第55話 落ちていく未来
ルクレツィアはカイトの音が感じられないかと、自分の集中力の限界まで周囲を探索したが、特に森の中に異質な音は感じられなかった。
ルクレツィアが目を開き、沈んだ顔で2人を振り返ると首を横に振った。
「分からなかったわ。」
それにイアスが答えた。
「そうですか。では、とりあえずこのまま道の先に進んでみましょう。シオール君も何か気付いた事があったら教えてください。」
「うん。分かった!」
そうしてイアスはシオールを背負うと、3人で歩き始めた。
ルクレツィアは出来るだけ足手纏いにならない様に急いで進む。
イアスはルクレツィアの速さに合わせてくれていた。
しばらく長い間、森の中を歩き続けて坂道を登って進んで行くと、やがて木々が途切れて目の前に草原が現れた。
するとシオールが声を上げた。
「あっ、僕ここ知ってる。花畑が近くにあるよ。ほら、あの大きな岩たちが並んでいる奥のほう。」
そう言い、遠くの方を指さした。
ルクレツィアは上に登って来た事で、大分息を切らしていた。
でも弱音なんて吐いてる場合じゃない。
だが、イアスがその様子を見兼ねて言った。
「私が向こうまで様子を見てきましょう。ここでルクレツィアは休憩していてください。」
けれどルクレツィアは首を横に振った。
「いいえ。私も行きます。」
けれどイアスは大きく
「だめです。こういう場所で無理は厳禁です。」
そう言いうイアスの瞳がいつもの穏やかな瞳とは異なり、強い意志を感じさせる。
これは曲げられないとルクレツィアは悟り、渋々と頷いた。
「……分かりました。」
「では、直ぐに戻ってきますからここを動かないでください。」
ルクレツィアは黙って頷いた。
「シオール君。道案内をお願いします。」
そう言い、イアスはシオールをおぶったまま、先ほどシオールが指差した方向へと歩き始めた。
ルクレツィアは、その2人の後ろ姿を黙って見送っていた。
だが、ふと別の方向に目を遣った。
風の動きが変だと気が付いたからだ。
草原だから風が強くなるのは当然だが、時折、不規則で下から突き上げる様な強い風や渦巻く様な荒れた風の流れを感じた。
今までにない奇妙な風らにルクレツィアは興味を持った。
だがその時、突然大きな風の音が鳴り響いた。
思わず、ルクレツィアがその方向を振り返る。
その視線の先には丘があり、いくつか大きな岩が転がっていて、更に奥には青い空が広がっている。
坂になっているので、その先に何があるのか見えない。
そんなに距離はなかった。
すると、その先の方でルクレツィアは誰かの声が聞こえてきた様な気がした。
ルクレツィアは、もしかしたらその先にカイトがいるかもしれないと思い、その丘へと登り始めた。
そして対して距離もないその丘の頂にはあっという間に到着した。
だが、到着してみてルクレツィアは体を硬直させた。
────なぜなら目の前には断崖絶壁の風景が広がっていた。
丘の先はすぐに崖になっていて、眼下の遠くの方に王都が見えた。
ルクレツィアは顔が蒼白になっていく。
だから風が変だったんだ。
こんな崖なら風が異様なのは当たり前だ。
この間の崖の風とは全然違うから分からなかった!
やばいっ。
すぐに立ち去らないとっ!
そう思ったが、どこからか声が聞こえてきた。
「くっ……」
ルクレツィアは慌てて辺りを見回した。
すると、すぐ足下の崖の下の方で小石が落ちる音が聞こえてきて、ルクレツィアは視線を下に向けた。
ルクレツィアはその光景に絶句する。
なんと、そこに探していた少年がいた。
彼は崖の少し下の飛び出している岩のところで、なんとか落ちない様に崖からはみ出して伸びる細い木の根を必死で掴み、小さな足場に立っていた。
ルクレツィアは思わず叫んだ。
「カイト君っ!!」
その声を聞いた少年がビクッと震え、驚いて顔を上げた。
「ルーッ!」
だが、カイトが大きな声で叫んだと同時だった。
必死に掴んでいた木の根がプツンと切れる。
カイトは体のバランスを崩して、崖へと投げ出された。
断崖絶壁なのにも関わらず、ルクレツィアは咄嗟に側にある岩を掴み、体を乗り出すとカイトに向かって手を伸ばした。
カイトも必死にルクレツィアへと手を伸ばす。
そしてルクレツィアはカイトの手を力いっぱい握り締めた。
「くっ……」
右手が引き千切られる様に激痛が走る。
なんとかカイトを片手で繋ぎ止めている状態で、徐々に体が崖へと落ちていく。
ルクレツィアは何か風魔法で動かせるものがないか必死で探した。
もう……げ、ん、かいっ。
ルクレツィアは出来うる限りの魔力を放出させて、ありったけの強風をカイトの下から突き上げる様に吹き付けた。
カイトの体を崖の上へと浮かび上がらせるために。
だが思う様に風が定まらない。
ルクレツィアは、咄嗟に前世の竜巻を思い出した。
そうだ!あれなら、人を巻き上げられるかもしれない。
そう思ったルクレツィアの行動は、早かった。
次には風を大きな渦にして、カイトの下から突き上げる様に吹き上げさせた。
ルクレツィアの額から冷や汗が滲む。
この子は……絶対に死なせないっ!
