第27話 それぞれの想い
あれから、ルクレツィアは再び寮に戻った。
父親にも内容は知らせてはいるが、何しろ内密なので何事もなかった様に過ごさなくてはならない。
誘拐犯が侵入出来たのは、どうやら在学している生徒とすり替わっていたのと、騎士団の中にもスパイがいたからだった。
学園で主に警戒していたのは出入りする業者だったので、相手に隙を突かれた事は間違いない。
それでも生徒とすり替わるというのも簡単にできる話ではないのだが、事実、それが原因で聖女を誘拐されてしまったのだ。
国王はその事については王城でも同じ事が起こりうると判断して、聖女に関わる人々の身元確認を再度徹底的に行うなどの対策を早急に進め、より一層の警備を強化する様に指示を出した。
尚、犯人達はもちろん速やかに投獄され、国の中でも死んだ方がマシとも言われる最悪な牢獄に入れられる事となり、そこから一生出られない。
主犯であるマトスはクロウシア王国との密約を交わし、後日国に引き渡す事になった。
クロウシア王国の主張はあくまでもマトスが独断で秘密裏に行ったとの事だった。
サンザード王国としては鵜呑みにできない内容ではあるが、証拠もないためこれ以上この話を長引かせるのは得策ではないと判断した。
よってサンザード王国の要求は、マトス王太子殿下の身分の永久的剥奪と存在の抹消だった。
クロウシアの国王はそれを了承して、すぐに国内外に向けて発表した。
その内容はマトス王太子殿下は病に倒れ即死だったというものだ。
実際は永久に王宮に閉じ込められるのか、抹殺されるかなのだろうが、それはサンザード王国の知るところではない。
しかも今回の密約には、クロウシア王国の主要な輸出品である魔石を10年間は低価格にて優先的に確保されるという好条件も盛り込まれていた。簡単に言えば慰謝料だ。
そうしてマトスは秘密裏にクロウシア王国に引き渡され、聖女誘拐事件は極限られた者しか知らされる事なく終息していった。
今回の事件が完全に終息したのは、聖女顕現式後であった。
そしてルクレツィアは事件のあった翌日から、気丈にも授業に出席していた。
メルファは流石に休んでいたが、ルクレツィアまで休めば不審に思う人物も出かねないとルクレツィアは思い、授業に出席する事にした。
まぁ、元々自分で蒔いた種ではある。
ルクレツィアは本来なら誘拐される事はなかったのに、自分が聖女と同じ日に休む事で反対派に不審に思われては国王に顔向け出来ない。
なので出席するのは当然といえば当然の行動だった。
────ルクレツィアの想い。
事件から翌日のルクレツィアは何度かクレイと目が合ったが、クレイの視線がとても優しくて温かいと感じていた。
自分を見詰める瞳に、以前の様なつらい表情はない。
ようやくクレイが少しずつ前向きに考えられる様になったのだと、ルクレツィアは安堵する事が出来た。
けれど彼の視線には別の意味が込められていると、ルクレツィアは感じていた。
だが、仮に期待した通りだったとして、ルクレツィアは彼との関係を変える事に戸惑っていた。
それはやはり自分が死ぬかもしれないからだ。
死ぬかもしれないのにクレイと恋人となってもいいものか……。
ハッ!ヤダッ。
私ったら気が早い!
ルクレツィアは思わず赤面した。
クレイと恋人同士なのを想像して、ルクレツィアは身悶えたいのを必死で堪えた。
何故なら授業中だからだ。
そして次には、アルシウスの事を思い出して気分が急速に萎んでいくのを感じた。
そうだ……。
アルシウスには自分が生き抜く事が出来たら返事をすると言ってるんだった。
それなのにクレイと付き合おうだなんて……虫がよすぎるし、やはり自分はまだそんな事は考えられない。
クレイだってまだ何も言ってきてないんだから、勝手に期待なんかしてはだめだわ。
まずは自分が生き抜く事を考えなければっ。
誘拐事件も落ち着いたんだから、これから本格的にどうするのかを考えなければならない。
ただ……今はもう、メルファの心を無理にどうにかしようとは思えなかった。
彼女には何の罪もないのだから。
恋路の邪魔なんて、そもそもできるものじゃない。
自然と惹かれて、いつの間にか好きになってしまうもの。
好きになるのをやめたくても、どうしても抗えない。
どんどん深みに嵌まってしまう。
どうしようもなく惹きつけられる……。
私がそうだから……。
ルクレツィアは手に力を込めると、強く決意した。
メルファが好きになった人ができたら、少なくともどのルートかが確定する。
その確定したルートに対して対策を考えよう。
だから今は、ただ自分の魔力をひたすら磨くしかない。
それが今できる私にとっての最善だと信じて。
でも……、メルファの好きな人が確定した時、私はアルシウス達に彼女の想い人を話せるだろうか。
命が掛かっているとはいえ、許可なく勝手に好きな人を第三者に伝えるなんて。
……無理だ。
彼女の想い人を勝手に話していいはずがない。
でも話さないと、アルシウス達に助けて貰えない。
ルクレツィアは頭を抱えた。
授業中なのも完全に忘れ、物思いにふけ続けた。
うーん……。どうしよう?
