第52話 私は1人じゃない
「ちょっと待ってください。」
そこでイアスが口を挟んだ。
皆が一斉にイアスを振り返る。
イアスはアルシウスを見詰めると口を開いた。
「私が護衛としてお側につきます。だから挨拶だけはさせてあげてくれませんか?」
アルシウスは目を見開いたが、すぐに顔を顰めた。
「しかし……」
「私が側にいれば、物質的な危険に対しては直ぐ対処できるので彼女は安全です。王太子殿下はご存じですよね?」
イアスが意味あり気に言葉を投げかけた。
アルシウスが黙ってイアスを見詰めた。
もしかして……アルシウスもイアスが闇属性持ちだという事を知っている?
でも誘拐事件の時は黙っていて欲しいという事をイアスは言っていたから、少なくともその時点では知らなかったはず。
その後にアルシウスは知ったのかしら……?
いずれにせよ、イアスが物質的な危険を回避できると言っているのは闇魔法の事を指していると思う。
闇魔法には確か空間を移動する事もできるのよね。
だから私が誘拐された時も、闇魔法で助けてもらったもの。
いざとなれば闇魔法でどこにでも逃げられる。
まぁ、知っている場所という限定はあるらしいけど。
その魔法はかなりの上級者でないと使えないという事を前に調べた時に知った。
それ程にイアスの魔法レベルはすごいのかしら。
けれど……。
誰にも知られたくないイアスにとって闇魔法を使う事には抵抗があるのでは?
誰かに知られるというリスクを侵させてもいいものか……。
ルクレツィアがそう思案していると、アルシウスがようやく口を開いた。
「……わかった。いいだろう。」
「おいっ」
「えっ」
口々に驚きの声を漏らした。
それに不服な声を出したのは、もちろんクレイだった。
「反対だ。」
それに対してアルシウスが言った。
「これから長期間王城の部屋から出られないんだ。挨拶するくらいいいだろう。イアスの護衛は保証する。」
「けど……危険だ。」
「それはそうだが、孤児院で危険が及ぶと考えるのは、少し過剰な気がしないでもない。……なら、お前も同行するか?」
「俺も?」
「心配ならお前も一緒に行けばいい。それなら文句はないんじゃないのか?」
その言葉を後押しするようにメルファが言った。
「お願いします。」
その眼差しを受けてクレイはメルファを一瞥すると、次にルクレツィアを見詰めた。
しばらく黙ってルクレツィアを見詰めていたが、やがて深い溜め息を吐くと言った。
「……わかった。俺も同行する。」
メルファが思わず嬉しそうな顔をすると、ルクレツィアの手を握った。
「良かったわね。」
まるで自分の事の様に喜ぶメルファに、ルクレツィアは何よりその気持ちが嬉しくて満面な笑みを見せた。
「うんっ。メルファありがとう。そして、本当にみんなありがとう。」
ルクレツィアは立ち上がると深々と頭を下げた。
そして再び顔を上げると、アルシウスが言った。
「だが譲歩はここまでだ。本日付けで学園には退学届けを提出する。そして、陛下には出来るだけ早く報告をするからな。叔父上は……今、モンタール領だったな。」
それに対してルクレツィアは頷いて言った。
「ええ……どうやって伝えようかしら。今、報告したら恐らく怪我が完治しないままに王都に戻ると言うに違いないわ。」
ルクレツィアは心配そうな顔で目を伏せた。
「そうだな……それはまずいな。とりあえず、陛下に事情を説明して叔父上の事を相談してみるか。陛下に報告する時はルクレツィアも同席して欲しい。」
アルシウスの言葉にルクレツィアは頷いた。
「ではそれは日程が決まり次第、連絡する。そしてルクレツィアは明日孤児院を訪問した後、屋敷に戻るのではなく、そのまま王城へイアスとクレイに送ってもらってくれ。馬車や馬は念のため今回は使わない。それでいいか?」
「はい。よろしくお願いします。」
ルクレツィアはアルシウスに向けて頭を下げた。
そして更にアルシウスが言った。
