第25話 作戦会議とクレイの決意

真夜中に起こされたクレイが急いでアルシウスの部屋に駆け付けると、何人もの騎士達とすれ違った。

そして部屋には既にアルシウス、カーク、レオナード、そしてイアスもいた。

それにたくさんの騎士達もいる。

その様子にクレイは直ぐさま何が起きたのか理解した。


アルシウスが鋭い目でクレイを見ると言った。

「クレイ、とりあえずここに来てくれ。」

「ああ……」

クレイが皆が囲んでいる大きな会議用机の側へ来ると、アルシウスが大きな声を出した。

「みんな聞いてくれ。」

すると騎士達も立ち止まり、部屋の中にいる全員がアルシウスに注目した。

アルシウスは一同を見渡した後、通る声で言った。

「騎士団は既に知っているが、改めて聞いてくれ。聖女が誘拐された。」

ここに呼ばれた王太子の側近候補達は何となく予測していたのだろう、その言葉を聞いても声を上げる者はいなかった。

苛立ちを抑えられない様子で、アルシウスは手をきつく握り締めて更に言った。

「そして更に悪い知らせだ。たった今ルクレツィアを呼びに行った時に発覚したが、部屋はもぬけの殻だ。恐らく、ルクレツィアも一緒に連れて行かれた。」

「なんだとっ」

クレイが声を上げて、目を大きく見開いた。

アルシウスはクレイに黙って頷くと、部屋の中にいる騎士達を見渡して言った。

「これから救出の作戦を練る。国王には既に知らせを送っている。今は式典の直前という事もあり、各国の貴賓が滞在中だ。この件は極秘で処理をする。しかも国王が学園で何かあれば責任を負うと述べているんだ。何としても無事に連れ帰らなければならない。皆、時間が勝負だ。国外に逃げられたらもう二度と救出できないと思えっ。既に港や町には人を派遣している。もうすぐ連絡が来るはずだ。それまでに指示した通り、皆、準備をよろしく頼むっ」

すると騎士一同、声を揃えて敬礼をした。

「ハッ!」

そして騎士達が散り散りとなり、再び忙しく動き始める。


アルシウスは騎士団の隊長と少し会話した後で、机に集まっている者達に向き直ると言った。

「皆にも集まって貰ったのは、もちろん救出の協力をお願いしたいからだ。俺が信頼していて、かつ口外の恐れもなく、能力が高い者を今は早急に出来るだけ必要なんだ。」

「彼もですか?」

カークが訝しげにイアスを見る。

それにアルシウスは頷くと言った。

「まぁ知っていると思うが彼はルクレツィアの友人で俺達とも親しくしている。少し事情は話せないが、誘拐の件で調査している事も知っている。しかも、少しイアスを調べさせて貰ったが、かなりの腕前だという事が分かっている。今回の救出にも協力して貰うのがいいと俺が判断した。聖女だけでなく、もしかしたらルクレツィアも同時に救出しなければならないからな。それに彼はラウナス大神官の直属の神官でもある。事件前だが既にラウナス大神官に何かあればイアスを借りてもいいと許可を貰っている。彼の下なら信頼が置けるだろう。」

「なるほど、あのラウナス大神官様の……。それで、かなりの腕前とは剣技ですか?それとも魔力?」

カークの問いにアルシウスが答える。

「特出すべきは魔力だが、剣技も騎士のレベル同等またはそれ以上だ。そうだろう?」

アルシウスに振られてイアスは観念した様に答えた。

「……はい。」

それに対し、以前からイアスが普通とは違うと感じていたクレイが口を開いた。

「やはりそうだったか。」

クレイがイアスを一瞥したが、直ぐにアルシウスに向き直ると言った。

「それより……、ルクレツィアが攫われたのは間違いないのか?」

クレイの声には焦りが感じられた。

アルシウスは重々しく頷くと、低い声で答えた。

「ああ。恐らくな。なぜ彼女があの時刻に聖女の部屋に向かったのかは分からないが、ルクレツィアの侍女が部屋から走って行くルクレツィアの後ろ姿を目撃している。そしてその後、一度俺の部屋まで来たらしい。あいにく俺はその頃、王城から学園に戻る途中で留守だった。侍女が真夜中に俺に会うためルクレツィアが来たと証言している。しかも、ルクレツィアの容姿は聖女の髪と瞳の色が同じだったとか。学園を探しても今のところどこにもいない。何かあったと考えるのが普通だろう。」

