第49話 突然の知らせ
寮の一室でルクレツィアは手紙を書いていた。
現在、領地に戻っている父親に宛てての手紙だ。
最近互いに忙しくてしばらく会えていないため、ルクレツィアは少し寂しく感じていた。
だが、急に誰かが慌てた様子でルクレツィアの部屋を尋ねて来て、侍女達の慌てた声が部屋の外から聞こえてくる。
ルクレツィアは訝しげに立ち上がると、扉の方へと向かって歩いて行った。
すると、乱暴に扉がノックされた。
「お嬢様っ。大変です!今、入ってもよろしいでしょうか?」
侍女の声を聞き、尋常ではない事が起きたんだと理解してルクレツィアは直ぐに返事を返した。
「ええ、いいわ。」
その声を聞いた侍女が、扉を開けて慌てながら中に入って来た。
「失礼しますっ、お嬢様!モンタール公爵様が盗賊団に襲われたとの連絡が!」
「なんですってっ!?」
ルクレツィアは驚きのあまり大声を上げた。
すると侍女の後ろから、モンタール公爵家の護衛が1人姿を現すと言った。
「視察のためカラルクレーナ地方からモンタール領に戻られる途中の事です。公爵様も怪我を負ったと伺っております。」
「容体は?」
ルクレツィアは真っ青な顔で震える声を押し殺し、低い声で尋ねた。
「命に別状はないとお聞きしていますが、詳しい容体は後ほど連絡が入ると思いますので、それまでお待ちください。」
その言葉にルクレツィアは、どうするべきか考えを巡らした。
この世界では前世の様な電話はないが、手紙をやり取りできる伝達石という魔石が存在していた。
その伝達石とは、対になる石が存在していて、一方の石に文字を書くと、その対になっている石にも書いたものがそのまま、瞬時に浮かび上がるというものだ。
とても高価なもので、高位の貴族ですら気軽に何個も所有する事はできない。
モンタール家では領土と王都の屋敷にその伝達石を設置しており、いつでもやり取りができる様にしていた。
「とりあえず、今すぐ王都の屋敷に向かいます。」
ルクレツィアは侍女に振り返り声を掛けた。
「ハンナ、馬の準備をお願い。」
ハンナと呼ばれた侍女は、一礼して急ぎ足でその場を立ち去っていく。
そして今度は、再び護衛に向き直ると言った。
「報告ありがとう。それでは、これから直ぐに王都の屋敷に戻り、私が屋敷に行く事を執事に伝えて下さい。」
護衛が頭を下げながら言った。
「畏まりました。」
そして、急いで立ち去っていった。
それからルクレツィアは準備が整うと、急いで屋敷へと向かった。
屋敷に到着すると、直ぐに執事や侍女が出迎えた。
ルクレツィアは馬を降りると、足早に屋敷に入りながら執事に声を掛ける。
「出迎えありがとう。それでその後、何か報告は?」
「まだ特に連絡はございません。」
「そう……。では、とりあえず直ぐに私が領土へ向かう事ができるように準備をお願い。護衛は2名でいいわ。」
「畏まりました。」
執事は後ろの侍女に目配せをすると、侍女が一礼をして立ち去っていった。
「では、お嬢様は談話室でお待ちしますか?」
「そうね。お願い。伝達石も談話室に運んでくれるかしら?」
「既に談話室にご用意させていただいております。」
「さすがね。ありがとう、セルジオ。」
そう言った後、執事と共に談話室へと移動した。
談話室にて落ち着かないまま時を過ごしていると、静かな部屋にいきなり鈴の音の様な高い音が鳴り響き、伝達石が青白い光に包まれた。
その直後、領土で書かれている文字がペンも無いのに、まるでそこで書かれているかの様に伝達石に浮かび上がっていく。
ルクレツィアは急いで伝達石を覗き込むと、内容を確認した。
その内容に、ルクレツィアの顔が一気に青ざめた。
内容は、父親は脇を刺されて出血をしているというものだった。
命の危険はないものの、現在は薬で眠っているという。
ルクレツィアは直ぐに立ち上がると、執事に言った。
