第26話 救出

ルクレツィアはゆっくりと目を開いた。

すると直ぐにカビ臭さが鼻に付く。

視界には見た事のない薄暗い部屋が広がっていた。

ルクレツィアは体を起こそうとしたが、そこで手足が拘束されている事に気が付いた。

ルクレツィアは自分が捕らえられた事を思い出して、寝転がされていた床に自分の頭を打ち付けた。


ばか!ばか!ばか!

結局私も捕まってしまった!

2人が捕まるなんて最悪な結果じゃないっ!

なんて、私は考えなしな行動をしちゃったのか。

アルシウスに殴られても文句は言えないわ……。


ハァーーーッ。


ルクレツィアは深い溜め息を吐いた。


でも、落ち込んでばかりでいてはだめだ。

とにかく今は助かる事を考えないとっ。


ゲームではすぐに助けに来てくれた。

私の命の保証はないけど、でもメルファは必ずみんなが助けてくれる。

その為にもまず状況を把握しておかなければ。


ルクレツィアはそう思うと、辺りを見回した。

どうやらメルファとは引き離されてしまった様だ。

遠くで談笑している声が聞こえてくる。

その声からして4人はいる。

そしてこの部屋にも見張りがいるのなら、メルファの部屋の見張りも含めて全部で6人か。

騒いでる感じからしてまだメルファは目覚めてなさそうだ。

ルクレツィアは自分の髪色を見て薄暗くて分かりにくいが、恐らくどちらが聖女なのかハッキリしていない状態だと思った。

そしてルクレツィアは次に魔力を使ってみた。

だが何も起こらない。

どうやら拘束している物は魔道具で、魔力封止が施されているらしい。

ルクレツィアはその事は予想していたので、落胆はあまりしなかった。


確かゲームではメルファが目覚めて、船に乗せられて連れて行かれそうになった所で攻略対象者達が助けに来るはずだ。

以前聞いたアルシウスの報告では、犯人は逃したが港で潜伏先を特定したと言っていた。

だから今回の潜伏先は港とは別の場所なのだろうか?

ゲームとは違う場所かもしれない。

犯人が再び潜伏先に港を選ぶとは考え難かった。

そうなると、救出には時間が掛かるかもしれない。


でも……。


ルクレツィアは目を閉じると、辺りの気配を探った。

何となく潮の香りを感じる。

きっと海が近いのは間違いない。

今、あれからどれ程の時間が経ったのか。


ルクレツィアは目を開けると、体もすり抜けられそうにない鉄格子のある小さな窓を見遣った。

微かな月の光が部屋に差し込まれていて、ルクレツィアはその角度からそれ程時間は経過していないのではないかと思った。



それからしばらくして、外の声が騒がしくなった。

誰かが新しく到着した様だ。

その様子からして恐らく黒幕のご登場だ。

ゲームでは、他国が聖女を誘拐しようと企てていたはずだ。

だがルクレツィアは残念ながらその国の名前は覚えていない。

聖女が果たして他国でも繁栄をもたらすのかどうかは過去の記述にはない。

それでも可能性がない訳ではないのなら、拉致して国に連れて来たいと願う者も、少なからずいるのだろう。


すると数人の足音が部屋に近づいて来るのを感じた。

ルクレツィアは急いで寝たフリをする。

心臓がドキドキと音を立ててルクレツィアの心をざわつかせる。

体が強張ってしまうのを、何とか深呼吸をして落ち着かせた。

そしてルクレツィアのいる部屋の扉が開くと、明かりが灯され辺りが明るくなる。

「なんだ。まだ寝てるのか。」

1人の声が聞こえてくる。

「起こしますか?」

もう1人が尋ねた。

「そうだな。起こせ。」

その声を聞き、ルクレツィアは自ら目を開けると体を起こした。

起こさないでいる事を期待して寝たフリをしたが、起こされるならフリを続ける必要もない。

ルクレツィアは震える気持ちを何とか抑えて、睨む様に男達を見詰めた。


悪役令嬢の度胸と根性の見せどころよっ。

私!がんばれっ!

