第45話 恋の行方

ルクレツィアは口を強く引き結び覚悟を決めると、メルファに向き直った。

「メルファ。もう嘘をつかなくていいの。あなたは心にまで嘘はつけない。あなたが好きな人と認識した時点で、既に私の死亡する道筋は出来ているはずだから。」

その言葉にメルファは大きく目を見開いた。

「どういう事?私が好きな人と会わなくなれば、救われるんじゃないの?」

「……違うのよ。メルファ、これからちゃんと説明するわ。とても信じられない内容かもしれないけど、私は嘘偽りなく説明すると誓うわ。聞いてくれる?」

メルファは戸惑いを隠せず、動揺した表情で見詰めてくる。

だが、やがて息を整えるとゆっくりと頷いた。

ルクレツィアもそれに応える様に、真剣な顔で頷き返した。



────そして自分の前世の話をメルファに話して聞かせた。



ルクレツィアが話している間、時折、質問を返しながらメルファはずっと真剣な眼差しで聞いてくれていた。

時々、目を見開いたり驚いた表情や戸惑いの表情を見せたりしていた。

話し終えた今は、腕を組み片手を口元に当てた状態で視線を下に落としていた。

考えを纏めている様だ。

ルクレツィアは黙って、メルファが声を掛けてくるのを待った。


そしてメルファがようやく顔を上げた。

その表情には苦痛の色が滲んでいる。

「全部話してくれてありがとう……。神はなんという事をなさるのか……」

そう言ってルクレツィアの手をメルファが優しく包み込んだ。

「だから私が誘拐される事も知っていたのね。」

ルクレツィアは黙って頷いた。

「それに……、私が学園を去った事は何の意味もなかったのね。」

メルファが悲しそうに目を伏せた。

「メルファ……」

その表情を見たルクレツィアも、ひどく胸が痛んだ。

メルファは嗚咽を堪える様な苦しみを帯びた声で言った。

「だって……今でも、私は……」

そう言い、メルファは両手で顔を覆い隠した。



「好き……。カークの事がどうしようもなく好きっ」



絞り出す様な声でメルファが言った。

ルクレツィアはメルファを抱き締めて言った。

「それでいいの。あなたのせいではないのだから。ごめんなさい。そんな風に思わせて本当にごめんなさいっ……」

メルファはそれを否定する様に力いっぱい首を横に振る。

そうして2人は互いに力強く抱きしめ合うと、どちらともなく大声を上げて泣き始めた。


今更ながら、こんな運命を呪った。

なぜ大切な人達を悲しませないといけないのだろうかと。

好きな人が出来る事は、とても尊い事のはずなのに……。


でも……。


少なくとも私が前世を思い出した事は感謝しなければならない。

だって、それがなければメルファとこんな関係にはなれなかった。

今でも私は最低最悪の令嬢でクレイやメルファを苦しめていたはずだから。


しばらく泣いていたが、お互いにようやく落ち着きを取り戻すと、顔を上げて見詰め合った。

可愛い顔が涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。

お互いに自然と笑みが零れた。

そして互いにハンカチで顔を拭うとルクレツィアが言った。

「大丈夫。今の私には強い味方がたくさんいてくれる。いくつか変えられた未来もあるの。だから、私は何としても生きてみせる。」

そう明るい声で言うと、力こぶを作ってメルファに見せた。

「ルクレツィアは強いわね……」

メルファが力なく笑った。

でも、ここで弱さを見せてはいけないと思い、更に明るい声で言った。

「だって沈んでいても何も変わらないもの。それよりもどう生き抜くのを考える事が今は一番大事だと気付いたから。私の事を大切に思ってくれている人達のためにも……。それに無事に生き抜く事が出来たらやりたい事も出来たの。だから……私は死なない。」

メルファはルクレツィアのその真剣な瞳を見て、目を見張った。


その瞳は、なんて美しいんだろうと思った。

不安に決まってるはずなのに、怖いに違いないのに。


どうしてそんな風に笑えるんだろう。


ルクレツィアの毅然とした態度が、メルファの心を強く打った。

そしてメルファは自分が落ち込んでいる事を恥ずかしく思った。


一番つらいのはルクレツィアなのに。

私を思って励ましてくれている。


メルファはルクレツィアの力になりたいと、そう強く思った。

「私もあなたの力になりたい。」

自然と言葉が出てきた。

ルクレツィアはその言葉を聞いて、優しい瞳を浮かべると言った。

「うん。ありがとうメルファ。嬉しい……」


だが、次にはルクレツィアが予想外な事を言った。

「なら、今すぐユリゲル様と仲直りをしてちょうだい。」

「え?」

ルクレツィアがメルファの顔を覗き込む。

「あなたがもう想いを抑える理由はないんだから。私のためを思うなら彼を諦めないで。」

そう言ってルクレツィアが扉の方へと振り返ると、ガラス扉の向こう側でカークが立っているのが見えた。

メルファは見られているとは思っていなかったので、驚きで目を見開かせた。


先ほどの2人の大泣きに驚いたのだろう。

その時、カークとクレイはこちらの部屋に移動して来ていた。

心配した顔でこちらを見詰めているのが分かる。

ルクレツィアは途中で、彼らがこちらの部屋に来ているのに気付いていた。

「カーク……」

メルファが思わず呟いた。

ルクレツィアは立ち上がると、ガラス扉の方へと歩いて行き扉を開いた。

メルファも思わず立ち上がる。

ルクレツィアがカークを見てゆっくりと頷くと、カークも頷き返した。


「では、後はよろしくお願いします。」

そう言ってルクレツィアはカークへと歩いて行った。

「ええ。任せてください。」

カークがそう答えるとルクレツィアとすれ違い、扉の中へと入っていく。

ルクレツィアはカークが部屋に入ると静かに扉を閉めた。

その2人の影が重なっているのが目に入り、ルクレツィアはホッと安堵した。


そして後ろを振り返ると、そこには優しい笑顔で迎えてくれるクレイが立っていた。

ルクレツィアは何だかとても愛おしい気持ちが溢れてきて、彼の元へと引き寄せられる様に近づいていく。

側まで来ると、クレイは優しく抱き締めてきた。


ルクレツィアは一瞬迷ったものの、そのままでいた。


……だって、彼がそれを望んでる。

私は彼の望む事を拒みたくない。

私にとって、彼はかけがえのないとても愛おしい存在だから。


そう……私はクレイが好き。


そう考えた時、不意に誰かの顔が浮かびそうになった。

ルクレツィアは目を瞬かせる。


なに……今の……?


ルクレツィアは戸惑いを隠せなかった。

するとクレイが優しい声で名前を呼ぶ。

「ルクレツィア……」

その響きにルクレツィアの意識が引き戻される。

そしてルクレツィアはその戸惑いを振り払う様に、彼の温もりだけを感じようと彼の体に手を回し、強く力を込めた。


ルクレツィアは彼の温もりを感じ、とても幸せだと思った。

そして彼も幸せを感じてくれていると信じられた。

先ほど感じた戸惑いはいつの間にか消えていった。






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