第37話 レオナードの気まぐれ

「ではレオは無視してお話しましょう。どうぞこの席に掛けてください。」

促されるままにルクレツィアは席に着き、カークも向かいの席に座った。

「ではまず、何からお話ししましょうか。」

「そうですね……」

ルクレツィアはそう答えて少し考えたが、やがて言った。

「私からお話してもよろしいですか?」

その問いにカークは頷いて言った。

「はい。ではお願いします。」


ルクレツィアは少し緊張したが、カークの瞳を真っ直ぐ見詰めると口を開いた。

「単刀直入にお尋ねします。ユリゲル様はメルファの事をどう思っていらっしゃるんですか?」

その問いを聞いたカークは眉を上げて息を呑んだが、すぐに真剣な顔になると言った。

「彼女の事が好きです。何よりも誰よりも大切な存在です。」

ルクレツィアはその言葉を聞いて、素直に嬉しいと感じた。

「そうですか……」

そうルクレツィアが呟くと、カークは目を伏せて言った。

「けれど……彼女はそうではなかった。」

悲しみを帯びた声にルクレツィアは思わず否定したくなった。

だが、勝手にメルファの好きな人を言う訳にはいかないと思い、口を閉ざした。

しかも彼女は勘違いだったと言っているのだ。


ルクレツィアは代わりに別の質問をした。

「彼女にはもう二度と会わないつもりですか?」

その言葉にカークは眉を顰めて言った。

「実は……彼女が学園を去る前に想いを告げました。」

「えっ?そうなんですか?」

思いがけぬ事を言われ、ルクレツィアは驚いた。

「ですが、見事に振られてしまいました。」

自嘲気味に笑って言うカークに、ルクレツィアは心を痛めた。


という事は……本当にカークの事を好きじゃなかったの?

2人を外から見ていたら、最近はこっちが恥ずかしくなるくらいの甘さを感じていたのに。


カークが今度はルクレツィアに尋ねた。

「……私の自惚れでなければ、彼女も私の事を少なからず想ってくれていたと思っています。そうじゃありませんか?」

その問いにルクレツィアは戸惑った。

「えっと……、それは……」

歯切れの悪い返事を返すと、カークが更に言った。

「あなたは彼女の好きな人をご存じなのでは?」

真剣な瞳で見詰められて、ルクレツィアは言葉に詰まった。


だが次には、カークの目が伏せられると悲痛な声で言った。

「……まぁ、勘違いだったのかもしれません。」

そしてつらいものを思い出す様な切ない表情を浮かべて、重い口を開いた。

「いつの日だったか彼女が泣いていた時がありました。とてもつらそうにして涙を流していたので原因を尋ねたんですが、何も答えてくれなくて……。そしてしばらくして、学園を去ると私に伝えてきたのです。」

「泣いていた?」

そんなメルファを学園では見た事がなかったので、ルクレツィアは驚いて尋ね返した。

カークは頷くと言った。

「ええ。きっとあの時、何かあったのではないでしょうか。もしかしたら……彼女の想い人に原因があるのではと思ったのですが……」

ルクレツィアは更に尋ねた。

「他には?何か他にも言っていませんでしたか?」


この時期に泣くようなイベントなんてあったかな……。

何かあったならゲームのイベントだと思うけど、ユリゲル様のルートは一番穏やかで、特に怖い事なんて私が虐める事以外起きないはずよね……。

それとも私じゃない誰かが虐めていた?


