第12話赤い月の後~拾い物Ⅰ(七歳姿)
その夜は、騒がしかった。
広大さを誇る俺の森も、夜中じゅう魔物や獣の咆哮や雄叫び、木々が薙ぎ倒される音、怪鳥達の飛び立つ羽音、殺される魔物の悲鳴、断末魔等々が響き続けていた。
バキッ、バキッ、バキッ、バキッ―――!
『グルォォォ――ン!!』
『グワァァァ――!!』
『ギャ、ギャァァ――……』
人間達の住むこちら側からは、中々見ることの出来ないその赤い月は、不定期にその姿を表し、魔物達を狂わせる。
魔物本来の、狂暴性、残虐性、嗜虐性を特に高め、弱肉強食を遥かに凌駕する、強者による蹂躙が横行する。
皆が皆、狂い出す訳じゃない。例えば、百匹の同じ魔物がいたとして、種として充分に発達した個体から狂い出す。未熟な物は、早々に影響は受けない。
そして、一度狂い出した魔物の暴走は、たとえ、森の主でも魔女でもそれを止める手だては無い。
しかしながら、どんなに騒がしい血の夜でも、魔女の棲みかて在る『深部の森』は、その安全が保証されている。
今まで、何度となくこう言うことは有ったけど、一度も『深部の森』は、被害を受けたことが無い。
昔、こんな夜にお母様は、外の森へと出掛けていた。
「エイセルは、留守番よ?外は危険だからね。大人しく家にいてね」
そう言って、俺は一度もそう言う夜に外へは出して貰えなかった。
家で一人、夜通し聞こえるこの音に震えたものだ。
外へ出るのが許されるのは、決まって日が登った後の時間だ。
後々知ったことだが、今の俺の匂いは、狂った魔物にとって、堪らなく旨そうな匂いを放つエサでしか無いそうだ。
無用に魔物を寄せ付け、狂っていない魔物すら赤い月の側にを回してしまうから、こんな夜の外出は自ら死にに行くようなものだ。
そんな訳で、今日から森の中の巡回をして被害の程を確認していく。
赤い月は、その姿を消しても尚、その力によって狂わされた魔物や魔獣、妖獣は、狂暴性を失わない事がある。
………と、言うか、殆どが狂ったままだ。
見つけたら即座に駆逐しないと、他の狂っていない魔物達に、更なる追い討ちをかける存在になる。
それともう一つ。この騒ぎの後は当然ながら、傷を負った魔物や親を失った魔物で溢れかえる。
木々の損傷も激しく、早めの手当てや治療が必要となる。
今日から暫くは、こうした事態の後処理に追われ、森の中を転々とする日々が続くのだった。
※人間の言う
増殖じゃなくて、怖くて元居た縄張りに戻れなくてウロウロしてるんだけどね。
「ルドルフ~。起きて~。出番だよ~!」
家の前の岩に話しかける。
何を、岩に話しかけているのかって?
これは、ただの岩じゃないんだ。ルドルフと言う、立派な魔獣なんだ。
正確には、グランド何とか……って、言う魔獣なんだ。
ゴッゴゴゴゴコッ………。
パラパラと、積もった土塊が剥がれ落ちてくる。
黄土色のごつごつした体表に、鋭い大きな目と鼻の上には角がある。
イメージするなら、大人が二人ぐらい乗れるサイの背中に、ゴツゴツした岩の甲羅でものせてある感じかな?
