第44話 信じる心
本日、ようやくメルファに会いに行く日が訪れた。
あの話の後、カークも同行したいと言うので2人で向かおうとしたがクレイも一緒に行くと言い、現在、王太子が用意してくれた馬車の中でルクレツィアとクレイ、カークといった3人で王城へと向かっていた。
程なくして王城に到着すると、3人は待っていた騎士達に出迎えられた。
宮殿の中に入ると、聖女の身の回りの世話をしている神殿に仕える神官が待ち構えていた。
3人が近づくと神官が一礼をした。
「お待ちしておりました。こちらへ。ご案内いたします。」
そう言い神官が進み始めたので、ルクレツィア達も後に続いて歩き始めた。
案内された場所は基本王族のみしか入る事が出来ないエリアで、ルクレツィアは父親が元王族という事もあって何度も来た事があった。
聖女ともすれば警備を国王と同レベルのものにしなければならないので当然の対応だった。
以前メルファが軟禁状態だった部屋の場所だが、少し改装された様に見える。
そして神官は豪華な扉の前で立ち止まると、ノックをした。
すると中から扉が開いて、中へと入るように促される。
3人が中に入ると、4人の神官が頭を垂れて並んで立っていた。
先ほど案内した神官が口を開いた。
「現在準備をしておりますので、こちらの席でお待ちください。」
ルクレツィア達が席に着くと、お茶などが運ばれてきた。
そして3人がお茶を飲み一息つくと、ルクレツィアが口を開いた。
「馬車で話した通り、まず私が1人でメルファと話させてもらいますね。」
それに答えたのはカークだった。
「ええ、分かっております。ここでお待ちしていますから終わったら声を掛けてください。」
そう言った後、クレイも口を開いた。
「まぁ、俺は元から会うつもりはない。ルクレツィアのただの付き添いだ。」
カークがそれを聞いて苦笑した。
「私と2人きりにさせたくなかったんですよね。」
ルクレツィアは自分も薄々そうだと思っていたので、それについて特に何も言わなかった。
「まぁ、それもあるが……」
「それ以外の理由もあったんですか?」
意外そうにカークが尋ね返した。
「どうでもいいだろう。お前には関係ない。」
そうクレイが冷たく言い放つ。
「確かに私は関係ないですね。」
カークは再び苦笑して紅茶を口に含んだ。
それから程なくして、奥の扉から神官が現れると3人の前で一礼した。
ルクレツィアは黙って立ち上がると、カークとクレイに視線を向けた。
2人は同調する様に頷いた。
それを確認すると、ルクレツィアは神官へと向き直った。
「まずは私だけで行きます。案内してください。」
「畏まりました。では、こちらへ。」
そう言って神官が進みだす。
ルクレツィアはその後ろに付いて歩いた。
奥の扉を抜けるとそこは、意外にも華美ではなくシンプルな装飾の部屋だった。
窓辺の方にガラス張りの温室エリアがあり、そこに植物がたくさん置かれていて、優しい日差しが部屋全体を明るく照らしていた。
少しでも聖女の気分が晴れる様にとの配慮だろう。
とても落ち着いた穏やかな空間だとルクレツィアは思った。
そしてその温室のガラス扉が開かれると、中には神殿の白装束を纏ったメルファが立っていた。
光に包まれる様に佇むその姿に、ルクレツィアは思わず息を呑んで見惚れた。
聖女だ……。
美しい。なんて美しい人なんだろう……。
いつも笑い合っていたメルファとは違う雰囲気を纏っていて、ルクレツィアは少し緊張した。
メルファは優しい笑顔を見せると口を開いた。
「ルクレツィア。」
その声はいつもの声だ。その笑顔も。
ルクレツィアの緊張を一瞬で解いてくれた。
「来てくれてありがとう。嬉しいわ。」
「メルファッ!」
ルクレツィアが思わず駆け寄ると、彼女を抱きしめた。
メルファもそれに応える。
ルクレツィアは泣きそうになるのを何とか堪えながら言った。
「私も会えてすごく嬉しい。ごめんなさい。本当にごめんなさいっ……」
