第36話 カークの聖女への想いは……

学園からメルファがいなくなって、早10日が経過していた。


その間クレイから話がしたいと言われていたが、ルクレツィアはそれをのらりくらりと回避していた。

恐らくクレイの話したい事とは、聖女の想い人ができる事なく学園を去ったので、死亡エンドを回避できたのか確認したいに違いない。


だが、私は既にメルファには想い人がいた事を知っている。

だから私の死亡エンドのフラグは既に立ってしまったと思われる。

メルファが勘違いだったと言っていたが、彼女の態度を見ているととてもそうは思えない。

何か理由があるはずだとルクレツィアは思った。

そして、もし仮にメルファが本当に好きじゃなくなったとしても、一度立ったフラグが消えてしまうなど、ルクレツィアには到底思えなかった。


でも、メルファに想い人がいた事をクレイに告げるかどうか、ルクレツィアはまだ結論を出していない。

だから今クレイに会えば、嘘を付きたくない自分としては絶対にバレると思った。

なので、今クレイと話をする訳にはいかなかった。


……けれど、それも時間の問題だわ。


今学園は試験中という事もあり、それを理由に何とか逃げ切れている状態だ。

それが終われば、クレイからもう逃げる事はできない。

アルシウスも強制的にルクレツィアを呼び出すに違いない。


だからその前に一度、カークとメルファについて話をしたいとルクレツィアは考えていた。

そう思いルクレツィアはカークの様子を伺っていたが、中々に忙しい人の様で思うように話しかけられない。


だが意外にも意図せぬ形で突然、その機会は訪れた。

放課後、ルクレツィアは図書館で試験勉強をしていると、ちょうどカークが姿を現した。

ルクレツィアはこの機会を逃すまいと直ぐに立ち上がり、カークのいる本棚の元へと足早に歩いていった。

本棚の列に入ると、カークが本を片手に立っているのが目に入った。

薄紫の真っ直ぐで美しい長髪を一束に纏めてあり、本に視線を落とす横顔は大人の色気を醸し出していて、ルクレツィアはさすが攻略対象者だと感心した。

思わず魅入っているとカークから声を掛けてきた。

「何か御用ですか?」

そう言い、カークはアメジストの様に美しい光を宿した瞳をルクレツィアに向けた。


やはり美しい……。


切れ長の瞳と落ち着いた声、仕草の全てが洗練されていて、人を魅了してしまうんだとルクレツィアは思った。

これまであまり話した事がなかったので、少しドキドキしながら言った。

「ええ……。メルファの事で少しお話があるのですが、お時間いただけますか?」

するとカークはその名前を聞き、アメジストの瞳に憂いの色を浮かべた。


その表情で分かる。

ああ、彼はメルファの事が好きなんだと……。

ならなぜ?

どうして、2人は離れなくてはならないのか。

本当にメルファは彼を好きじゃなかったの?


やはり何か誤解があるのではないかとルクレツィアが思っていると、カークが本を戻しながら静かに口を開いた。

「……いいでしょう。私も少しお話を聞きたいと思っていましたから。」

「はい。お願いします。」

「では場所を移動しましょう。」

そう言いカークが促すので、ルクレツィアも返事を返した。

「はい。」

そして2人は歩き出して図書館から外に出ると、カークが先導して廊下を進んでいった。

ルクレツィアは黙って後に付いていく。




カークが話す場所として選んだのは、生徒会室のすぐ隣にある生徒会専用の談話室だった。

生徒会室が使えない時に臨時として用意されている部屋だ。

打ち合わせなどもできるし、大きなソファもあるので仮眠をとる事も可能だ。

ただ然程大きくないので、あくまでも補佐的なものとして使用する部屋だった。

ルクレツィアはそんな部屋がある事を初めて知った。ゲームでも紹介はされてなかったはず。


カークが扉を開くと、そこにはソファで昼寝をしているレオナードがいた。

レオナードの柔らかそうな赤髪が差し込む日差しに照らされて、いつもより更に明るい色をしていた。

深い溜め息を吐くと、カークがレオナードに声を掛けた。

「またここで寝てるのですか。起きなさい。」

するとレオナードが片目を開いて、エメラルドグリーンの瞳でカークを見上げる。

「俺が先に寝てたんだぞ。」

レオナードが非難の声を上げた。

その声にカークが冷たく言い放つ。

「ここはレオの部屋じゃないでしょう。」

「カークの部屋でもないだろ。」

レオナードが文句を言い、引き下がる気配もない。

カークは深い溜め息を吐くと言った。

「頼みます、レオ。これから大切な話があります。席を外してください。」

けれどもレオナードは頷かなかった。

「やだ。まぁ、俺の事は気にせず話してくれていいからさ。」

カークはレオナードを黙って見詰めていたが、やがて言った。

「仕方ない……。場所を変えましょう。」

カークがルクレツィアへと振り返った。


ルクレツィアはそれに同意しようと頷こうとした時、レオナードが言った。

「メルファ嬢の話だろ。ここで話したほうがいいんじゃない?」

「……あなたがそれを言いますか。」

カークが呆れた顔で言うと、レオナードは更に言った。

「俺が口固いの知ってるだろ。いいからここで話せよ。誰にも言ったりしないからさ。」

その言い方にルクレツィアは違和感を覚えた。


もしかして……モリス様は話を聞きたがっている?

何故かしら?

メルファの事だから?

それとも何か別の意図が?


ルクレツィアが訝しげにレオナードを見詰めていると、視線が重なった。

一瞬ルクレツィアの胸がドキリッと高鳴った。

その視線は射貫くようにルクレツィアを見詰めていて、心を見透かされている様な気がした。

レオナードはニヤッと面白そうな顔をすると言った。

「そうだよ。俺が聞いていたほうがいいと思うぜ。俺はその答えを知っているからな。」

その言葉にルクレツィアは目を見開き、驚いた顔で言った。

「あなたっ。心が読めるの!?」

それを聞いたレオナードは一瞬虚を突かれた様な顔をしたが、次にはお腹を抱えて笑った。

「アハハハッ。そんな訳ないだろ。お前が分かりやすいだけだ。アハハッ!」

「レオ……あなたはまた……」

その様子にカークは頭を抱えて溜め息を吐いた。

レオナードはカークの様子を気にする事なく更に言った。

「お前、前から思っていたけどやっぱり面白いなっ」

その言葉にルクレツィアは困った様な表情をしたが、何も言わずにいるとカークが口を開いた。

「レオがいてもいいですか?私は構いません。こう言うからにはきっと何か訳があるのでしょう。」

どちらかというとカークのほうが聞かれたくないのではと思っていたルクレツィアだったので、彼がいいなら自分も問題ないと頷いて見せた。




────そうしてルクレツィアとカークは向かい合う様に席に着いた。

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