ルクレツィアは集中を途切らさなかった。
遂に、その風は強い渦となりカイトをゆっくりと浮かび上がらせていった。
次第にルクレツィアの腕からカイトの重みが無くなるのを感じた。
今だっ!!
一気にカイトの手を思いっきり引き上げる。
すると勢いよくカイトの体は崖の上へと浮き上がり、あまりの勢いにルクレツィアの手からもすり抜けて、崖から離れた内側の地面へと投げ出された。
ルクレツィアはカイトを助けられた事にホッと胸を撫で下ろす。
だが安堵したのも束の間、カイトを放った反動と、ルクレツィアが腕を回して寄り掛かっていた岩が崩れ、体勢がよろめいてしまった。
ルクレツィアの体が頭から滑る様に落ちていく。
体が空へと投げ出されるのを感じた。
ルクレツィアは魔力を放出させて竜巻を起こす。
だが逆に、体は崖ではなく空の方へと投げ出されてしまった。
カイトはルクレツィアが手を握っていたため思った方向へ飛ばす事が出来たが、ルクレツィアには手を引いてくれているものもない。
竜巻を人に当てれば、どこに飛んでいくか分からないのは当然だった。
どうすればいい?
どうすれば自分は助かる?
ルクレツィアは必死で助かる方法を探った。
ルクレツィアッ!!
どこからか声が聞こえてきた様な気がした。
思わずルクレツィアは声の主を探した。
まるでスローモーションの様だった。
ルクレツィアは不思議と恐怖は感じなかった。
だが、ルクレツィアはそのまま崖から転落していく。
それでも悲しみは不思議なほど感じなかった。
まるで走馬灯の様に過去の出来事が巡っていく。
クレイ……ごめんね。
「ルクレツィアッ!!」
どこからかクレイが名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
すると崖の上からクレイが姿を現した。
クレイは迷わず崖からルクレツィアを追って飛び込んだ。
どうしてっ……!
ルクレツィアの瞳に涙が溢れだす。
空が広がっているはずの視界が、ぼやけて何も見えなくなった。
そして次には温かい腕にギュッと包まれた。
ルクレツィアが顔を上げると、そこには悲しそうに見詰めるクレイがいた。
「クレイ……」
そっとルクレツィアが名前を呼ぶ。
「ごめんね。」
ルクレツィアが意識が朦朧とする中、なんとか口に出す。
クレイはそれに応える様に、また何物からも守る様にルクレツィアを強く、強く抱き締めた。
運命は変えられないの?
私の運命に彼を巻き込んでしまった……。
それが一番嫌だったのに。
そんな運命……やだ。
そんなの、だめだ。
このまま……諦めちゃだめっ。
そう思った時、クレイが大声で名を呼んだ。
「ルクレツィアッ!風を起こして俺達を崖にぶつけろっ」
「えっ」
「俺の剣を崖に突き刺すっ!」
その言葉にルクレツィアは全てを悟った。
ルクレツィアは目を閉じると、先程よりも特大の竜巻を起こすために魔力を最大限に高めた。
そして目を開けると、クレイとルクレツィアを斜め下から当てる様に大きな竜巻を巻き起こした。
クレイとルクレツィアの体が投げ飛ばされる。
ルクレツィアは離れない様に必死でクレイにしがみついた。
お願いっ。
どうか崖に飛んでいってっ!
ルクレツィアがギュッと目を強く閉じると、クレイが大きな雄たけびを上げた。
「うおおおおぉーーーっ!!」
その時。
突然、全身が激しく打ち付けられ、強い衝撃を受けた。
────そして、意識が途絶えた。
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