第54話 運命の森
3人は王都の郊外にある森の入り口の前で馬車を降りた。
荷物を運んだ馬車があったので、出来るだけ早く目的地に着くために3人は馬車に乗り込み森まで走らせた。
ルクレツィアは少し緊張したが、道中は特にトラブルもなく無事に到着する事ができた。
だがここから先は馬車が通るには道が悪いため、使えないので歩いて行くしかない。
ルクレツィア達は従者にこの事を王太子達に知らせて貰うため、馬車を王城へと向かわせる事にした。
立ち去る馬車を背にして、森を見ながらクレイが言った。
「ルクレツィア。さっき言っていた上級魔法は何回くらい使える?」
その問いにルクレツィアが答えた。
「範囲にもよるけど、限界まで範囲を広げた状態だと多分10回はできると思う。」
「そんなにですか?」
イアスが思わず驚いて尋ね返した。
「そんなにすごい事?」
ルクレツィアは意外そうな顔をしてイアスを見た。
イアスが返事を返す。
「きちんとした訓練もなく、いきなり10回できるなんて私は聞いた事ありません。」
だがクレイがその話を遮って言った。
「とりあえず捜索を開始するぞ。試しに限界まで一度やってみてくれ。できるか?」
ルクレツィアが同意する様に頷くと、2人から離れて森のひとつの入り口の近くに立った。
ルクレツィアは目を閉じると、体に流れている魔力を静かに動かし始めた。
次第にルクレツィアの体が青白い淡い光に包まれていく。
そして、微量の魔力をゆっくりと空気に放出させた。
ルクレツィアが纏う淡い光が、空気中へ放たれると森の中へ消えていく。
自分から放たれた空気の流れに、ほんの少しの魔力を混ぜて空気を手繰っていった。
すると、鳥の声や葉の擦れる音、水の流れる音などが体に流れ込んできた。
うん。聞こえる……。
森の音が聞こえるわ。
その中で……何か異質な音を探さなくては。
うーん……。
特に何もそれらしい音は感じないな。
もっと北の方角に移してみよう。
ルクレツィアはしばらくの間音を探し続けていたが、やがて集中力が途切れ始め距離を延ばす事に限界を感じると、魔力の放出を止めて目を見開いた。
そして2人を振り返って落ち込む声で言った。
「だめだった。この近くにはいないみたい。」
ルクレツィアが沈んだ声で言うと、クレイが優しく言った。
「まぁ、予想はしていた。直ぐに見つかるはずはないから、そう落ち込むな。ルクレツィアの魔法が問題ないと俺達が分かっただけでも十分だ。」
そして直ぐにイアスに向き直るとクレイが言った。
「どうやら、ルクレツィアの魔法も問題ないみたいだし、一度、二手に分かれて捜索するか。俺はこの道を1人で探す。イアスとルクレツィアはもうひとつの道を捜索してくれ。ルクレツィア。絶対にイアスから離れるんじゃないぞ。いいな。」
「分かったわ。」
「分かりました。」
「じゃあ、行くぞ。」
そうして3人はそれぞれの入り口へと向かったが、不意にクレイがルクレツィアを振り返った。
「ルクレツィア。……気を付けろよ。」
ルクレツィアはクレイの真剣な眼差しを見て頷くと言った。
「うん。クレイも……」
そしてクレイはイアスの方を向くと言った。
「ルクレツィアを、よろしく頼む。」
「……はい、分かりました。」
そしてお互いに静かに頷き合った後、それぞれの森の入り口へと足を踏み入れていった。
「カイトくーん。シオールくーん。」
ルクレツィアとイアスは小走りで進みながら子供の名前を呼ぶが、応えてくれる声や変わった音などは感じられなかった。
「探し物って言ってたわよね?彼らは何を探しに森に入ったのかしら。」
不意にルクレツィアが疑問を投げかけた。
「そうですね。それが分かれば少しは捜索範囲を絞れるのかもしれないですが。プレゼントと言うからには植物でしょうか。何か特別な物がこの森にあるというのは聞いた事がありませんが……」
「そうね……。私も知らないわ。」
2人は焦りを感じながら、再び名前を呼び掛けて更に奥へと進んで行った。
そして、しばらく森の中を進んだところでルクレツィアが口を開いた。
「そろそろまた魔法で音を探ってみようかしら。」
「体調は大丈夫ですか?」
イアスが心配そうに尋ねた。
それに対してルクレツィアが元気な声で言った。
「全然大丈夫よ。不思議なほど魔力は消耗してないから。」
「確かに……顔色も問題なさそうですね。では、無理のない範囲でお願いします。」
イアスはそう言い、ルクレツィアの側から距離を取ると、黙って見詰めた。
ルクレツィアは目を閉じると、先ほどと同じように魔力の放出を開始した。
また森の音が聞こえ始める。
その中で……何か異質な音。
もっと山の上の方を重点的に探してみよう。
そう思ったのも束の間、ルクレツィアの探る音に何か異質なものを感じた。
ルクレツィアはその場所へ意識を集中させた。
うん?何か聞こえる……。
あれは……子供の泣き声っ!
ルクレツィアは目を見開いた。
そしてイアスを振り返ると言った。
「子供の泣き声が聞こえたわっ」
その言葉にイアスも驚いた表情を見せた。
「ここから北の方角で、もっと上の方よっ。行きましょう!」
そう言ってルクレツィアは走り出した。
しかし長いフレアスカートなのであまり早く走れない。
ああっ。このスカート邪魔だわ!