────クレイとアルシウスの想い。
クレイの心はとても穏やかだった。
彼女を諦めない。
そう自分の気持ちを誤魔化す事なく受け入れた時、ルクレツィアへの気持ちが確かに恋愛感情なのだと、とても大切な存在だと改めて認識できた。
だが……この気持ちに正直になるためには、一つの問題を解決しなければならない。
それはアルシウスだった。
ルクレツィアを救出した際、クレイが人目も憚らず抱きしめている所をアルシウスはただ黙って見ていた。
そして現場の指示をするためにすぐに現場へと戻っていった。
クレイはアルシウスがルクレツィアの事を好きなのは十分分かっていたし、アルシウスと話をした時は自分の気持ちは恋愛ではないと思っていたので、その事についてちゃんと話をしてはいなかった。
だが、今回の事で俺はルクレツィアを諦めるのは無理だと分かった。
だからその事をアルシウスに伝えなければならない。
そう思ったクレイはアルシウスのいる寮の部屋に向かっていた。
ノックをして入ると、執務室にいるアルシウスを見つけた。
王太子の部屋は寮の中でも特別仕様となっていて様々な部屋がある。
もちろん、いつでも執務をこなせる様に寮の部屋にも執務室が用意されていた。
アルシウスはカークと共に椅子に腰掛けて書類に目を通しており、クレイが入ってくると顔を上げた。
「来ると思っていた。少し休憩するか。」
そう言い、アルシウスが大きな伸びをして溜め息を吐いた。
アルシウスはカークに書類を渡すと言った。
「少しクレイと2人きりにさせてくれ。」
「畏まりました。」
カークはそう言い、一礼すると部屋から立ち去っていった。
アルシウスがクレイに向き直ると言った。
「今回の件は本当に参ったよ。まさかルクレツィアまで誘拐されるとはな。ルクレツィアの助言があったにも関わらず誘拐されてしまったのは俺の失態だ。改善しなければ。」
アルシウスはそう言い立ち上がった。
そしてクレイはアルシウスに近づくと言った。
「アルシウス。話したい事がある。」
それに対して、アルシウスが答えた。
「ルクレツィアの事だろ?言わなくても分かってる。」
そう言い、アルシウスが溜め息を吐いた。
「だから俺はあの時言ったんだ。本気で言ってるのかと。全く……。ルクレツィアはこいつのどこがいいんだか……」
アルシウスが苦笑した。
「すまない。」
クレイが真っ直ぐにアルシウスを見詰めた。
その瞳に応える様に、アルシウスもまた強く見詰め返すと言った。
「だけど、俺はまだ諦めない。恐らく彼女は自分が生きられるかどうかがハッキリしない事には、クレイの気持ちに応える事はないはずだ。まだ俺にも付け入るチャンスはある。」
その言葉にクレイは顔を顰めた。
「そうなのか?でもそれは……俺は知らない。そんな事、俺の知った事ではない。もう、俺は待たない。期間とか関係ない。」
その言葉にアルシウスが声を出して笑った。
「さすが、クレイだな。俺は色々と相手の事とか考えてしまって強引にはいけない。そういう所、本当に羨ましいよ。ルクレツィアの救出の時だって、どんなに悔しかった事か。」
アルシウスが悔しそうな顔をした。
「本当ならあれは俺だったのにと。俺がルクレツィアを抱き締めたかった。だが、俺は王太子である事が足枷となって、お前に先を越された。」
クレイは何も言わないでアルシウスを見詰めている。
そして更にアルシウスが言った。
「だから俺もクレイみたいに足枷を外そうと思う。後悔したくないからな。まだ俺はルクレツィアから返事を貰ってない。まだ諦めない。」
睨む様な眼差しを向けるアルシウスを、クレイは黙って見詰めていたが、やがて言った。
「分かった。俺も遠慮しない。」
その言葉を聞いて、アルシウスは心の中で喜んでいる自分がいる事に気付いた。
