第53話 孤児院への訪問

次の日、ルクレツィアが孤児院に挨拶へ赴く日がきた。

クレイとイアスが部屋まで迎えに来てくれた。

ルクレツィアは以前、誘拐事件の時の魔道具であるペンダントを使い髪の色を変えていたが、そのペンダントは事件の後にアルシウスから無事に返してもらっていて、孤児院に行く時はこの魔道具をいつも使うようにしていた。

実は未だに園長以外の先生達や子供達には自分が公爵令嬢の事は伏せていた。

それを明かした事で噂が広まり、園の人達に下手に迷惑を掛けない様にと考えての事だ。

まぁ、先生達などにはルクレツィアがただの平民ではない事がバレているかもしれないけれど。

まさか王族の縁があるとは流石に思ってはいないだろう。


ルクレツィアは侍女に荷物を預けると、待っていたクレイとイアスの側に歩いていく。

侍女に荷物を預けたのはそれだけは馬車で運んで貰うためだ。

クレイが口を開いた。

「荷がやけに多いな。」

「ええ。実は子供達や先生達にプレゼントを用意しているの。そんな大したものではないんだけれど。色鉛筆とか、お人形とか……」

その言葉にイアスがお礼を言った。

「ありがとうございます。皆さんきっと喜んでくれると思います。」

「はい。みんなが喜んでくれると嬉しいです。」

ルクレツィアが満面の笑みで返した。

そんな2人を面白くなさそうな顔でクレイは見詰めながら、急にルクレツィアの腰をグイッと引くと言った。

「ほら、早く出発するぞ。」

クレイが強引にルクレツィアを引っ張りながら歩かせる。

「ちょっ、ちょっと!自分で歩けるからっ」

ルクレツィアは顔を赤くさせてクレイを睨み見ると、腰に回されたクレイの手を振り解いた。

それから3人は歩いて孤児院へと向かった。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







孤児院に到着して建物の中に足を踏み入れると、少し様子がおかしい事に気が付いた。

イアスが言った。

「誰もいませんね……」

その言葉にルクレツィアも頷いて同調した。

「そうですね。子供達はどこにいるのでしょう?」

すると、突然園長先生が角から姿を現した。

こちらを見て驚いた顔をしている。

「あらあら、もうそんな時間ですか。イアス様、ルクレツィア様、すみません。実は今大変な事が起きていて……」

「どうされたんですか?」

ルクレツィアが驚いて尋ねた。

園長は慌てたように言った。

「実は少し前から子供2人が見つからないの。カイト君とシオール君なんだけど。今、先生達が手分けして探しているんです。学校から帰って来てはいるみたいなのだけど。今日はルーとのお別れ会をするって知っているはずなのに……」

園長はオロオロと狼狽えている。


すると、後ろから突然3人の子供達が飛び出してきた。


そして飛び出した途端、その3人は大きな声で泣き出してしまい、園長とイアスとルクレツィアは慌てて宥めた。

「どうしたの?」

園長が優しく子供達に問い掛けると、1人の男の子が泣きながら言った。

「嘘ついてごめんなさい。ひっく……、カイトにぃとシオールにぃは森に行っちゃったっ……、うっくっ、黙っててごめんなさーいっ」

「ごめんなさーいっ」

「ごめんなさーいっ」

3人の子供は謝りながら、再び大声を上げた。

それを宥める様に優しく園長が抱き締めると言った。

「大丈夫よ。怒ったりしないから。正直に話してくれてありがとう。」

子供達は再びエーンッと泣きながら園長に飛び付いた。

そしてイアスがしゃがみ込むと優しく子供達に問い掛けた。

「森って、危ないから行くのを禁止しているあの森の事?」

子供達は顔を上げると頷いた。

「そう。探し物をしに行ったの。ルーにプレゼントするって。」

その言葉に皆が一斉に驚いた顔になる。

ルクレツィアは慌てて尋ねた。

「私にプレゼントする物を探しに森へ行ったの?」

子供達は頷いて返事をした。

「うん……本当は秘密だったんだけど。」

それを聞いてルクレツィアの胸が強く傷んだ。

クレイが顔を顰めて言った。

「王都の外れにある森の事か?まずいな……。探しに行くなら急いだほうがいい。あそこは山だから深い谷や崖がいくつかある。夜になると猛獣もでるぞ。」

その言葉に園長とルクレツィアは血の気が引いた。

イアスも頷くと言った。

「ではとりあえず、急いで森に向かいましょう。園長先生は警備隊に連絡と、出来るだけご近所の方達に捜索の協力を仰いでください。」

「はい。分かりました。ど、どうかよろしくお願いします。」

園長がそう言い、泣く子供達を何とか連れて立ち去っていく。


その後、クレイがルクレツィアに向き直ると言った。

「ルクレツィアは孤児院で待っていろ。すぐに王城から迎えを呼ぶから。」

それにルクレツィアが反発した。

「そんなっ!こんな時にじっとしているなんて出来ないわ。私も一緒に連れて行って。」

「だめだ。」

クレイが強い口調で言った。

だがルクレツィアは引き下がらなかった。

「実は私の魔法で彼らを探し出せるかもしれないの。最近気が付いたのだけれど、どうやら私の魔力で空気の流れや音を広範囲で認知する事が可能みたいなの。だから私がいたほうが見つけるのが早いわ。」

その言葉にクレイとイアスが驚いた顔をした。

そしてイアスが狼狽える様にルクレツィアに問い掛ける。

「それは上級魔法ですよね?かなりの使い手でないとできないと思いましたが……」

それに対してルクレツィアが答えた。

「なぜかその上級魔法だけは1回試しただけで簡単に習得できたの。その理由はハッキリとは分からないけれど、考えてみれば私は以前から魔力とは関係なく空気の流れに敏感だった。最近魔力が向上した事によって、更に敏感になったわ。だからその魔法を使っても対して魔力を消耗する事なく、広範囲で特定の音を探索する事ができる様になったみたいなの。」

「しかし、だからといって……」

クレイが難色を示し否定的な言葉を続けようとするのを、ルクレツィアが必死で訴えた。

「お願い。日が暮れるまででいいから。」

クレイが顔を顰める。

だがルクレツィアは口を止める事なく更に言った。

「それにイアスを護衛につける条件だったでしょう?イアスと私が離れるのは良策とは言えないわ。……お願い。子供達が心配なの。自分の保身を優先したせいで、後であの子達に何かあったとしたら……私は絶対に後悔する。だってあの子達は私のために森へ入って行ったのよ?自分の魔法で助けられたかもしれないのにって、きっと自分を責め続けるわ。いくら私が助かったとしても、もし彼らに何かあったら……そんなの、絶対に……自分が許せない。」

ルクレツィアは苦しい表情をしながら歯を食いしばり、強く手を握り締めた。

クレイは眉根に皺を寄せたまま、黙ってそれを見詰めた。

イアスがやがて言った。

「ルクレツィアは私と一緒に行動させましょう。今、ここで口論している時間も惜しい。」

その言葉にクレイも渋々同意するしかなかった。

今は一刻を争う時なのだ。

「……分かった。だが、日が暮れる前には絶対に戻ると約束してくれ。」

その言葉にルクレツィアは真剣な表情で頷いた。

「分かったわ。約束する。」

クレイはそれを聞き、頷くとすぐに言った。

「よし。では急ぐぞ。」

そうして3人は急いで森へと向かったのだった。




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