森の外への小さな旅路

第1話旅程~新たな出会いⅠ(出会い)

 季節の移ろいとは、早いもので一年が過ぎ、二年が過ぎ………そして、今の季節は梅雨入りの直前頃……。


 森の中に、生き物ではない鳥が悠然と翼を拡げ、飛んでいた。

 魔力で飛ぶその鳥は、森持ちの魔女にとっては、便利な通信手段の一つであったりする。


「あれ、誰のかな?」


 その黒い鳥は、悠然と庭の岩の上へと降り立った。


 そして、その姿がゆらりと崩れ、意思を持つ靄のように動きだし、一人の女性の姿へと変化した。


 黒く、艶やかな長い髪の先端の方が緩い巻き毛になっていて、黒いロングドレスを纏った二十代後半の面持ちの、気の強そうな美しい女性だった。


『はぁい、ヴィショップね。私の事は覚えているかしら?』


「お久しぶりですね、クラウディアさん。今日は、何かご用でしたか?」


 急ぎなら、飛行挺ラヴターユで飛んでくるだろうし、連絡鳥だとここへ来るまで4日はかかる。


 そんなに急ぎでは、無い………用件?


『悪いけど、エリエスは、いるかしら?ちょっと、頼みがあるんだけど……』


「お母様ですか?お母様なら大分前に、俺の魔力を封じて眠りにつきました」


『えっ……?そ、そうなの!?もう、そんな時期になるのね……』


クラウディアさんは、あからさまな動揺を見せていた。

 何か、気になる動揺の仕方にも見える。もしかして、ある程度の時期になったらこうなるっての知っていたのかな?


「……?えっと、今日はなんのご用で?俺に出来ることでしょうか?」



『『アウスララ』『オクトルディア』『万年草』これらの薬草が欲しいの。まだ少し在庫があるけど、作りたい量には足りないから、2週間を目安に、成るべく急ぎで持って来て欲しいのよ』


「分かりました。それなら俺でもこなせそうだから、そちらにお持ちしますよ」


 クラウディアさんは、隣国ライセン王国の東部にある森、クラウドの森の魔女である。

 お母様と年が近く、若い頃はお婆様に師事を仰ぎ修行に励んだのだとか………。


 たまに、この森にも遊びに来たり、物々交換に来たりしてくれて、何かとぶっ飛んだ所の目立つお母様と、親交のある数少ない人だ。



 クラウドの森まで近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い。

 大体、10日もあれば着けなくもない距離になる。



 ………………と言うわけで、俺は、配達の旅に出ることになった。




 ◇◇◇◇




 夕刻、日も落ち辺りも暗くなり始めた頃。

 この日は、冷たい雨がしとしとと降っていた。

 旅人は、生い茂る木々の下で雨粒を凌ぎ、火を起こして早めに夜の備えをするのが旅の上道となる。

 密に繁る葉の下、年若い男女がいた。

 男はまだ少年で、黒髪、緑の瞳で、旅人と言うよりかは、騎士の装いだ。

 女の方も、少年と同じぐらいの年頃の少女で、身に付けている衣類が上等な生地が使われていることから、身分の高い人物であることが伺い知れる。

 この冷たい雨で、体調でも崩したのか、横たえられた体は、細かく震えている。


 そんな、彼等の元に一団が近寄り一つの交渉が取りなされた。

 一団は、四十人位で、馬車を五台ほど連ねた商隊であった。

 その半数以上が、屈強な体つきの護衛の傭兵で、相対する少年騎士一人では、到底太刀打ちできるものでは無い。



「おい、ボウズ!この場は、このクリムゾン商会の商隊が、使うからお前達は、何処かへ退いてくれ!!」


 横柄な口調で、三十過ぎの男が供を五人ほど従えて若い二人の元にやって来た。


「なっ……!ここは、僕達が先にいるんだぞ!?譲る気は無い他所へ行ってくれ!」


 若い騎士は、そう言うが男達は気にした風もなく、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて尚も言葉を重ねる。


「お前達は、二人だけ。しかも、お前は、まだガキだろ?俺達は大人で大人数なんだ。力業になったら、どっちに部が有ると思う?」


 自分達の方が人数も多く、大人なんだから、この場を使う権利が有る…とでも言いたいのだろう。

 若者達は、二人だけなのだから、他の木の下でも大丈夫だろう、子供なのだから大人に場を譲り、退けと圧をかけたのだ。


「このっ…………」


 若い騎士は、男に掴みかかろうとするが、あっさりと交わされてしまう。


 ズシャァー!!


