第46話 夜空の流れ星

ルクレツィアとクレイは王城から立ち去り、帰りの馬車の中で寄り添うように座っていた。

まるで離れたらもう二度と触れ合う事が出来なくなるのではという様に。

しばらく言葉もなく、2人はお互いの熱と想いだけを静かに感じ合っていた。

でも時間は待ってはくれず、馬車はすぐに学園へと到着した。


クレイは名残惜しそうにルクレツィアから離れると、馬車を降りてエスコートした。

ルクレツィアも差し出された手を取り、馬車を降りる。

従者は2人に一礼をすると、その場から立ち去って行った。


2人の手はまだ繋がれたままだ。

クレイが静かに口を開いた。

「少し話がしたい。」

ルクレツィアは頷きながら返事をした。

「ええ。」

そうして2人はゆっくりと歩き出した。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







連れて来られた場所は建物の屋上だった。

既に日は沈んでいて、辺りは暮れゆく空が星を瞬かせていた。

クレイは魔法でいくつか炎を浮かばせて、辺りを暖かい光に包んだ。

そしてルクレツィアを振り返る。

揺らめく光に映る彼はとても綺麗だった。

思わず言葉もなく魅入っていると、彼はこの世のものとは思えないほど美しい笑みを浮かべた。

ルクレツィアの顔が熱で染まっていく。

「これを受け取ってくれ。」

そう言ってクレイはルクレツィアの側に来ると右手を取って、薬指に指輪を嵌めた。

そこには赤いルビーの様な石が嵌め込まれた金色の指輪があった。

「きれい……」

ルクレツィアが思わず呟く。

「これは魔道具だ。物理的な障害を跳ね返してくれる。余程の重い物が圧し掛かってこない限り、お前が傷つく事はないだろう。」

その言葉を聞き、ルクレツィアが顔を上げてクレイを見詰めた。

「カークを選んだ場合は、事故だったよな。だからこれを身に着けておけば岩などの衝撃は問題ない。後は絶対に崖には近づくな。この指輪ではさすがに崖から転落は守れない。」

「クレイ……」

ルクレツィアは嵌められた指輪を包み込む様に手を握った。

「嬉しい。ありがとう……」


ゲームではきっと悪役令嬢はクレイからこの様な指輪は貰っていなかっただろう。

ルクレツィアはこの指輪を身に着ける事で、心がとても強くなるのを感じた。

私の未来が少しずつ変わっているのを感じる。

本当に私は生きられるのかもしれない。


指輪が希望を与えてくれた様だった。


そして嬉しくて涙が滲む。

ルクレツィアは顔を上げるとクレイを見詰めて微笑んだ。

「大切にするね。」

その笑顔をクレイは眩しそうに目を細めて見詰めた。

そしてそっとルクレツィアの頬に手を触れると言った。

「綺麗だ……」

いつもなら戸惑ってしまうルクレツィアだったが、今は素直に嬉しいと感じた。

その手の温もりに応える様にルクレツィアは頬を摺り寄せた。

「ルクレツィア……」

クレイがルクレツィアを抱き締める。

「ルクレツィア、愛してる……」

その手に力が込められた。

ルクレツィアはゆっくりと頷いた。

「私も……」

そう返すと、なぜだか胸が痛み、自然と涙が溢れた。


なぜ胸が痛むのか……。

なぜ涙が止まらないのか……。


自分は幸せ者。

そのはずなのに……。


だが、ルクレツィアは深く考える事を放棄した。


この痛みは……いらない。


ルクレツィアは胸の痛みを心の奥深くに閉じ込める。


この涙は……嬉しいから。

そうだ。そうに決まっている。


ルクレツィアが顔を上げると、目の前には愛しい人が優しく微笑んでいた。


この人が一番大切な人。

私のすべて。


他にはもう……なにもいらない。



彼の愛以外、いらない。



そう、それが私の欲しいもの……。



ルクレツィアはクレイを見詰めて微笑んで見せた。

クレイはルクレツィアの瞳を真っ直ぐに見詰めると言った。

「……絶対に俺が守る。」

その言葉を、素直に信じられる自分が嬉しいと思った。

「うん。信じてる……」

2人はしばらくお互いに見詰め合っていたが、やがてどちらともなく顔を近づけると、唇を重ね合った。


その2人の頭上にはすっかり暮れてしまった夜空が広がっていた。

月もない夜にたくさんの星が煌々と輝いている。

だが2人が気付く事はない。


そしてその星々の中、流れ星が流れた。


それでも2人は気付く事なく静かに夜は更けていくのだった。






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