捲り上げようかっ。
今はレディの常識なんて気にしてる場合じゃないわね。
そう思いルクレツィアがスカートの布を掴む。
だが、急に耳の側で声が聞こえた。
「ルクレツィア、失礼。」
イアスの声がしたかと思うと、急に体がヒョイッと宙に浮かび上がる。
「ひゃっ」
ルクレツィアから思わず声が漏れた。
どうやらイアスに横抱きで抱え上げられたらしい。
「時間がありませんから、これで行きましょう。ルクレツィアは指示をお願いします。できれば、手を首に回していただけると助かります。」
そうイアスが言うと走るスピードが増した。
ルクレツィアは慌ててイアスの首に両手を巻き付ける。
「は、はい。よろしくお願いします。」
戸惑ったが、それよりも子供達の元へ行く事が先決だと、ルクレツィアは心を落ち着かせて前に向き直った。
そしてルクレツィアは言った。
「この先の道を右に曲がってください。そして、しばらく進んだ先の道のところに1人で泣いているはずです。」
「分かりました。」
そう言うと、更にイアスの走るスピードが増した。
ルクレツィアはなるべく揺られない様に、ギュッと手に力を込めた。
そしてしばらく進んでいくと、遠くから男の子の泣き声が聞こえてきた。
更に進んでいくと、遠くの方に小さな人影が目に入ってきた。
ルクレツィアはその子が誰なのかが分かり、名前を大声で叫んだ。
「シオール君っ!」
遠くの人影は、泣き声を止め顔を上げるとキョロキョロと辺りを見回した。
ルクレツィアがもう一度名前を呼ぶ。
「シオール君っ!」
名前を呼ばれた少年はルクレツィア達に気が付き、立ち上がると両手を大きく振って叫んだ。
「ここだよーっ!」
それからイアスとルクレツィアはあっという間に彼の元へと到着すると、地面に下されたルクレツィアが駆け寄って、シオールを力いっぱい抱き締めた。
「シオール君っ!無事でよかったっ。怪我はない?」
「ルーッ!!」
ルクレツィアの名前を呼ぶと、再び大声で泣き始めた。
泣きじゃくるシオールの心を落ち着かせるため、ルクレツィアは優しく労わる様に背中を撫でた。
それから少し泣き声が治まったので、ルクレツィアが優しく声を掛けた。
「怪我はない?」
シオールは黙って頷く。
「カイト君は?」
ルクレツィアが尋ねると、シオールは訴える様な眼差しで2人を見詰めた。
「森の中ではぐれちゃった。早く見付けてあげて!僕はなんとか道があるところまで戻って来れたけど、どっちに進めばいいのか分からなくて……」
「そう。よく頑張ったわね。あなたが無事で本当に良かった。」
そう言い、シオールの髪を優しく撫でた。
「カイト君も私達がすぐに見付けてあげるから。もう大丈夫よ。」
そしてイアスもシオールの背に優しく触れると、顔を覗き込む様にして尋ねた。
「なぜ森に入ったんだい?」
シオールは泣くのを堪えながら、イアスの顔を見詰めた。
「お花を摘みに来たんだ。ルーに渡すために。今日でしばらく会えなくなるって聞いて、何かプレゼントを渡したかったんだ。でも僕達花束を買うお金はないから……。うっ、だ、だから、前に森に入った時に……ひっく、たくさん咲いていたのを、思い出して……うっ、えぐっ」
そう言い、シオールは再び泣き出してしまった。
ルクレツィアはそれを聞いて、涙が溢れてきた。
彼らの想いが切なくて嬉しくて、胸が強く締め付けられた。
自分のためにしてくれた事は、いけない事かもしれない。
でも、彼らの想いを責める事などできなかった。
そしてルクレツィアは、泣きじゃくるシオールを再び優しく抱き締めた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう……」
そんな風に思って貰えて、なんて幸せ者だろうと思った。
イアスも優しくシオールに声を掛けた。
「正直に話してくれて、ありがとうございます。怖かったでしょう。よく頑張りましたね。」
その言葉に、シオールは首を横に振った。
ルクレツィアがシオールの顔を覗き込む様に見詰めて、口を開いた。
「私のために、本当にありがとう。その気持ちがとっても嬉しい。」
シオールは泣き声を止めると、恐る恐る顔を上げてルクレツィアを見詰めた。
「本当?怒ってない?」
ルクレツィアは笑って言った。
「もちろん、怒ってないわ。だからカイト君にもお礼を言わないとね。さぁ、そろそろカイト君を探しに行かないと。」
シオールはその言葉に大きく頷いた。
「うん。早くみつけてあげなくちゃ!」
シオールはそう言うと、袖で涙を拭った。
ルクレツィアは持っていたハンカチを取り出すと、綺麗に顔を拭いてあげながらシオールに言った。
「歩けそう?」
その問いにシオールが気まずい顔をして言った。
「……本当は、右足が痛い。」
「えっ。」
ルクレツィアが驚いてシオールの右足を見下ろした。
「ちょっと見せてください。」
イアスがそう言うと、屈み込みシオールの右足に触れて痛みを確認した。
その結果、足首を捻っているのが分かった。
「仕方ありませんね。私が背負いましょう。日が暮れるまでにカイト君が見つからなければ、一旦戻る事にします。」
ルクレツィアはそれに同意した。
「そうね。今は戻る時間も惜しいわ。ごめん、シオール君。それまで我慢出来る?」
シオールは頷いて言った。
「うん。全然平気だよ。」
「ではもう少し辛抱してね。」
そう言うと、ルクレツィアは2人から距離を取った。
「これからもう一度、魔法でカイト君の捜索をしてみる。」
「よろしくお願いします。」
イアスはそう言うと、シオールを抱きかかえて道の脇にあった岩に座らせた。
ルクレツィアは目を閉じると再び魔力を空気に乗せて、周りの音を手繰っていった。
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