判らぬ不安と、選ばれてしまえば、その時産んだ我が子とは二度と再開を果たせぬ可能性が高いからだ。
母獅子の足元には、同じ年に産まれた雌の幼獣が、母獅子を心配そうに見上げていた。
祈りの儀、祝福の儀、次いで勝利の儀と進み、いよいよ千尋の谷に落とされる段になって、それらは乱入してきた。
「ここは、お前達の様な下賎の身が足を踏み入れてよい場ではないぞ!?」
そこに現れたのは、父王達と同じ儀式を生き延びた、翼獅子であった。
黒い体表に黒い翼を持つ隻眼の翼獅子バルディス。
彼が徒党を組み、この場に攻めてきたのだ。
「何のつもりだ?」
金獅子が静かに問うと、バルディスは、こう答えた。
「獅子王、選定の儀。これに生き残り先王を倒す。そうすれば、時期王になれるんだよな?」
その事は、周知の事実だ。だから、銀獅子王は、「そうだ」と静かに答える。
その言葉に口角を釣り上げ、バルディスは己の考えを示唆する。
「…俺は、生き残ったぜ?」
俺は、試練を生き延びた。だからこそ、今先王たるお前達に挑むのだ。
「何を馬鹿な!?お前の試練の時は既に終わっているだろう!!」
年老いた翼獅子が、叫ぶが、バルディスは、そんな事は、意に介さなかった。
「誰が、王への挑戦を一回限りだと定めた?そんな決まり、無いだろう?」
「何を馬鹿な!通例に反する!」
周囲の、現王権側の翼獅子達からは、批難の声が上がり続けるが、バルディスは、そんな事、気に留めることは無かった。
何故なら…………。
「ククククッ…。俺には、加護が、ある。光の女神の加護だよ!」
カッっと開かれたその隻眼の瞳は金色をしており、輝く光の女神の加護を受けた象徴とも言える、金色の瞳が輝いていた。
「なっ…………!?」
光の女神の加護…。その力を得たものは、最強とも言える力を手にする。
王をも凌ぎ、二つある種の長として君臨が許されるのだ。
そして、
その混乱の最中、時期王位への候補者達だった幼獣達の何頭かが、不意を突かれる形で千尋の谷に落とされたのだった。
◇◇◇
どれだけの時が経ったのか解らなかったが、激痛を伴って目覚めた。
身体中が、痛む。
その体を引きずり辺りを見回すと、銀獅子王の息子が、体を震わせ倒れているのが見えた。
そこまで、痛みを堪えながら刷り寄ると、体の骨のあちこちが折れていそうな事が分かった。
翼が、あらぬ方向を向き、口から血が吐き出されていた。
『イヤだ、死にたくない……!』
脳裏に浮かぶのは、一族そのものに対する裏切りとも言える、残虐な簒奪だった。
あんなことで、死ぬのか?
あんな者の為に、僕らは死ぬのか!?
正式な試練でもってのこの状況なら、それまでの運命だったのだと諦めも付く。
しかし、簒奪の為の犠牲だと言うなら……認められない!!
誇りある、聖獣翼獅子の王の息子として!!
決してここで潰えるなど、認められない!!
しかし、志しだけ有っても、流石に全身の痛みと傷から溢れる血は止まることは無かった。
無念と、雪辱の念を胸に、幼獣の前から光が消えていった。
◇◇◇
森の中を移動中、時折耳にするのが死の間際の叫びだったりする。
それを自覚したのは、この時が初めてだったかと思う。
強く、強く、請い願う、祈りにも近い魂の上げる叫びだ。
そういう声が、俺を強く惹き付けその場へ誘うんだ。
「ルドルフ、悪いけどもう少し西の崖に寄せてくれ!超特急で頼む!!」
『死にたくない、このままここで終わりたくない!』
『何も出来ず、あんな形で終わるのか!?……そんなのは、イヤだっ』
耳に入る、心を締め付けてくるその声が、俺の魂を捉える。
そう言う時に、頭に浮かぶのは、聞き慣れない言葉だ。
それが、どういう意味なのか、知らないけれど、そう言う死の淵に立たされた者をこちらに引き戻すための、呪文なのだとこの時は理解していた。
『いたぞ!あれか!?』
崖から落ちたのか、それとも赤い月の影響で魔物に襲われたのかは、判らないが、翼の有る猫の幼獣が地面に付していた。
全身傷だらけで、翼も骨が折れているのかその向きがおかしい。
『ヴィショップ、これは、流石に無理だろう……。今回は諦めろ』
その様を見たルドルフは、そう言うけど、あの声は、この子達で間違いない。
ならば…………試してみよう。
シャランッ………。
金に輝く錫杖を手に、先程頭の中に浮かんでできた呪文を試してみる。
「生と死とその狭間に在りし者よ……。そのまま死を受け入れるか?それとも、我と共に在る道を行くか選べ……」
金の錫杖からは、白く光る何時もの魔力に加え、何時もより濃い金と虹色の光が混ざっていた。
自身の何時もの魔力との違いに、若干の戸惑いを覚えつつも幼獣達から返ってきた返答に唇が緩んだ。
『『道が在るなら、共に行く!!』』
幼獣達から一粒の光が俺の中に入り込んできた。
「…………!!?」
それは、彼等の魂だった。
代わりに俺の中から彼等の体に同じ大きさの光の粒が入り込んでいった。
「な、何だ……今のは…?」
やったのは俺だけど、俺にもその意味は、判らない。
何なんだ?今のは……。
幼獣達にもその変化は訪れた。傷が、駒送りのように、塞がり回復しているのだ。
意識は、回復していないが、命は取り留めた様で、そのまま放置するわけにも行かないので、他の幼獣達と共に家に連れ帰ることにした。
◇◇◇
目覚めたとき、そこは揺れる何かの上だった。
フカフカの籠の中で、眠っていたらしい僕は、同じく目を醒ましていた銀獅子王の息子た目があった。
『おはよ、起きたね』
『ここ、何処……?』
『さぁ?僕にも判らないよ。でも、僕達以外にも他に魔獣みたいのがここには、居るみたいだね』
そう言われて周りを見ると、他に狼と見たことの無い鳥がいた。
『そうだね。色々いるね』
前を見ると、人間の形をした子供が、いた。
たぶん、この子供が助けてくれたのだろう。死の淵に立たされたとき、不意に感じた暖かな光が、この子供と同じ物だと感じた。
「あれ?目、醒めてた?良かった生きていたね!」
そう言った笑顔が眩しく思えたが、僕達の置かれた状況は、単純な物じゃない。
同じく保護されたらしい、狼や鳥達は直ぐにこの子供と打ち解けていたが、僕達は違う。
こいつ等は、只の魔獣に過ぎない。……だが、僕達は聖獣の王となるべき血筋だ。
力が付くまで……せめて、自分達で行動できるようになるまで……ここに居るだけだ!
だからこそ、この二頭に限っては、ヴィショップになつく事無く、分厚い壁が間に在るような状態が続いたのだった。
「ねぇ、折角一緒に暮らすんだからさ、少しは仲良くなろうよ?」
そう言うヴィショップに対し、二頭の返事はつれないものばかりだった。
『別に、ここに世話にはなるけど、馴れ馴れしくするつもりは無いから!』
『たかが森の魔女だろ?そんな者と必要以上に触れ合うつもりは無い!!』
こんな調子で、食事や用件以外の話は、露程も聞いてはくれないのだ。
だから、この二頭は、付かず離れず、必要外の会話も一切無しの状態が、結構な間続いていた。
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