第28話 聖女の想い人
ルクレツィアは授業が終わると早々に寮へと戻った。
そして着替えを済ませると、メルファの元へと向かった。
ルクレツィアは侍女に案内されてメルファの部屋を進んでいくと、彼女は部屋の中央に立ち出迎えてくれた。
「メルファ。」
ルクレツィアが嬉しそうに笑うと、メルファも笑ってルクレツィアの元へと歩み寄り、どちらともなく抱き締め合った。
「本当にお互い無事で良かった……」
ルクレツィアが言うと、メルファが何度も頷いた。
「本当に良かった。ごめんなさい。ルクレツィアを巻き込んでしまって……」
メルファが申し訳なさそうに言うので、ルクレツィアは慌てて首を横に振った。
「ううん。私が勝手に行動したのが悪いの。こちらこそごめんね。心配掛けて。あの時、私、メルファの身代わりになればいいと思ってたんだけど、それは大間違いだった。あの時は私が残ってメルファが攫われた事を他の人に伝えるべきだったのに。」
その言葉にメルファは首を横に振った。
「でもそうなるとルクレツィアが殺されてたかもしれない。あの時、2人が助かるためには最善だったのかもしれないわ。今となってはもう分からないけど、少なくとも私はルクレツィアが身を呈して庇ってくれて本当に嬉しかった。ありがとう、ルクレツィア。」
そう言うとメルファが再びルクレツィアを抱き締めた。
「メルファ……ありがとう。」
ルクレツィアは自分の後悔を優しく癒やしてくれるメルファの言葉が嬉しかった。
そして2人は顔を見合わせると、クスッと笑い合った。
それから窓辺にあるテーブルに座って、お茶を口に含んで一息つくと、メルファが話し掛けた。
「そう言えば髪色違っていたわよね?目が覚めた時、月明かりでいつもと違う色だと気付いたけど……。あれ私と一緒の色だったよね?」
「ああ。あれね。あれは魔道具のペンダントを使ったの。好きな髪色や瞳に変えられる様に作ったから。」
「なんのために?」
その言葉にルクレツィアはハッとした。
メルファには誘拐の件を事前に調査していた事は言っていない。
だからなんでそんな物を作ったのか疑問に思うのは当然だった。
「ええっと……」
ルクレツィアが焦った様に目を泳がせていると、メルファの瞳がキラリと光った。
「もしかして……」
その言葉にギクッとルクレツィアは身構えるとメルファを恐る恐る見詰めた。
「平民に変装するためでしょ?」
「え?」
予想外の言葉にルクレツィアは目が点になった。
だがメルファは自信ありげに言った。
「孤児院とかで正体を隠したい時に使うんでしょ?」
ドヤ顔を決められたが、見当違いの答えにルクレツィアは一瞬言葉を失った。
そしてドヤ顔のメルファはとんでもなく可愛いなとぼんやり思ったが、すぐに我に返って言った。
「そうなのっ。カツラだと外れそうになるしね。ウフフフッ」
ルクレツィアは孤児院に行く時に利用する事を思い付いてなかったが、とても良いアイデアだと思い、心の中でメルファに感謝した。
きっとアルシウスがペンダントを回収してるだろうから、説明して返して貰わなくちゃ。
などとルクレツィアが呑気に考えていると、メルファが急に真顔になった。
そして紅茶を一口含んでゆっくり飲み込むと、苦しそうな顔をして俯きながらカップをジッと見詰めた。
「メルファ?」
ルクレツィアが心配する声で話し掛ける。
メルファはしばらく黙って俯いていたが、やがて重い口を開いた。
「今回の事件……。私が学園にいたいとわがままを言ったから、国王陛下やたくさんの人に迷惑を掛けてしまったのよね……」
それを聞き、ルクレツィアは慌てて首を横に振った。
「それは違うわ。例え王城だったとしてもきっと同じ事が起きてた。だからあなたはそんな風に責任を感じなくていいの。」
だがメルファは納得しなかった。
「そうだとしても、王城ではなく私が学園にいられるのは、国王陛下が責任を取ると仰ってくれてるからだわ。今回の事が明るみになれば、国王陛下のお立場がひどく傷付くのは間違いない。私が王城にいたら少なくとも国王陛下が責任を取る必要なんてないんだから。」
「そ、それは……」
ルクレツィアはそれ以上言葉が続けられなかった。
メルファの言う事は確かにその通りだったから。
そしてメルファはカップをソーサーに戻すと、両手を強く握り締めた。
「なのに……、戻りたいと思えない。王城に戻る事が正解だと分かってるのに、私戻りたくないと思ってしまってる……」
そう言うと、メルファの目から涙が溢れだす。
そして顔を両手で覆い隠すと、掠れた声で言った。
「私、……カーク様が好きなの。」
突然の告白にルクレツィアは硬直した。
だが、メルファは顔を覆っていてルクレツィアの様子には気付かない。
「今回の誘拐で、はっきり分かったの。私にとって大切な人はカーク様だって……」
その言葉にルクレツィアは眩暈を感じるほどの衝撃を受けた。
そ、そんな……。
1人に特定するにはまだ早過ぎる。
この誘拐事件ではまだ1人に絞り切る段階ではなかったはずなのに……。
確か1人に絞り込まれるのは、聖女顕現式を終えた後しばらくしてだから秋の終わりくらいだったはず。
どうして?