そんな事を考えていると、カークが思い出した様に言った。

「そういえば、自分のせいとか何か言っていたような……。もしかしたら聞き間違いかもしれませんが、あと、泣いていた場所は生徒会室の中にある格納室でした。」

「え?……格納室?」

ルクレツィアは生徒会室という言葉を聞いて、脳裏に何故か一抹の不安がよぎった。

カークはルクレツィアの反応を見て、格納室の存在を知らないのだと判断して説明を始めた。

「モンタール様は格納室をご存じないですよね。生徒会室の中にいくつか扉があると思いますが、その中の一つに格納室が隣接しているのです。その部屋でメルファが蹲って泣いていました。」

それを聞いたルクレツィアの頭の中に、ひとつの可能性が浮かび上がった。

すると次第に顔が青ざめていき、額に変な汗が滲んでいく。


「ま、まさかね……」

思わずルクレツィアの声が漏れると、今まで寝転んで目を閉じていたレオナードが口を開いた。

「そのまさかだよ。」

ルクレツィアは驚いてレオナードを見ると、彼は面白そうな顔でこちらを見詰めていた。

それから勢いよく起き上がり、ソファに胡坐をかいて座り直す。

レオナードはクリクリの瞳を輝かせながら、おどける様な仕草で首を傾げて言った。


「生徒会室であんな事、しちゃだめだよ?」


その一言に一瞬、硬直した。

だが直ぐにその意味を理解すると、ルクレツィアの顔が一気に沸点に昇りつめ、真っ赤に染まっていく。



まさかっ!

まさか!まさか!まさか!まさかーーーーっ!



ルクレツィアはあまりの衝撃に眩暈を感じて頭を抱えた。


ちょっと待って。ちょ、ちょっと待ってっ!

少し整理しよう……!


ルクレツィアは大きく深呼吸をしたが、全く心が落ち着きはしなかった。


……という事は、あれ?あれなのか?

メルファとモリス様は私とクレイがあんな事やそんな事をしてた時、あの場所にいたと……。


そ、そういう事!?


ルクレツィアの頭が再び噴火して真っ赤にのぼせ上がった。


ちょっと待て。あの時、何の話をしていた?


聖女の想い人の話をしていなかっただろうか?私達は……。


うん。

間違いない。

したよ。したした。


……なんて事っ!!


そこでルクレツィアは、自分の頭を両手で思いっきり打ち付ける様に抱えて蹲った。


間違いなく話をしてしまっている。

聖女に想い人がいれば、私が死んでしまうと。

そして、その話をメルファは信じたという事。

だから私を救う為に学園から去って、ユリゲル様を諦めたという事なのか。


……そういう事?


ルクレツィアは顔を上げると悲痛な表情で瞳を宙に彷徨わせた。

だが次にはルクレツィアの顔が一気に蒼白になり、絶望という重りで打ちのめされたかの様な表情になった。


「やっぱり、ウザいくらい面白いね。」

ルクレツィアの精神がカオス状態の最中、無情にも呑気な一言をレオナードが突き刺してきた。

だがそれに対して返す言葉もない。

更にレオナードが言った。

「良かれと思って教えてあげたけど、言わない方が良かった?因みに、俺はメルファ嬢を隠れて護衛してたから格納室ではなかったけどね。」

その言葉にルクレツィアは、なんとか彼へ視線を戻すと重い口を開いた。

「……いいえ。」

そして渋々と呟く様な小さな声で言った。

「教えていただいて……ありがとうございます……」


気分はメチャクチャ複雑だけどねっ。

聞きたくないけど、メルファの事は聞きたいし……。

もうっ!クレイのせいだ!

うん!そうしておこう!

……まぁ、それに応えたのは紛れもない私なんだけども。


そんな風に考えながら頭を抱えていたルクレツィアだったが、そのやり取りを黙って聞いていたカークが痺れ切らし、黙っていられず口を挟んだ。

「一体どういう事です?説明してください。」

「それは……」

ルクレツィアはカークへと視線を移した。


ゔうぅ……。

なんて言えばいいのか……。


ルクレツィアがどう話せばいいのか困惑していると、急に談話室の扉がノックされた。

一同が一斉に振り返る。

「入るぞ。レオ。」

そう言って談話室に入ってきたのは王太子であるアルシウスだった。

アルシウスは当然、カークとルクレツィアがいるとは思っていなかったので、入るなり驚いた表情で3人を交互に見返した。

そして訝しげに眉を顰めると言った。

「これは一体……どういう事だ?」


ルクレツィアは再び頭を抱えて蹲った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る