なんとか時間を稼ぐのよっ。


数人の中に中心で立っている男がいた。

茶色の髪に琥珀色の瞳であまりパッとしないが顔はそれなりに整っている。

如何にも脇役といった感じで、ゲームの画面とそっくりだった。

この男が身なりからしても黒幕で間違いない。

その男がルクレツィアを見るなり、目を見開いた。

「あなたは……。あなたがルクレツィア・モンタール公爵令嬢では?」


ヤバいっ。

早速見抜かれてる……。

誰?会った事がある?


……だめだ。ぜんっぜんっ思い出せない。


ルクレツィアは睨みながら言った。

「ご自分から名を名乗るのが礼儀では?」

その言葉にその男がフッと笑みを漏らした。

「失礼。私はマトス・クロウシアと申します。」

その言葉にルクレツィアは目を見開いた。

「クロウシア?あなた……もしかしてクロウシア王国の王太子殿下?」

「いかにも。モンタール嬢とは何度か舞踏会でお見かけしましたよ。これは……私も運がいい。まさか聖女の他に、深緑の妖精も手に入れられるとは。」

マトスは下卑た笑みを浮かべた。

その絡め取られる様な視線に、ルクレツィアは思わず鳥肌が立つ。


なにこいつ!

キモすぎ何だけどっ!

深緑の妖精って言った?

何その名前、まさか私の事じゃないよね?


「でも髪色や瞳は違う様だ。何故でしょうね?」

そう言いながらマトスはルクレツィアの元へ近づいて来る。

ルクレツィアは身構えながらマトスを睨みつけた。

だがマトスはどことなく嬉しそうに笑っていて威嚇の効果はなかった。

側に来ると、ルクレツィアの長い髪を一房手に取った。

「フム……。カツラではないな。それに瞳の色も……」

マトスはルクレツィアの顔を覗く様に近づけてきた。

「っ!」

ルクレツィアは顔をしかめながら横に背けた。

だがマトスの手がルクレツィアの顎を掴み、顔を無理やり引き戻す。

「フム……。これは何か魔道具を身に着けているようですね。どこですか?」

ルクレツィアは黙って睨んでいる。

するとマトスはフフッと笑みを見せた。

「言わないなら、私が体を隈なく調べてもいいですけど?」

ルクレツィアは悔しそうに顔を歪めると静かに言った。

「……ペンダントよ。」

「残念。言わない方が楽しめたのに。」

マトスは下卑た笑みを浮かべながら、ルクレツィアの顎から首筋に撫でる様に手を動かすとペンダントの紐を引いて首から外した。

するとルクレツィアの髪と瞳の色が元に戻っていく。

「ああ。やはりあなたは深緑の妖精だ。化粧をしなくとも、とても美しい……。私好みに着飾ったらさぞ見ものでしょうね。」

マトスがうっとりとした瞳でルクレツィアを見詰めた。

「今は時間がありませんが、国へ連れて行ったら、たっぷりと可愛がってあげますからね。」

そう言って、ルクレツィアの髪にそっと口づけを落とした。

ルクレツィアはあまりに鳥肌が立つので身震いしてしまう。

そしてマトスが後ろを振り返った。

「聖女は向こうで間違いないでしょう。では、これから2人を船に乗せてください。そしてすぐに出港しましょう。」

だがルクレツィアが怒りの声を上げた。

「こんな事して後でどうなるか分かってるの?!」

その言葉にマトスは振り返ると言った。

「もちろん分かってますよ?ですが、あなた方は失踪するのです。我が国に聖女がいるとは誰も知らないまま一生を終える事になるでしょう。」

「サンザード国が気が付かないはずがないでしょうっ。下手したら戦争になるわ!」

「そんな事分かってますよ?だから下手をしない様に動いてるんですから。」

「どうせあなた達はすぐ捕まるわ!」

「ええ。ですからそうならない為にも早く船で逃げるんです。ではすぐ船に乗せますから少々お待ちくださいね。私の妖精。」

「ちょっと!」

ルクレツィアが呼び止めたがマトスは今度こそ振り返らないで立ち去っていく。



すると突然、外で怒号が聞こえた。



次には大きな破壊音が聞こえ、大勢の足音が雪崩れ込んでくる。

そして怒号が飛び交い、大きな物音と共に金属が激しくぶつかり合う音なども聞こえてきた。

ルクレツィアは遂にアルシウス達が助けに来てくれたと思い安堵したが、急に扉が激しく開かれると立ち去ったばかりのマトスが顔面蒼白の形相で姿を現した。

そしてルクレツィアに向かって走ってくる。


ヤバいッ!