ルクレツィアが急に訪れた理由をメルファは察しているのかもしれない。
メルファは謝るルクレツィアの背中を、黙って優しくポンポンと叩いた。
その手があまりに温かいのでルクレツィアは涙が溢れてくる。
「メルファ……大好き。」
「うん。私もルクレツィアが大好きよ。」
その声は少し掠れていた。
しばらくの間、2人は抱き合ったまま黙って立ち尽くしていた。
もう何年も会っていなかったかの様に、会えない期間がとても長く感じた。
でも毎日会っていたメルファと急に会えなくなったので、そう感じるのも無理はないのかもしれなかった。
それ程に、ルクレツィアにとって大切な人なんだと改めて認識していた。
やがてどちらともなく顔を上げて離れると、2人は微笑み合った。
そしてメルファが言った。
「座ってお茶にしましょう。」
ルクレツィアが涙を拭い頷くと、促されて席に着いた。
メルファも隣に座ると神官達がお茶の用意をしてくれた。
そして温室のガラス扉を閉めると、部屋には完全に2人きりとなった。
ルクレツィアはメルファに向き直ると言った。
「メルファ。時間もないし単刀直入に言うわね。私のために学園を去ったんでしょう?」
その言葉にメルファは一瞬息を詰まらせたが、ゆっくりと頷いた。
「ええ……。一番の理由はそうよ。でも、聖女としての覚悟が出来たのも本当だから。」
その瞳から放たれた意志は強く、嘘を付いている様には見えなかった。
ルクレツィアはメルファの手を取ると言った。
「ありがとう。そしてごめんなさい。あなたに今まで黙っていて本当に申し訳なかった。」
その言葉にメルファは首を横に振った。
「いいえ。言えない気持ちはよく分かるから。私がルクレツィアの立場でも同じ事をしたと思う……」
メルファの優しい言葉にルクレツィアの瞳から涙が溢れた。
「私はメルファにたくさん謝らないといけない。大事な事を黙っていた事。ユリゲル様を諦めさせた事。それに……今回、アルシウスの側近達にあなたの好きな人の事を話してしまった。本当にごめんなさいっ」
ルクレツィアは深く頭を下げると、涙をメルファの手に次々と零していく。
「……いいの。私に好きな人はいないから。ルクレツィアが皆様に言った事は間違いよ。」
力なく言うメルファに、ルクレツィアは驚いて顔を上げた。
メルファの悲しみが痛いほど伝わってくる。
彼から離れれば私が助かると、そう思って……彼から離れた。
ルクレツィアは、胸が締め付けられた。
……本当なら言いたくない。
だって、もし私が死んだら……彼女はどうなる?
自分を責めて絶対に彼を諦めるだろう。
そして、ずっと私の死が彼女を苦しめる。
それは彼女が死ぬまで苦しめ続けるに違いない。
だから言いたくなかった……。
何も知らないままでいて欲しかったのに。
まさか彼女とこんなに仲良くなるとは思っていなかった。
まさか、彼女がこんなに大切な人になるなんて……。
ルクレツィアは彼女と仲良くなった事を少し後悔した。
私と友達にならなければ、彼女を傷付ける事なんてなかったから。
けど……。
こんな事を言っても、もう仕方がない。
そして、何よりも忘れてはいけない大切な事がある。
私はメルファが大切で、かけがえのない親友で……。
もうその事を消す事なんてできないのだから。
だからメルファが苦しむとしても、私は言わなければならない。
せめて、あなたのせいじゃないと言い続けよう。
あなたと出会えて幸せだと言い続けよう。
どんな結果になったとしても、悲しい思い出だけにはしたくないから。
たくさんの楽しかった時間があった事を……忘れて欲しくはないから。
メルファは強い。
そう、彼女の強い心を信じて……。
ルクレツィアは口を強く引き結び覚悟を決めると、メルファに向き直った。
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