第47話 音もなき暗殺者

深夜、ベッドに横になっていたルクレツィアは眠れないまま静かに天井を見上げていた。

今日も色々な事があった。

でも少しずつ好転しているのを感じてルクレツィアの心は落ち着いていた。

そしてもうすぐ訪れる己の死への階段が近づいているのを感じていた。


今日のメルファとカークを見れば、既に両想いなのは明らかだった。

ゲームでは1学年の終わりのパーティーにて初めて2人は想いを打ち明けてハッピーエンドとなるのが正しいルートだった。

だが、メルファが学園を去った事で2人の想いは今日伝え合ったはずだ。

既にハッピーエンドだ。

なのでもしかしたら今すぐにでも死が訪れるかもしれない。


もしかしたら、既にゲーム終了って事には……ならないかな?


そんな希望がルクレツィアの中にふと思い浮かんだ。

だが直ぐに首を横に振って、その考えを打ち消した。


いやいや、油断は禁物だ。

ゲーム終了はあくまでも1学年の終了日だったんだから。


それでもルクレツィアの心は乱れなかった。


ルクレツィアは右手を翳すとクレイから貰った指輪を見詰めた。

この指輪が自分の心を落ち着かせてくれていた。


そしてルクレツィアはそっとその指輪にキスをした。

自然と笑みが漏れるのを止められなかった。


だが、急に部屋の中の空気が変わった様な気がした。

ルクレツィアは訝しげに起き上がる。

風の属性だからか、ルクレツィアは空気の流れには以前から敏感だったが、最近は鍛錬のお陰で更に能力が上がっている気がしていた。


なんだろう?

風のせいかしら?

でも……今日は風なんて吹いてないわよね。


ルクレツィアはベッドから起き上がり、扉の方へと足を運ぶ。

扉を開いて隣の部屋を覗くとなぜかカーテンが少し開いて、月の光が差し込んでいた。

ルクレツィアは首を傾げながらそこへ向かうとそのカーテンから外を伺った。

鍵も閉まっていて、特に異常は見つけられない。

だが、月がとても綺麗だったのでルクレツィアはカーテンを開いて外を眺めた。


すると突然、背後から声が聞こえてきた。

「不用心だね。」

ルクレツィアは一瞬ビクッと震えたが、勢いよく後ろを振り返った。

そこに立っていたのはレオナードだった。

「なんで……」

ルクレツィアは目を見開いて彼を見詰めた。

月夜に照らされたレオナードはまるで妖精の様に妖しく輝いていた。

無垢な微笑みを浮かべて彼は一歩前に進み出る。

ルクレツィアは思わず後退るが、すぐに後ろが窓辺だという事を思い出す。

恐ろしくて、ルクレツィアはカーテンを背中で強く握りしめた。

そんな彼女を嬉しそうに見詰めるレオナードが静かに笑った。

「その表情いいね。」

そしてあっという間にルクレツィアとの距離を縮めると言った。

「俺が来る事分かっていなかったの?俺の事、よく知っているんでしょう?」

「そ、それはっ」

確かにゲームでも聖女の部屋に忍び込んで話すシーンがあった。

でもそれが悪役令嬢に起こるなんて思うはずもない。

だけど向こうに恐怖の顔を見せるのは思う壺だ。

ルクレツィアは何とかレオナードを睨むと言った。

「何か用?」

だがレオナードは更に笑った。

「フフッ。そんな顔で睨んでも全然怖くないよ。ほら、手がこんなに震えてる。」

そう言うなり、背中でカーテンを掴んでいた左手を掴んで自分の元へと引き寄せた。

「は、離してっ」

ルクレツィアは抵抗したがびくともしない。

「そんなつれない事言わないでよ。俺と恋愛したんでしょ?」

レオナードは顔を近づけると面白そうに言った。

「し、してないっ。してないからっ」

咄嗟に嘘を吐いた。

レオナードは一瞬、虚を突かれた様な顔をしたが、次には鋭い目つきになって笑顔を消した。

「あ、そう。まぁいいや。それで俺の事どこまで知ってるの?」

「……知らない。」

ルクレツィアは顔を背けた。

「そんな嘘いらないから。」

レオナードがルクレツィアの顎を掴むと無理やり顔を自分の方へと向けた。

「無理やりにでも聞き出してやろうか?」

そう言って、ルクレツィアの顎をペロリと舐めた。

「や、やめてっ」

ルクレツィアが抵抗したが、完全に動きを封じられて身動きが出来なかった。

「俺さぁ、あんた嫌いなんだよね。我儘なくせにみんなから大事にされてさ。」

そう言って、殺意を込めた視線でルクレツィアを見詰めた。

「それを当然としてるあんたが大っ嫌いなんだ。なんでこんなヤツをみんな助けようとしてるのかな。理解できないよ。」

その言葉にルクレツィアは体を硬直させた。


その言葉……。

本当ならヒロインに言っていた言葉だ。

なぜ自分に?

どうして自分に言われるの?

まさか……。


「あなた……私の事気になってる?」

その言葉を聞いてレオナードが目を見開いた。

そして乱暴にルクレツィアの手を突き放すと言った。

「ハハッ。さすが俺と恋愛しただけあるな。まさかそう返されるとは。予想外だっ」

ルクレツィアは困惑してレオナードを見た。

「やっぱりあんた面白いよ。……だけど、可愛くない。」

そう言い、手をクイッと動かすと同時にナイフが瞬時に姿を現した。

まるで手品の様だ。

ルクレツィアの背中が恐怖で凍りつく。

レオナードが獲物を射止める様な鋭い目付きでルクレツィアを見据えた。


「俺の過去の事。どこまで知ってる?」


ルクレツィアは目を見張った。




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