第2章~動き出す鼓動~
夢に見し光景
幼い頃、俺は母とその友人達とその家族と共に、何かから隠れるように暮らしていた。
しかし母は、俺が四歳になる頃に呆気なく死んでしまった。
元々体の丈夫な人では無かった。
儚げに微笑むその姿は、繊細なガラス細工の様な印象を受ける、とても美しい女性だった。
母亡き後、幼い俺を育ててくれたのは、母の友人達だった。
母を含め、その友人達は世で言う魔女だった。
俺は、その育ての母達から、有りとあらゆる知識と技術を学んだ。
何れ俺が全てを統べる者と成るために、彼女達は、俺に知識や技術の伝授を惜しむことはしなかった。
彼女達の子供達も俺に良くなついてくれて、本当の兄弟のようにして、育った。
母の死後、始めて見た赤い月の夜から、俺はある夢を見るようになった。
それは、俺が殺される夢だった。
金色の真っ直ぐな長い髪を後ろ手に束ね、蜂蜜色の瞳の若く美しい女だった。
純白の魔力の光を放ち何の感情も抱かぬかのような、無表情の女――――。
その女と、大人になった俺は戦っていた。
その女は、表情一つ変える事無く無機質な顔で、俺と戦い続けていた。
金色の、錫杖の様な武器を手に剣を振るう俺と互角に対峙していた。
どれだけの攻防が続き、どれだけの時が過ぎたのかも、分からなくなる程の戦いだった。
最後の勝敗は、その表情を変えない女に軍配が上がった。
俺の胸を、女の持つ先の鋭い錫杖の尖端が貫く………。
俺の体から力が抜け落ち、地面に崩れ去っていく………。
視界は暗くなり、俺の世界から音と光とが消え去っていくのだ………。
そう、俺は……この美しい、無表情の女に………殺されるのだ。
そんな夢を、幼い頃から繰り返し、繰り返し幾度も、夢に見る。
余りにも同じ夢ばかり見るものだから、育ての母達に相談したことがあった。
『それは、予知夢ね。魔女の血筋には希にあるのよ。いつか未来で起きることを予見として見るの』
『危険ね……貴方は私達の希望なの。私達を統べる唯一の存在に成るのだから、その夢の相手は、排除すべきね』
『貴方の命を奪うだなんて……未来の主に牙を剥くなんて、どんな女だったの?その女が、出現する前にその流れ毎、断つべきだわ……』
眉宇を潜め口々に、その夢の女の排除を母達は薦めてきた。
その言葉の後押しも有り、俺は何時しかこう思うようになった。
この女が俺を判じる前に、俺がこの女を判じてやろう。
この女が何かを決断する前に、俺がどうするか決断しよう。
この女が俺を殺す前に、俺がこの女を殺してしまおう。
そして、その女が産まれないように道を塞いでしまおう………。
そして、それは実行に移された―――!!
◇◇◇
まだ若い、十代後半の少年であった頃、俺を殺すあの女の祖母に当たる人物に戦いを挑んだ。
あの女が生まれる前に、その血筋を断ってしまえば、あの女は産まれることは無いだろう。
…………そう、考えての事だった。
俺を殺す女程では無いにしろ、多少の強さは覚悟して挑んだ。
だが、まさか………………惨敗するとは、想像していなかった。
「………なっ!くそっ、何でそんなに強いんだよ!?」
信じられなかった。
俺を殺す筈の女の前に、その祖母からして規格外だった。
「突然襲ってくるとは、愚かな真似をするものね。………覚悟の上の事よね?」
俺を見るその目は、氷のように冷たく殺気に満ちた微笑みを見せた。
「当たり前だ!俺が生き延びるために、あんたには死んで貰う……!!」
そう良い放ち、再び飛び掛かるが、一撃も当たる事無く全てが弾かれてしまう。
その上、足蹴を喰らい後方へと弾き飛ばされてしまう。
「全く、己の実力も足りていない癖に、格上相手に喧嘩を売ろうとは、愚の骨頂ね……一体どんな育ち方をしたら、そんな愚か者に育つのかしらね?」
母を貶されたように思えた。怒りに震え、その怒りのまま再度、その女に遅い掛かる!!
「こっのぉ―っ!!」
しかし、放たれた魔法の衝撃で、またしても俺は、遠くへ吹き飛ばされた。
その後、女は追撃を俺に与えようとした。しかし、それは俺の配下の攻撃で実行に移されることは無かった。
俺は、共に連れてきた配下の援護で命からがらその場を脱っする事が出来た。
「……………何なんだよ、あの強さは!?」
その場で、あの女の祖母を抹殺することは諦めざる終えなかった。
月日は流れて、俺もすっかり大人の姿になった頃、今度はあの女の母親に狙いを定めた。
あの祖母の事がある。慎重には慎重を期して、殺気を消して油断させたところを狙う算段だった。
それなのに、何故分かった!?
殺意も、殺気も消して、至近距離での斬撃を寸で交わし、反撃に打って出てきたのだ!
「はわわわっ!あっぶないな~っ!!お母様に、人をいきなり襲っちゃいけませんって、習わなかったの!?お姉さん、怒っちゃうぞぉ~!!」
かなり気の抜けるセリフを吐く女だった。
見た目もふわふわした雰囲気の、頭の緩そう……頭の悪そうな女だったが、戦闘的センスや魔力の程は、あの隙の無い祖母同様の物だった。
あの祖母のしごきから逃れるための家出だったと言うのに……修行中の身からしてこれか!?
こんな、化け物染みた戦闘力と勘の鋭さを持つ生き物、相手に出きるかっ!?
これでもう………あの女が力をつける前に殺すしか俺が生き延びる道は、無くなったんだ………。
しかし、俺を殺す筈のその女は、一向に住み処から出てこようとはしなかった。
手を出すこともできず、数十年と言う月日が流れていた……。
俺は何時しか、本当はまだ産まれていないんじゃないかとも思い始めていた矢先……あの女の息吹を感じた。
白い魔力、全てを白に染め上げる、純白の純粋な魔力の流れを―――!!
居た。
見つけた!
やはり居たのだ、あの女は!!
ずっと、待っていた。その影を漸く掴んだのだ。
口許に、笑みが生まれる。
「待っていろ……必ず見つけ出して、確実に殺してやるから……」
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