「後は、ルクレツィアの護衛の件だが、聖女の隣に部屋を用意して聖女と同等の警備体制を敷く様に手配をする。あいにく俺達は学園の生徒だからずっと護衛につくのは無理だ。よって護衛は近衛騎士団が中心となるだろう。まぁ最終的には陛下とも話し合って警備体制を整える事になるだろうな。とりあえず今日は寮に留まり、明日の退寮のための準備を進めて欲しい。何か必要な事があれば遠慮なく言ってくれ。以上、何か質問はあるか?」
アルシウスがそう言ってルクレツィアを見詰めた。
ルクレツィアは首を横に振って答えた。
「いいえ、特にありません。」
「そうか。では他の者も異論はないな?」
「はーい。質問があります。」
そう言われて手を上げたのはレオナードだった。
「なんだ?」
アルシウスが尋ねた。
「俺はいつまで彼女の護衛すればいいの?」
それに対してアルシウスが言った。
「明日の孤児院に行く時まででいい。街中ならイアスとクレイがいれば十分だろう。ぞろぞろ護衛を引き連れても意味ないしな。入城後は近衛騎士団が護衛をする事になるし、お前も一応学園の生徒だからな。」
「じゃあ、孤児院にも俺は行かないって事でいいんだよね?」
「そういう事になるな。」
「はーい。了解。」
「では、他に質問がある者はいるか?」
そう言ってアルシウスが一同を見渡したが、特に声を上げる者はいなかったので、アルシウスが言った。
「これで以上だ。みんな指示の通りよろしく頼む。では俺はこれで失礼する。」
アルシウスがそう言うと、ルクレツィアに一瞥して早々に立ち上がり退出していった。
それにカークも伴って退出していく。
恐らく今回の事で王城に向かうのだろう。
そして更に忙しくさせてしまったのだろうとルクレツィアは思った。
ルクレツィアはアルシウスに対して有難いのと同時に申し訳なく感じた。
「ルクレツィア……」
メルファが優しく手を握り、労る様に肩に手を乗せた。
ルクレツィアがそれに応える様に言った。
「うん。大丈夫。ありがとう、メルファ。」
イアスもルクレツィアの側にやって来た。
ルクレツィアはイアスを見詰めて、切ない表情を浮かべて言った。
「護衛の件、本当にありがとう。イアス。でも……正直、行くのを迷い始めてる。」
心の中で、闇魔法を使わせる事になるかもしれない事を申し訳なく思いながら。
その心を察したのか、イアスは優しい微笑みを浮かべて答えた。
「あなたを守れるなら、些細な事です。気にしないでください。」
その言葉を聞いて、急にルクレツィアは泣きたい衝動に駆られた。
強く胸が痛んで、涙が滲んでくる。
けれど……ここで泣いてはいけない。
そう思い、ルクレツィアは何とか涙を抑え込んだ。
そしてイアスの言葉に勇気付けられたルクレツィアは、微笑みを返してゆっくりと頷いた。
イアスも頷き返して言った。
「お力になれて嬉しいです。」
その言葉にルクレツィアは心が温まっていくのを感じた。
穏やかな空気に包まれたが、その空気を壊す様にクレイが口を挟んできた。
「おい、もう部屋に戻るぞ。今日は忙しくなるからな。」
それにルクレツィアも同調して言った。
「ええ、そうね。ではイアス。明日よろしくお願いします。」
「ええ。また明日。」
イアスも頷いて答えた。
次にルクレツィアはメルファに向き直ると言った。
「メルファ、明日また王城で会いましょう。今日はこれで失礼するわね。」
「うん。……また明日ね。」
そう言い、2人は軽く抱き締め合った。
いよいよ自分の運命が決まる時が来ると感じた。
でもみんながいる。
ゲームとは違ってこんなにも自分を助けようとしてくれている仲間が。
それがルクレツィアの心を強くしてくれていた。
絶対に生き抜いてみせる。
みんなが私に勇気を与えてくれる。
彼らの想いを無駄にはしない。
そう……私は1人じゃない。
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