第13話赤い月の後~拾い物Ⅱ

 二羽の雛、を保護したあと、他の雛の亡骸を地面に埋葬しその場を去った。


 再び、木々の活け直しや傷付いた魔物に回復をかける行程が続いた。

 その間にも、死んでしまった魔物を埋葬したりが結構あったりもした。


 大部、住居から離れて、センブリア公国側から移動を続けること五日目、再び心に刺さる様な叫び声が聞こえてきた。


 ―――助けて!!このままじゃ、皆死んじゃう!!


 ―――誰か、助けて!お母さんを止めて!!




「ルドルフ!……あっちだ、急いでくれっ!!」


 見ると、赤い月に狂った灰色の狼と、噛み殺されて倒れた成体の狼。それに、生き残った子狼が、何頭かいた。


「ルドルフ!助けに降りなきゃ!!」


『ヴィショップ、己をあまり過信するのは良くない』


「でも、森を治めるのも魔女の仕事でしょう!?それに、癇癪を起こしたお母様だって、俺が止めてきたんだっ!このぐらい出来なくてどうするんだ!?」


 その様子に、止めても無駄だと悟ったらしいルドルフは、なにも言わなかった。


『………ふんっ。好きにすれば良い……』


 代わりに掛けられたのは、投げ捨てられるような、その一言だった。



 ――――一度、痛い目に遭わねば、己と言うものが解らぬだろう………。





『姉さん!………止めて!!』


 栗毛の狼は、血を流しながら児狼の前に立ち叫ぶ。


『グルルルゥ……………』


 対する灰色の狼も、何かと葛藤するかのように首を振り、苦しんでいるようだった。


 瞳の色が、青くなったり、赤くなったりを繰り返していた。

 母親としての理性と闇に堕ちた狂気との責めぎ合いを繰り返している様だった。


 しかし、灰色の毛の狼は、瞳の色を赤く染め、狂気のまま弱った栗毛の狼の首元に噛みつき、その命を絶命に至らしめた。



「あれは、不味いね……」


 放置すれば、子狼もただでは済まない。

 それどころか、身体的に戦闘力の高い魔狼が、狂気のまま暴れるのだ。

 他の魔物達にとっても、多大な被害が出ることは、想像に固くない。


 魔力値2割。使える魔法と、回数はかなり限定される。

 小道具を使用して、どの程度通じるものか………。


 赤い月の後処理は、実は今回が初めてだったりする。

 今までならお母様が、空を飛んでタァーッと済ませてきたものだ。


『危ないから、エイセルはお家で留守番ね?』


 そう言い残して、連れていって欲しいと言う間も無く飛び去ってしまっていた。


 なので、自分の実力と言うものが、今、どの程度なのか知らなかったりする。


 何時もは、近くの仲の良い魔獣と鍛練をしているだけだったから、基準も良くは、解らない。


「ルドルフ、貴方は子供達の保護ね。出来れば、アレを拘束してくれると助かる」


『分かった。念のため、お前は補助魔法をかけておけ』


 ルドルフの進言に頷き、『加速』『物理防御上昇』『魔法防御上昇』『攻撃力上昇』をかけていく。


 そして、眼下の崖を飛び降り、狂気に染まった魔狼の前に立ち塞がった。



 母狼の首から噛み下した顎を外し、恐怖に震える子狼へと視線を移した。


 口からは、母狼の血がこの魔狼の涎と混じり滴り落ちてくる。



 キンッ!!

 地面に突き刺さる鋭い音が響く。


 一歩、児狼の前へと踏み出した先に、それは地面わ突き刺し、降りてきた。


 金色の錫杖の、下側が槍の鋭い尖端に形を変えている。


 それを持つのは、七歳ほどの少年だ。


 魔狼は、邪魔が入った。そう思って、ヴヴヴゥーと、唸り声をあげた。


 しかしながら子狼よりも、遊べそうな獲物の出現を認識した、灰色の魔狼はニタリと嗤う様な表情を浮かべ、目を軽く細めた。


「狂気に身を染めて、我が子まで歯牙に掛けようって言うのか?」


 そう言うと、灰色の魔狼は飛びかかってきた。

 錫杖を横に構えて、結界を張りその爪を受け止める………が、力が足りない!!