「彼女、自分で向かったんですか……」

イアスが頭を抱えた。

「全くだ。もっと謹慎させておくべきだった。」

アルシウスが苛立った様に言った。

「あれだけ言っておいたのに。戻ったら……ただじゃ置かないっ」

その言葉にクレイ以外のみんながギョッとアルシウスを見詰めた。

こんなに苛立ったアルシウスは初めてだ。

レオナードが和ませるために苦笑いで冗談を口にした。

「またまたぁ。監禁とか……冗談でもやめてよね?」

アルシウスはそれに対し、不敵な笑みを浮かべた。

「あいつにはピッタリかもな。」

どす黒いオーラを感じて、一同が沈黙した。


すると沈黙を破る様に1人の騎士がアルシウスの元に駆け寄ってきてメモを渡す。

「報告です!やはり対象は港に潜伏している模様です。船で国外に逃亡する計画かと。今のところ潜伏先の人数は外に見張り3名、中には最低でも4名はいると思われます。後ほど、図面をお待ちしますので、その時に詳細を報告致します!」

「分かった。報告ご苦労。引き続き見張って少しでも動きがあればすぐ知らせろ。」

「ハッ」

騎士が一礼すると立ち去っていった。

そしてアルシウスがレオナードに振り返ると言った。

「だそうだ。お前は先に行って潜伏しろ。これが居場所だ。もし聖女に何かあれば迷わず助けろ。そしてルクレツィアがいると確証を得たら建物の周りに潜伏している騎士団に合図しろ。」

レオナードがメモを受け取りながら言った。

「じゃあそのモンタール公爵令嬢に何かあったら?」

その言葉にアルシウスが声を詰まらせる。

だがレオナードは気にせず言い続けた。

「だって彼女は聖女じゃないからね?何かされるとしたら彼女の方が……」

「レオナード。」

カークが黙らせるため、咎める様に名を呼ぶ。


もし、ルクレツィアが何か危ない目に合いそうになりレオナードが助けに入れば、敵に気付かれて聖女を救出できない可能性が高い。

今、国王に知らせを走らせたのと同時に影の要請もしているが、今回の誘拐の件の捜索のためにかなり出払ってしまっている。間に合うかどうか……。

ルクレツィアよりも聖女が優先なのは明らかだ。

迷ってる場合ではない。


「ルクレツィアは……」

アルシウスが答えようと口を開くと、それを遮る様にイアスが言った。

「私も行きましょう。私なら相手に気付かれる事なく近づけます。」

突然の声にその場にいる全員がイアスを見詰めた。

そして鼻で笑いながらレオナードが言った。

「気配消せるって事?影みたいに?」

「まぁ、そういう事ですね。」

「影なの?」

「いえ、影ではないですが……」

曖昧な言い方にレオナードは納得できない様で更に口を開こうとするとアルシウスがそれを止めて言った。

「今は時間が惜しい。それは確かか?信じていいんだな?失敗したでは済まされない。」

「はい。絶対に気付かれません。信じてください。私はルクレツィア様を助けたいです。だから、ルクレツィア様に何かあれば私が助けます。もし、ルクレツィア様を助けるために動いた時は、モリス様、聖女様の救出をお願いします。」

イアスがレオナードを強い瞳で見詰めた。

アルシウスはしばし黙って考えていたが、やがて言った。

「いいだろう。もし緊急事態が起きた場合は、レオナードは聖女優先。イアスはルクレツィアを優先で救出を頼む。騒ぎが起きれば、周囲に待機している騎士達がすぐに突入する。だからその場を1分も保たせられれば十分だ。二人共、出来るか?」