 男に身を交わされた少年騎士が、地面に体を滑らした。


「くっ、くそっ……!」


 口に、泥水が入るが、そんなことよりもこの悔しさだ。

 大切な主君も守れず、今この場を切り抜けるだけの器量が、今の自分には………無い。


「へへへっ、さっさと何処かへ行っちまえ!!」


 男は、少年騎士を足蹴にし、そう言い放った。

 少年騎士は、悔しさに……只々悔しさに目を滲ませるのであった。




「そんなところ、さっさと退いてやりな!!」


 何処からか、甲高い声が聞こえてきた。

 バサッ、バサッと、木から木へと移り飛ぶ様な音と共に、背後の木の茂る枝葉の中から一人の子供が飛び降りてきた。


 シュタッと、決して良いとは言えない足場に軽やかに着地をする。

 真っ直ぐ背中まで伸びた金色の髪を一縛りにした、蜂蜜色の目の十歳くらいの少年だった。


「な、何だお前は!?」


 いきなり現れたこの少年に驚いたのか、傭兵達は、若干の動揺を見せた。


「やだな。そんなに怖いかおしないでよ?竦んじゃって、上手く話せなくなるじゃん」


 ニカッと笑い答える辺りが、全く傭兵達の集団を恐れていないことが、丸分かりである。


「何だ、このガキは!?」


 傭兵達は、この少年に掴みかかろうとするが、少年は軽やかに男達の動きを交わした。




「その子の言う通りよぉ~。この場は、譲っちゃいなさぁい」


 再び、何処からともなく現れた、乳緑色の髪と翡翠のような緑の瞳の中性的な面差しをしたの長身の……男(?)が、口を挟んできた。


「だっ、誰だ!?」


 男(?)の放つ異様な気に、明らかな動揺を見せる傭兵達は、武器を抜き出し構えていた。


「やぁだぁ~。恐いんだからぁ~、そんなに警戒しないで頂~戴☆」


 バチンッ!と、傭兵達にウィンクを送る長身の……魔女の出で立ちの………男。


 ゾォ~ァァ~……。


 傭兵達の背中に、悪寒が走った。

 某かの危険でも感じたのだろう、警戒すべきは、命の危機ではなくだと察知した。


「きっ…、気色の……悪いヤツだなぁ!?」


「いやぁ~ん。気色が悪いだなんて、失礼しちゃうわぁ♪お兄さん、アタシのタァイプなのにぃぃ~☆」


 ゾゾゾゾソゾォォォ―――


 ロックオン☆されたらしい男の背中には、更なる悪寒が走り抜け、仲間の影に隠れてしまった。


「とっ、とにかく!さっさっとこの場から去れ!!」


 リーダー格らしい傭兵の男が、大声で怒鳴る。



「これこれ、なんの騒ぎだい?あんまり騒ぎ立てするんじゃ有りませんよ?」


 現れたのは、この商隊の長。クリムゾン商会会長クリムゾンその人だった。


 臙脂色の服に帽子を被り、かなり大きく育ったお腹の肉を揺らしながら、その人はこちらにやってきた。


「ク…クリムゾンさん……」


 先ほどまでの威勢の良さは何処へやら、リーダー格の男の言葉尻が弱くなった。


「これは、なんの騒ぎかな?私は商人です。商売人は、脅しではなくあくまで交渉によって物事を進めるものですよ?何をしているんですか、貴殿方は……」


 呆れと、若干の失望の籠った声に自分の打った手が、雇い主の不興を買うものだったと気付いた傭兵たちだった。


「この人達が、この場所を使いたいらしくてさ、このお兄さん達に退け!って、言ってるんだよね」


 その場所をよくよく見れば、三本の大木が辺りを取り囲み、生い茂った葉で大分雨露が凌げそうな場所だった。


「成る程……。どうです?私どももこの場にお邪魔して宜しいですかな?」


 商人に限らず、相席の交渉は旅の基本だ。

 先にいたのは二人の男女で後から来た自分達こそ、下手に回らねばならないのに、傭兵達はそれを怠った。


 商人らしく、ここは交渉に出てきた。チラリと、寝込んでいる娘に目をやると、一瞬で何かを察知したのか、瞳かキラリと輝いた様にも見えた。


「お連れ様も、大分具合が宜しくないようですし、薬と食事と寝床などの面倒も見ますよ。どうですかね?」


 にこにこと表面上は笑顔で、かなりの好条件を打ち出してくる。

しかしその裏に、腹の内に一物も二物も抱えていることは、容易に知れる笑みだった。



 少年騎士は、この腹の内に気付いたのかこの好条件を受け入れない。



「悪いが……それは受け入れられない」



「なら、仕方がないね。退いてやるからさ、ねぇ、クリムゾンさん?のクリムゾンさんなら、子供ばかりの俺達が退いてあげるんだからさ、お慰みくらい弾んでくれるんだよね?」


 案に、立ち退き料を要求しているのだ。

 商売人なら、小さな事でもの種は、残したくないはず。特に、王宮御用達とか、貴族の屋敷へ出入りする様な位になると、何処からその牙城が崩されるかわからない。


 特に今現状で、時分は、特に気を付けているはずだ。


 にっこにこの弾ける笑顔を見せれば、のクリムゾンは察しが付いたように、溜め息を吐いて両手をあげた。


「こりやぁ~参った!坊主に一本取られたな。おい、ブロイ!金を少しばかり包んでやれ!!」


「えっ?ちょっとおい、お前!何、金を取ろうとしてるんだよ!?」


 途中から割り込んできた金髪の少年とクリムゾンのやり取りを見てるしか無かった少年騎士は、いつの間にか主と自分がこの場を去ることが決定付けられ、いきなり金銭のやり取りが成立していることに驚いた。


「馬鹿だねぇ?こう言うのは貰ったもん勝ちなんだよ!お兄さん、俺より年上なのに勉強不足だね!」


 ニカッと笑い、クリムゾンの用意した金銭を、少年が受け取った。


「おっ!重い……。さ、さっすがクリムゾンさん!!大陸で一、二を争う商売人だぁ!太っ腹だねぇ~♪♪」


「おうおう、坊主!お前さん、商売人に向いているなぁ?どうだ、ワシの元で働く気は無いか?」


「あはははっ!有り難いけど俺、配達の途中なんだよね。抜けられないんだわ!!」


「配達とな…。そりゃ、商売敵か!こりゃ、一本取られたな!!うわ、はっ、はっ、はっ!!」


 小さな商売敵の、計略勝ちに機嫌を良くしたクリムゾンは、最後に一つ忠告をしてくれた。


「お前さん達の連れているあのお嬢さん…。やんごとなき御方だろう?恐らく懸賞も掛けられていると、見受けた。……道中、気を付けるんだぞ?」



 やんごとなき、何処ぞの国のお姫様……か?


 厄介事を抱えての旅路のスタートに成りそうだ…と、少年は内心、頭を抱えていた。




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