クレイは俺が王太子だろうと自分の気持ちを真っ直ぐ伝えて誤魔化さない。
彼は身分や肩書なんかに左右されない。
俺を1人の人間として見てくれる。
それで、その上で俺という存在を認めてくれている。
そういう彼の真っ直ぐな心が好きだった。
余計なしがらみを考える事なく付き合える存在。
だから俺はクレイを憎めない。
ルクレツィアがクレイを好きなのを理解できる。
それが何だか悔しくなった。
アルシウスはニヤッと笑みを浮かべた。
「まさかクレイとこんな話をする事になるとはな。」
その言葉にクレイも頷いた。
「確かにな。」
だが、次にはアルシウスが深い溜め息を吐いた。
「しかも、寄りによってあんな厄介な令嬢を取り合うとは。」
その言葉にクレイも苦笑した。
アルシウスも笑顔を見せる。
そう笑い合う2人の間から、燻ぶっていた
やがてクレイが真面目な顔で言った。
「心配かけたな。すまなかった……」
それに対してアルシウスはフッと笑みを漏らすと、クレイの胸を軽く叩いた。
「全くだ。俺がどれだけ心配したと思ってる。今度おごれよ。」
アルシウスが和ませる様に言った。
クレイも口の端を上げると言った。
「いいだろう。何がいい?」
アルシウスは腕を組んでしばらく考えたが、思い付いた様に言った。
「ルクレツィアはどうだ?」
その言葉に、クレイが一瞬言葉を詰まらせる。
だが、すぐ眉根を寄せて言った。
「……やめとけ。食あたりを起こすぞ。」
アルシウスは声を上げて笑った。
「ハハッ。違いない!」
そんな話をしている最中、ルクレツィアがくしゃみをしていた事など、2人は知る由もなかった。
────イアスの想い。
最近の自分はおかしい。
それはハッキリ自覚していた。
自分はなるべく貴族とは関わらない様に避けて生きてきた。
だけど……。
彼女を見ていると、何だか放っておけない。
何とか力になってあげたいと思った。
今回の救出で、私はやはり避けるべきだったのだと後悔していた。
サンザード国の王太子殿下には私がただの平民ではない事を知られていた。
だが、本当に知られたくない真実にはまだ到達していない様だ。
だからその真実が明るみになる前に、私はここを去るべきだと思った。
だって自分はただ平民として穏やかに暮らしたいと思っていたから。
貴族と関わって自分の秘密が公になってしまえば、もう自分は今の生活には戻れないと分かっていた。
そう、頭では分かっているのに……実行に移せない。
何故だだろう……。
するとイアスの中にルクレツィアの笑顔が浮かんだ。
イアスはなぜ彼女を思い出したのか理解出来ずに狼狽えた。
彼女が誘拐されたと聞いた時は、居ても立ってもいられなかった。
だって大切な友人が誘拐されたのだから、そう思う事は当然の事だ。
そして潜伏した時にマトスが彼女に触れた瞬間、なぜか苛立つ自分がいた。
それは深く考えてはいけない……。
頭が警笛を鳴らしてくる。
だが彼女はまだ頭から離れてくれなかった。
救出の際、彼女を抱きかかえた時、とても柔らかく、細くて今にも折れてしまいそうだと思った。
大切にしないと壊れてしまいそうで不安だった。
だけどすぐにクレイによって奪われた。
彼女にとってはそれが一番喜ぶべき事だ。
私もそのために力になりたいと思っていたはず。
なのに……。
彼女を取られたと思ってしまった。
なぜかモヤモヤと心が曇っていくのを感じた。
なぜそんな感情を持ってしまうのか……。
駄目だ。
深く考えてはいけない。
イアスは目を閉じると、心を穏やかにするために深呼吸をする。
そして、その感情を深い心の底へと沈ませていった。
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