「1分なら楽勝だよ。」

レオナードが答える。

「出来ます。」

イアスが頷いて言った。

それを確認したアルシウスが言った。

「なら、今から急いで向かってくれ。俺達もすぐに向かう。ただ二人共、これだけは忘れるな。聖女を保護する事が最優先だ。いいな。」

「はいよ。」

レオナードが返事をすると、立ち上がった。

そしてイアスに好奇心いっぱいの顔を向けると言った。

「じゃあ、お手並み拝見ってとこかな。俺の事はレオでいい。俺もイアスって呼ぶからさ。それじゃ、ついて来いよ。」

イアスは黙ったまま頷くと、レオナードと共に退出していった。


2人が退出すると、入れ替わりで隊長を筆頭に何人かの騎士達がアルシウスの元へやって来る。

アルシウスに資料を渡すと、アルシウスは皆で囲んでいる会議用机にその資料を広げた。

「潜伏先の図面が手に入った。これから出来るだけ早く作戦を練り上げて、合図を確認の上、急いで出発するぞ。では現在の状況の詳細を頼む。」

アルシウスがそう言うと騎士団の隊長が前に進み出て、報告を始めた。

一同が目の前の図面に目を落とす。




────そうして着々と聖女救出作戦は進行していった。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







作戦を立てた後、アルシウス達は馬で現場へと向かっていた。

だが、音が大きいので潜伏先の近くまで馬で行く事は出来ない。

港に入る手前で馬を降りて、その後は潜伏先まで気付かれない様に足で行くしなかった。

焦る気持ちを抑え、アルシウス達は必死で道を駆け抜けていた。


クレイは移動中、ルクレツィアの事が頭からずっと離れないでいた。

彼女がひどい目にあっていないか、想像するだけで恐怖を覚える。



もし彼女が死んでしまったら……俺はっ……。


そう想像して、クレイの胸が突き刺す様な痛みを覚える。


嫌だっ。

彼女を死なせたりなんかしない。

彼女を悲しませる奴らはみんな、



八つ裂きにしてやるっ!



クレイに怒りの感情がマグマの様に込み上げてくる。


現実に彼女を失いそうになってから気付くなんて……。

俺は馬鹿だ。

なんで今まで俺は逃げていたんだろう。

何を恐れていたんだろう。

彼女が消えてしまったら、何の意味もないのに。


なぜか俺の心を揺さぶるのは彼女だけだ。

以前と今は違うと分かってはいるが、ルクレツィアという響きだけで心が揺さぶられる。

それはもう隠しようもない。


俺は彼女を失いたくない。


彼女の幸せのために離れると決めたのに。

これで彼女を失ってしまったら……俺は自分を許せない。

なんて俺は馬鹿だったんだろう。


そんな俺に……。

彼女は好きだと言ってくれた。

執着心が消えても、俺の事を好きだと……。

そして、俺を守りたいと。


それだけで十分だ。

本当に彼女を失いそうになった今、初めて気が付いた。

今だって幸せにする自信なんてない。

この先、彼女を傷付けてしまうかもしれない。

間違った感情を向けてしまうかもしれない。


……けど、彼女はそれでいいと言ってくれた。

クレイはクレイだと。

自分ひとりで解決なんてしなくていいんだ。

過ちも苦しみも、2人で抱き締めていけばいい。

そして乗り越えようと、そう信じてさえいれば……。


大切にしたい。

この気持ちに嘘はない。

本当に大切なもの。



……ルクレツィア。



もう迷わない。

今度こそ、彼女を救ってみせる。

彼女を何としても無事に助けなければ。


クレイは己の手を見下ろすと、強く握り締めた。


俺の手で彼女を幸せにしたい。

他の誰でもなく、俺自身の手で。


そして、伝えなければ。

後悔のない様に。


そう決意すると、クレイは真っ直ぐに前を見詰めた。



────そうして彼女を助けるため先を急いだ。






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