「セルジオ。直ぐに馬を準備して。これから私はモンタール領に向かいます。」
執事もその内容を確認した後、同じ様に顔を青ざめさせ、ルクレツィアに一礼をした。
「畏まりました。」
そして執事と侍女達はその場を素早く立ち去っていく。
ルクレツィアはその後ろ姿を見詰め、使用人達が完全に部屋からいなくなると、深い溜め息を吐いて頭を抱えた。
「行かないほうがいいんじゃない?」
突然、部屋に声が響き渡った。
ルクレツィアは声の方向を見遣った。
そこに立っていたのは、現在ルクレツィアの護衛についているレオナードだった。
ルクレツィアはレオナードがどこかにいると思っていたので、対して驚く事はなかった。
その言葉にルクレツィアが返事をする。
「行かない訳にはいかないわ。」
「でも、モンタール領はあの山を越えないと行けないよね?あの山には崖もある。事故死したらどうするの?」
「馬車は使わないわ。私が直接馬に乗って向かうから。」
「王太子が許可しないって言っても?」
その言葉を聞いて、ルクレツィアはレオナードを見詰めた。
「王太子はここにはいないわ……」
「でも居たら絶対に許可しない。」
レオナードが射貫く様な冷たい視線を向けた。
ルクレツィアは一瞬怯んだが、直ぐに強い瞳で見返した。
「それでも行く。命に別状がなくても怪我を負ったのよ?盗賊団に襲われて出血なんて……大きな怪我の可能性は高いわ。ここから馬を出せば2日間で領土に行けるの。こんな状態のお父様を放っておくなんて……無理。不安でたまらないの。このまま、ただ黙って待ってる事なんてできないっ」
ルクレツィアは幼い頃に母親が亡くなった時の事を思い出していた。
母を亡くした時の悲しみが、昨日の事の様に蘇ってくる。
父親までいなくなってしまったら……。
ルクレツィアは不安でたまらなかった。
手が震えるのを、ルクレツィアは無理やり手に力を込めて必死で握り潰す。
今、不安で震えている場合ではない。
その様子をレオナードは黙って見詰めていたが、やがて大きな溜め息を吐くと言った。
「分かったよ。俺も一緒に付いていく。とりあえず、アルの方にも使用人に頼んで連絡しといてくれる?俺達が出発した後でいいからさ。あ、あと俺も一緒に行くって事を使用人に言っといてね。」
「いいの?」
ルクレツィアは予想外の返答に少し拍子抜けしていた。
レオナードは肩を竦めて言った。
「いいんじゃない?俺は護衛をしろとは言われたけど、行動を制限させろとは言われてないからさ。さっき聞いたのは、この行動を起こす事によってあんたは今後、確実に行動を制限されるよって言っときたかっただけ。……その覚悟の上で返事したんだよね?」
その言葉にルクレツィアはゆっくりと頷いた。
「それは既に覚悟しているわ。」
「じゃあ、いいんじゃない?」
レオナードが素っ気なく答える。
「……ありがとう。」
「はぁ?お礼なんて言う必要ないんだけど。あんたがどうなろうと知った事じゃないし。あ、でも護衛対象が死んじゃったら減給になっちゃうからそうでもないや。やっぱ行くのやめとく?」
わざと面白いものを見る様な顔をしてルクレツィアを見返した。
ルクレツィアは苦笑して答えた。
「行くわ。」
「だよね……。あーあ、めんどくさっ。ならさっさと準備してよ。俺はそれまでこのソファで仮眠しとくから。」
そう言って、レオナードはソファに寝転がった。
ルクレツィアはその様子を眺めた後、ふとクレイから貰った指輪を眺めた。
そして、それをそっと握り締める。
どうか、無事でいてね。お父様。
無事にお父様に会えますように……。
ルクレツィアはそう指輪に願いを込めた後、直ぐに気持ちを切り替え、急いでセルジオに報告するために部屋から出ていった。
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