アルシウスが彼女に好意を抱いていないから?
少しずつストーリーが異なっているから?
だからストーリーに誤差が生じているのだろうか……。
だが、どこかで納得している自分もいた。
それはそうだ。
ここはゲームとは全てが同じではないのだから。
彼女がいつ誰を好きになるかなんて本人しか分からない。
そっか……。
メルファは着実に想いを募らせていたんだ。
それは当然よね。
ルクレツィアは悲しみで顔を歪ませた。
だが立ち上がるとメルファの側へいき、そっと優しく抱き締めた。
「メルファ……」
優しくルクレツィアが名前を呼ぶと、メルファも抱き付いてくる。
ルクレツィアの目から自然と涙が溢れた。
ごめん、メルファ。
あなたの悲しみを慰めてるのも本当だけど、それ以上に自分の運命が決まった事の悲しみに押し潰されそう。
本当にごめんね。メルファ……。
私はメルファに秘密を打ち明けられない。
あなたが攻略対象者と恋愛をしたら私が死ぬなんて。
そんなの……言える訳ない。
もし言えば、必ずメルファはその人を諦めるだろう。
私のために諦めさせてしまうのは、私が許せない。
でも、何より一度好きになった人を簡単に諦められるはずがない。
どんなに否定しても、心の中だけは誤魔化せない。
だから絶対にメルファには言わない。
もう、私の運命は決まってしまった……。
でもこれは、メルファを学園に戻した時に既に覚悟していた事だ。
もうどうしようもない。
既に立ってしまったフラグは変えられない。
カーク・ユリゲル様か……。
という事は、事故死だ。
ゲームでは馬車で転落死だった。
怖い……。
けれど、……負けない。
絶対に生き抜いてみせる。
この世界はゲームとは少し違っているんだから、きっと大丈夫。
きっと……。
ルクレツィアは思わず、メルファをギュッと抱き締めた。
「……ルクレツィア?」
メルファが少し様子が違う事に気が付いたようだ。
ルクレツィアは自分の涙を拭うと、メルファを見詰めわざと明るい声を出した。
「メルファ。陛下ならきっとこう言うと思うわ。」
その言葉にメルファも顔を上げると、ルクレツィアを見詰めた。
ルクレツィアは国王の口真似をしながら言った。
「小娘が舐めるなっ。私は小娘に心配される程、弱くはないわっ!」
そして思いっきり顰め面になるとメルファを睨み見た。
メルファは一瞬眉を上げて目を見開かせたが、次には吹き出して笑った。
「アハハッ。何それ。変な顔!美人が台無しだわ。」
「フフッ……笑った。」
ルクレツィアが嬉しそうに言った。
メルファは笑いが治まると、ようやく涙を拭った。
そして笑顔で言った。
「ありがとう、ルクレツィア。少し元気が出てきた。」
「あら、励ましじゃないわよ?陛下は本当にそう言うと思うわよ?何なら聞いてみる?」
すました様に言うルクレツィアを見て、メルファがクスッと笑みを漏らす。
ルクレツィアは続けて言った。
「だからメルファが責任を感じる必要なんてない。心置きなく学園で過ごす事!学園が終われば嫌でも聖女として制約が掛かってくるんだから。学園生活は今だけよ。今の時期は乙女にとって、とても重要な時期なんだからね。」
「……うん。そうね。ルクレツィアの言葉を聞いたら、本当にそんな気がしてきた。」
そしてメルファは少し顔を赤らめると、ルクレツィアに熱を込めた視線を向けた。
「私……カーク様もそうだけど、ルクレツィアと一緒にいたいの。この学園でルクレツィアともっと過ごしたいと思って……」
それを聞いたルクレツィアの頬も赤く染まっていく。
な、何なんだ……この可愛すぎる生き物は。
撫で回していいかな?いいよね?
「メルファッ!」
ルクレツィアはメルファにガバッと抱き付いた。
はぁ……癒される。
あれ?
私、死に方が分かってとてつもなく落ち込むと思っていたのに……。
ルクレツィアはメルファによって心が癒されているのを感じた。
メルファのお陰で思ったより心が落ち込んでいない。
まぁ、後で思いっきり落ち込んでしまうのかもしれないが。
彼女があまりに可愛すぎて、今はこの可愛さを独り占めしたくてたまらないっ。
可愛いってすごいっ!
落ち込むのは後でいくらでも出来るよね。
今は……この可愛いさをただ堪能したい!
ルクレツィアは可愛いメルファを思いっきり抱き締めると声を上げた。
「うん!私ももっとずっと一緒にいたいっ。メルファ、大好き!」
それに対してメルファも嬉しそうに抱き付いてきた。
「嬉しい。私もルクレツィアが大好き!」
そして2人は笑い合いながら、お互いの目を見合った。
「よーしっ、今日はとことん語り合いましょ!」
そう言ったのはメルファだった。
「うん!色々と聞かせてメルファ。こういうの……実は憧れてたの。」
ルクレツィアは少し恥ずかしそうに言った。
その愛くるしさに、メルファが再びルクレツィアに熱い抱擁をしたのは言うまでもない。
そして、その後も2人のお喋りが途切れる事はなかった。
日が落ちるのも忘れ、夜が更けても尚、いつまでも語り合ったのだった。
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