昨夜の
この背中にそのまま乗るのは、とても痛い。なので上には、浅く大きな籠にクッションを敷いたものを載せて、その上に俺が乗る。
ルドルフの背中は広いから、他にも色々載せることができる。
期間は、十日を目安に荷造りし、出発だ。
森の北側、センブリア公国側に来ている。
道中、結構な量の木々が薙ぎ倒され、樹木が弱りきっていた。
ルドルフは、長く延びる蔦を甲羅の下から出して、まだ生き延びれる可能性の高い木々を活け直していく。
「『
ルドルフが活け直した木々に、俺が回復魔法をかけていく。
「『流水の
植物は最後に水を撒いてお終い。
何度もこれを繰り返していく。
―――助けて………
――――まだ、死にたくない
再び移動を続けると、声が聞こえた。
普通の音じゃない。
胸に刺さる心の声……
死の瀬戸際の、魂が上げる生への希求の声
―――叫び……
その声が聞こえた方にルドルフを歩かせていく。
たどり着いた先には、小さな鳥の巣が折れて倒れた倒木の枝先にあった。
周りには、碧や翠の羽根が散乱していた。
きっと、親鳥の羽根だろう。
巣を見ると、20センチ位の卵があった。五つあるうちの三つが割れて、中の雛が濡れて乾いて固まった羽根を晒していた。
二つだけ、辛うじて割れずに済んだらしく、無事だったけど、昨夜から親鳥が不在なら中の雛も駄目かもしれない。
残った卵をどうするか……。
今からでも温める?
それとも、放置する?
ピシリッ……
パキッ……
僅な皹が卵の殻に入り、それが少しずつゆっくりと広がった。
パキリッ……
小さな隙間が生まれ、そこから雛が顔を覗かせた。
濡れているけど、碧い羽根と金色のクリクリとした目の雛と、目が合った。
もう一つの卵にも亀裂が入り、こちらからは、翠の羽根の金色の目の雛が顔を覗かせた。
勿論、目が合う。
20分程かけて、二羽の雛が殻から姿を現した。大きさは、十センチ位と、卵の大きさの割りに、小さかった。
ピルルル……ピルルル………
二羽の雛が囀りを上げる。
「あ……もしかして、ご飯が欲しいの?」
でも……この雛は何を食べるんだろうか?
む~ん……。
『飯の心配じゃ無くて、血の契約をしてやりな。無理をして産まれて来たんだ、そう言う奴は、弱っちいぞ?』
ルドルフが珍しく話をしてきた。本来、産まれるべき時期では無かったのに産まれてきた……。そう言う者は、誰かの庇護が必要になるのだと言う。
「血の契約?なにそれ……?」
聞いたこと無かったぞ?お母様、何にも言わなかったし。
『魔女との契約だよ。魔女の僕に成る契約だ。森での行動が許されるのと、色々恩恵が受けられる。……まぁ、魔女の力量次第だけどな』
「へ~。血を分ければ良いんだ?」
ゴゴゴッ……。
軋みを上げながら、ルドルフはゆっくりと頷いた。
ナイフの先端を指先に充て、軽く切る。
プクリ……直ぐに赤い血が溢れだしてきた。その、赤い雫を雛鳥達に与える。
俺の血を飲んだ直後、雛鳥達は、急速な成長を遂げた。
俺の魔力が、この雛鳥達に流れていくのが、分かる。血の契約の恩恵の一つが、主の魔力を貰い受けることが出来て、その力を利用して成長を加速させたり、力を強化する事……らしい。
それを証明するかのように、みるみるうちに、体が二倍、三倍に成り、今は30センチ程の大きさになっている。
『名前を付けてやんな。そいつら、お前に置いていかれないように、無理して早く生まれてきたんだから、お前のだぞ?』
「因みに、ルドルフの契約主は、誰なの?」
お母様は、血の契約を教えてくれなかった。
それに、ルドルフに乗ることも無かったような………。
『俺の主は、エリシスだ……。エリエスは、………あれは血を見るのが苦手だろう…?』
「エリシス……お婆様!?………あー、そっか。お母様は、血が苦手というか……血を見るとパニくるからね………」
成る程、得心がいったよ。
お母様は、自身の流血に対して、異様なパニックを起こす。
それは、もう……こちらが、ドン引きするぐらい酷い。
攻撃系の魔法は乱発するし、半狂乱で暴れるし、手がつけられない大きな駄々っ子状態になるんだよね……。
ああなった時のお母様を押さえるの、結構骨が折れるんだよな~。
何故か遠い目になる……。
ピルルル……。雛達の、催促する声が聞こえてきた。
はっと、気を取り直して、二羽の雛達の名付けだね。
「碧い方は、フィール、翠の方はフュールね」
こうして、謎の綺麗な羽根の鳥を、保護したのだった。
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