 衝撃で、俺も吹き飛ばされる。

 背後に、倒れ込み背中を打ち付けた。


 猛烈に、背中から肺へ痛みが走る。事前にかけた『防御力上昇』の効果が疑わしく思える。


 ………いや、これが本当の初陣の、俺と魔狼との実力の差か………。


 補助、浄化、回復なら比較的使えても、本格的な実戦はこれが初めてと言っても過言ではない。


 しかも、身体能力の高い魔狼が、更に魔墜ちしたのだ。

 魔狼の時より、格段に戦闘能力が、上がっている。



 自惚れてた。お母様の子だから、お母様の癇癪を押さえ込むことが出来たのだから……そのお母様が治めてきた森の魔物の実力を………侮っていた!!


 結界に阻まれ、同じように弾かれた魔狼が、体勢をいち早く立て直した。

 そして、地面に倒れたままのヴィショップに飛びかからんとする。



 ズドドドォ―――ン!!



 上から、大きな塊が落ちてきた。


 土埃が舞い上がり、目にも鼻にも口にも、土塊が入り、再び痛みが襲う。


「うううっー…っ!!」


 土埃と痛みが引き始めた所で、目を開く。

 目の前に、黄土色のまっ平らな体表が見えた。


「ルドルフ………?」


『自分の実力が、分かったか…?』


「うん、……まだまだ、全然足りてなかった」


 力も、魔力も何もかもだ……。


『………で、どうする?見捨てるか?』


「まさかっ!ここまで来たのに、見捨てるなんて出来るものかっ!!」


 ガバッと、起き上がりルドルフに抗議すると、『フフンっ……』鼻を鳴らして笑われた。

『上等だ……』


 一言呟くと、ルドルフから伸びた蔦は、灰色の狼を意図もあっさりと拘束した。


『ギャインッ…!!』


『さて……これをお前は、どう判じるね?』


 森の主として、その森の頂点に君臨すべき者として、どう収めどう判じるのか問われる。


「赤い闇に狂い………仲間を、我が子を喰わんとするのか………」


 本人の責任じゃない……でも、抑える手だてもない。ここで防がねば、他の魔物にも害は及ぶ………。


 ――――非情だな。


 大を守るために、小を粛清せねばならないのか……。


 それでも、仕方がない。


「お前が、悪い訳じゃない。それは、分かっている……それでも、それしかないから、お前には死んでもらうよ?」


 そう、決意したヴィショップから、白く輝く光が溢れる。


 金色の錫杖にもその力は宿り、尖端に力が凝縮していく。


 空高く飛び上がり、ルドルフの蔦に拘束された魔狼の眉間に槍状の尖端が突き刺さった。


『グゥォォォ………ン』


 バサリと、灰色の魔狼は地に倒れた。



『お………お母さん!!』


 事が済み、事態の終息を理解した子狼達が飛び出してくる。十匹程居た子狼のうち、生き残ったのは、三匹の児狼だった。


 しかしながら、俺を呼んだのはこの子達じゃない。


 腹を噛み砕かれて、殆ど死にかけている………この灰色の子狼だった。


「ルドルフ!まだギリギリ生きている……。血を……与えたら助かるかな!?」


 俺は、咄嗟に掌を傷付けて、この児狼の体に血を流した。


 さっきの小鳥とは違い、本当に死にかけだ。

 魔女の契約だけで、果たして助かるものなのか、怪しかった。


『回復!!』


 それでも、一縷の望みを掛けて唱え続けた。


『回復!!』


『回復!!』


 幾度となく、辛うじて命を取り止めていた児狼のに、『回復』をかけていった。


 何度、それを繰り返したのかは解らない………。

 今、親だった魔狼の命を奪っておいて、子供は助けたいだなんて……綺麗事だ。

 ………欺瞞だ。


 己に、みんなを救う手だてもないのに、ムシの良い事をしているのは、分かっている。


 矛盾している………


 でも、だけど、救いたいんだ………。




『………きゅ……ん………』




 小さな、鳴き声が耳に入ってきた。


 どうにか、一命を取り止めることには、成功した子狼は、もう一度『きゅ~ん』と鳴いた。






「ねぇ、ルドルフ……この子達だけど………」

 瀕死の一体を救い、四ひきの家族の遺体を葬ったところで、ルドルフに話しかけた。


『連れ帰るのか?』


「うん。このまま放っておいたら、他の魔物に食べられちゃうでしょ?」


『……………俺の寝床を、動物園にでもする気か!?』


 ルドルフの寝床………家の前の庭だけど、家にこの子狼達を連れ帰れば、必然的にそうなっちゃうよね。


 あ――ははっ、多分も何も、間違いなくそうなっちゃうかもねぇ………。



『躾はちゃんとしろよ?』


 低い、低い声で、ルドルフは承諾した。


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