第51話 私は悪役令嬢なんかじゃない
それから直ぐにルクレツィア達は王都の屋敷へと引き返した。
モンタール領へ行く事はもちろん断念せざるを得なかった。
幸い、父親の容体は良好で、後遺症もなく傷も残らず回復するとの知らせを受けた。
ただ完治するのに1カ月以上掛かるとの事なので王都に戻ってくるのは先になりそうだ。
その後、ルクレツィアが会いに行こうとして大変な目にあった事も、直ぐ父親に知られる事となり、モンタール領へ来る事は固く禁止された。
そしてレオナードがアルシウスに報告すると言って去った後、クレイがその報告を聞き直ぐに屋敷まで駆け付けてくれた。
クレイの指輪で助かった事をお礼で述べると、力いっぱい抱き締めてくれた。
だが屋敷から出る事を禁止されそうになり、さすがに早急過ぎだと伝えて色々と手続きや準備が必要だと説き伏せながら一緒に学園に戻る事を条件に何とかそれを阻止する事ができた。
しかし、ルクレツィアはもう間もなく学園を去るという決意は既にしていた。
なので孤児院に連絡をしてしばらく伺えない事を伝えなければならない。
そしてお別れをした後、ルクレツィアはゲーム終了まで屋敷に引き籠ろうと考えていた。
そして学園の寮に戻ると、次の日に王太子から寮の部屋へと呼び出しを受けた。
今後の事を話し合うためで間違いないだろう。
恐らく側近候補達と何らかの方向性は既に話し合ったのだろうと、ルクレツィアは思った。
きっとルクレツィアの意見を聞き、最善の道を選び、今日決定するのだろう。
ルクレツィアは案内された部屋に入ると、会議用の大きな机に攻略対象者達全員と聖女のメルファが既に席に着いて待っていた。
ルクレツィアの秘密を知っている全員だ。
ルクレツィアはメルファまで来てくれている事に驚いていた。
私のために……。メルファ、そしてみんな……。
ルクレツィアはこの光景を見るだけで、泣きたい気持ちになった。
自分を救うために、みんなが力を貸してくれる。
助けようと頑張ってくれている人達がこんなにたくさん……。
以前のルクレツィアには考えられない事だと思った。
自分の進んだ道が正しいかなんて分からない。
だけど……。
間違いじゃない。
だって、私はみんなから勇気や希望をたくさん貰っているから。
これが間違いなはずがない。
……私は負けない。
負けたくない。
私は、もう……悪役令嬢なんかじゃない。
ルクレツィアは自分の手を強く握り締めた。
そんな事を思っていると、王太子がメルファの隣の席を促した。
ルクレツィアは頷くと、黙って着席をする。
みんなが心配してくれているのが表情でよく分かった。
まぁ、レオナードは心配というより義務だと思うけれど……。
でも少なくとも崖で身を挺して守ってくれたのは間違いなく彼だ。
あの時の事を感謝しても仕切れない。
事件後に深く感謝を述べた時、レオナードはお礼より給料上げるようアルに頼んでくれとはぐらかす様に冗談を言っていた。
自分の命を懸けて護衛対象を守り抜くという任務を貫徹させる事。
それが彼にとって何よりも大事なんだと今回の事件で改めて気付かされた。
あの時は減給されるとか言っていたが、きっとそれは本音じゃない。
減給が嫌だから従っている訳ではないと今なら分かる。
自分の仕事に誇りを持っているからだ。
王太子のために命を懸けるという事、彼は既に覚悟を決めている人間なんだ。
あの時、それを痛感した。
レオナードに対する見方をルクレツィアは改めざるを得なかった。
いつもふざけている様な態度のレオナードだけど、何よりも揺るぎない意志を持った強い人なんだと。
そして余計な感情を入れると、その意志が守れない事もまた、誰よりも分かっている。
だからこそ余計な感情をふざけた態度で誤魔化している。自分自身をも。
その様な存在である影というものに、ルクレツィアは心を痛めた。
そしてルクレツィアが着席したのを確認すると、アルシウスが言った。
「これで皆が揃ったな。では早速、本題に入ろう。まず、ルクレツィア。実は、君が来る前に皆で話し合っていた。」
「……はい。」
ルクレツィアは神妙に頷いた。
「皆の総意から言わせてもらえば、これ以上ルクレツィアが学園に留まる必要はないという事だ。そして、ルクレツィアの前世の内容を陛下や叔父上に話し、然るべき保護下に置き、少なくともゲームが終了とされる1学年が終わるまでは王城で過ごしてもらいたい。できれば部屋から出る事なく。王城には聖女もいて今は警備も万全だ。万が一の対応もそうだが、現在この国で一番安全なのは間違いなく王城だからな。」
「……はい。」
ルクレツィアは素直に頷いた。
「それで問題ないか?」
アルシウスの言葉にルクレツィアが返事を返す。
「問題ないです。」
アルシウスの提案はルクレツィアが予想したものだったので、驚く事はなかった。
王城の部屋で過ごすのも5カ月くらいの辛抱だ。
死ぬ事を考えれば、どちらがいいか一目瞭然だわ。
もうすぐ冬休みが来る。
ルクレツィアが口を開いた。
「冬休みを機に退学という事でよろしいでしょうか?」
その問いにアルシウスが答えた。
「出来れば明日にでも王城へと移ってもらいたい。」
「明日、ですか……」
その言葉にルクレツィアが少し顔を曇らせた。
それに対してクレイが口を開いた。
「どうした?何か問題があるのか?」
ルクレツィアがクレイを見遣った。
言おうか迷っているようだったが、やがて重い口を開いた。
「……実は、王城に籠る前に行きたいところがあるのです。」
「行きたい場所?」
アルシウスが首を傾げた。
「はい。孤児院です。実は彼らにしばらく会えない事を明日、お伝えするつもりでした。」
その言葉にイアスが反応した。
「そうだったんですか……」
アルシウスが腕を組んで考え込んだ。
「そうか。孤児院か……」
そこでメルファが口を挟んだ。
「それ位いいのではないですか?」
「だめだ。」
クレイが冷たく言い放った。
だがメルファも引き下がらなかった。
「突然ルクレツィアが来なくなったら、子供達が心配します。それにルクレツィアも何も言えずに会えなくなるのはつらいでしょう。だって……」
そこでメルファが口を閉ざすと、ルクレツィアを見詰めた。
メルファの瞳に動揺が浮かんでいる。
最後の別れかもしれないのだから……
メルファの瞳がそう語っていた。
だがそれを言葉にするのは、助かる事を信じていない様で口に出したくない。
ただルクレツィアはメルファが信じていないとは思っていなかった。
恐らく、メルファはルクレツィア自身が、子供達と会えずに死んでしまうと考えた時、その時につらいのではないかと思いやってくれたのだろう。
現にルクレツィアが子供達に挨拶をしたいと言っている。
死の可能性を全く考えないでいられる訳がない。
そして最後のお別れかもしれないのにと、たった今思っているのだから。
メルファのその深い心遣いにルクレツィアは心が温まるのを感じた。
ルクレツィアはその真意を察すると言った。
「メルファ。気遣ってくれてありがとう。もし、このまま会えないで私が死んだとしたら子供達とは二度とお別れを言えないものね。確かにそれはつらいけど……」
「絶対に死なせない。」
クレイが怒気を含んだ声で言った。
それに対してルクレツィアは笑顔で言った。
「うん。信じてる。だからお手紙を書くわ。そして無事に生き抜けたら、またみんなに会いに行けばいいもの。」
心残りではあるけれど……。
そう思ったのも束の間、思いがけなく声を上げる者がいた。
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