人質にされちゃうっ。

そんな事になったらアルシウスになんと言われるかっ。

に、逃げなきゃ!


そう思いルクレツィアが焦っていると、急に辺りが真っ暗になった。

マトスが慌てふためいて、何かを叫んでいる。

明かりが消えたのかと一瞬思ったが、何の光も見つけられない。

先程見えていた窓も、自分の体さえも全く見えない。

光が全く存在していない、本当の暗闇だった。

ルクレツィアが不安を覚えると、そっと耳元で囁いてくる人がいた。

「ルクレツィア様。助けに参りました。」

その声を聞き、ルクレツィアは張り詰めていた息を吐いて安堵した。

「では、今外に連れて行きますから少し我慢してください。」

そう言われた後、体が浮遊する感覚を覚える。

そして一瞬でルクレツィアは外へと移動していた。

そこは建物から少し離れた船のすぐ側だった。

ルクレツィアは抱きかかえられた状態で、驚いて顔を上げた。

そこには優しい微笑みを浮かべたイアスが立っていた。

「イアス様っ」

「間に合って良かったです。ルクレツィア様、頑張りましたね。」

「助けに来てくれて嬉しいですっ。でもイアス様、こんなすごい魔法使えるんですね。」

その言葉にイアスは少し悲しそうな表情で言った。

「ええ。でも、出来ればルクレツィア様を救出したこの魔法の事は誰にも言わないで貰えますか?ルクレツィア様を助けるために緊急事態だったので思わず使ってしまいましたが……」

「え?……ええ。イアス様がそう言われるなら、もちろん私は言いませんが……」

「ありがとうございます。では皆さんには、何とか私と脱出した事にしておきましょう。もし何か聞かれてもルクレツィア様は目を瞑っていて何も分からなかったとお答えください。」

「は、はい。分かりました……」

「それでは皆さんと合流しましょうか。」

イアスがルクレツィアを抱きかかえたままで動き出すのでルクレツィアは慌てて言った。

「イ、イアス様っ。私、自分で歩きますっ」

だがイアスは首を横に振った。

「手足が拘束されていて無理です。それよりも早く合流する事を優先します。それまで大人しくしていてください。」

「は、はい……」

ルクレツィアは狼狽えながらも頷いて、素直に従った。


イアスがルクレツィアを抱えて姿を現す頃には、建物の中は鎮静化しつつあった。

騎士達がルクレツィアを抱えたイアスを確認すると、慌てて建物の中に走って行く。

恐らくアルシウスに報告しに行ったのだろう。


ルクレツィアは手足の拘束を無事に解いて貰い、自分が助かった事を改めて実感した。

すると程なくして建物からクレイが駆け出して来るのが見えた。

クレイはルクレツィアを見つけるなり走り寄ってくる。

ルクレツィアは動揺しながらも、クレイが初めて見せる必死な顔に目が離せないでいた。

必死で自分を求めて駆けつけてくるクレイを見て、ルクレツィアは泣きたくなった。

クレイはイアスの手から奪い取る様にルクレツィアを抱きかかえると、そのまま力尽きる様に片膝をつきしゃがみ込んだ。

そしてルクレツィアを強く抱き締めた。

「無事でよかった……」

絞り出す様な震える声だった。

その言葉を聞き、ルクレツィアは涙が溢れてくるのを止められなかった。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私……」


「いいんだ。無事だったなら、もうそれでいい……」


あまりに優しい声で言うので、ルクレツィアは本当にバカな事をしてしまったと、深く後悔した。

怒られるよりも、こんなに心配させてしまったという事実が何よりつらく堪えた。

ルクレツィアもクレイに腕を回すと、強く抱き締めた。

「本当にごめんなさい。クレイ。」

「ああ……」






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