第39話 どうやら嫌われたようです
こわっ!
これはだめだわ。だめなヤツだわっ!
私……殺されちゃう?
一応アルシウスはレオナードが攻略対象者である事を、掻い摘んで伝えていた。
その話で自分のルートを経験している事も察しただろう。
ううっ……。
きっとユリゲル様も恋愛ゲームで自分のルートを選択した事を察したよね。
ああ……居たたまれない。
またこんな公開処刑を受ける羽目になるとは。
死にたい……、いっそ殺してっ!
嘘です。死にたくありません。
ごめんなさい。モリス様。お許しください。
でも……。
みんながいてくれるから、彼がこれ以上私を追求してくる事はないよね?ね?
影である事は秘密だろうしね。
ふぅ……とりあえず助かった。
「言っとくけど、ここにいるみんなは俺が影って知ってるからね。」
ひいぃぃ~~っ!
やっぱり心読まれてるぅっ!
こわっ!
怖すぎるわ!
その殺意を込めた視線をどうにかしてーーーっ!
「おい。」
それを止めてくれたのはクレイだった。
「そんな怒んないでよ。ちょっとからかっただけじゃん。」
レオナードが笑ってそう言った。
「こいつで遊んでいいのは俺だけだ。」
「へいへーい。」
レオナードが気の抜けた声で返事を返すと、ルクレツィアから視線を外して紅茶を啜った。
クレイの発言もどうかとルクレツィアは思ったが、とりあえずレオナードの殺意からは逃れられたので文句は言わなかった。
そしてカークは落ち着いたのを見計らって口を開いた。
「荒唐無稽の話ではありますが、信じます。まぁ、正確に言えば信じるという形で話を進めたいと思います、が正しいでしょうか。実際のところ、私は殿下の話を聞いただけですから。ですが殿下を疑っている訳ではありません。殿下を信頼しているからこそ、信じるという前提で話を進めるのですから。ただ、私は実際に私が見て感じたもので判断したいのです。」
その言葉にアルシウスは頷いた。
「ああ。その判断は正しい。俺だって国王から同じ事を言われても一瞬頭がイカれてしまったんじゃないかと思うだろう。だからカークはそのままでいい。むしろそういう存在が有難い。その意識でこれからも客観的に物事を判断してくれ。」
「はい。殿下。有難うございます。」
そう言いカークは少し顔を綻ばせて笑った。
アルシウスの自分に対する厚い信頼を感じ取ったのだろう。
それを受け、アルシウスもフッと笑顔を見せた。
だがそれは一瞬で、カークがすぐに真面目な顔に戻ると口を開いた。
「話は分かりました。だからメルファがこの学園を去った事も理解しました。ただ、これでモンタール嬢の死亡を回避できたのかは疑問が残ります。」
「……というと?」
アルシウスが尋ね返した。
カークはアルシウスを見て頷くと続けた。
「モンタール嬢の死亡は、その攻略対象者の選択によって異なる死に方なのですよね?そうだとすれば、彼女が攻略対象者を選択した時点で、既にその道筋が作られてしまったと判断するべきでしょう。それが完全に正しいとは言えませんが最悪の事態を考えるなら、そう断定して対処を考えるべきだと私は思います。」
「カークが考える最悪の事態とは?」
アルシウスがカークに尋ねた。
「そうですね……。それはやはり聖女が好きな人と判断した時点でその道筋が確定される事でしょうか。そして最悪の場合、彼女がその人への好意を失っても道筋だけは残されてしまうという事態ですかね。その場合、死亡への道筋は回避不可能です。」
「……俺と同意見だ。やはり、死亡への道筋は回避できないと断定して対処するべきだろうな……」
アルシウスが少し考え込む様に俯くと、呟きを洩らした。
「そして、後は彼女が好意を持った者がいたかどうかだな……」
アルシウスが顔を上げてカークを見ると、2人は意味ありげに頷き合った。
そして急に2人がルクレツィアの方を振り返る。
カークが真っ直ぐにルクレツィアを見据えて言った。
「では、モンタール嬢にお聞きします。自惚れでなければ、メルファは私に好意を持ってくれていたと思うのですが、いかがですか?」
「え?えっと……」
急に尋ねられたルクレツィアは動揺を隠せず狼狽えた。
そしてアルシウスも、ルクレツィアを覗き込む様に見詰めて言った。
「ルクレツィア。正直に話して欲しい。彼女は好きな人の事を話してなかったか?」
「それは……」
ルクレツィアは言葉を詰まらせると下を向いてしまった。
い、言えない。
こんなに大勢の前でメルファの好きな人を言う訳にはっ。
するとその様子を見ていたレオナードがあっけらかんと言った。
「俺、知ってるよ?」
その言葉に一同は驚いてレオナードを見詰めた。
「言おうか?」
レオナードは周りを見回しながら更に言った。
「俺はずっと陰ながら聖女の護衛をしてたんだよ。そのくらい知ってるに決まってるじゃん。」
ルクレツィアは思わず立ち上がると慌てて言った。
「だ、だめよっ。言ってはだめ!」
すると面白そうなおもちゃを見つけた様な顔になるとレオナードが言った。
「だよね?俺こう見えても口が堅い方なんだよなぁ。」
ルクレツィアがその言葉に同意する様に、大きく頷いて見せた。
だが、アルシウスがルクレツィアに向かって言った。
「フランツェル嬢には悪いが、これは皆が知っておかなければならない事だ。ルクレツィアの命が掛かっている。」
そして無情にもアルシウスがレオナードに言い放った。
「レオ、言え。命令だ。」
「えーっ。それ言っちゃう?俺、一応王太子の直属だからな。それ言われたら……言うしかないよね?」
ペロッと舌を出してルクレツィアを馬鹿にした様に見てくるので、イラッとして思わず殴りたい衝動に駆られた。
「おお、こわっ」
またもやルクレツィアの思考を読んだのか、挑発する様にレオナードが言うのでイラつきが沸点に達して、気が付くとルクレツィアは怒鳴っていた。
「いい加減にしてっ!」
そうだったわ!
レオナードってこう言うヤツだった!
人の気持ちを弄んで楽しむ変態よ!
あいつに遊ばれてたらキリがない。
もう無視よ。無視!
思わず心の中で、レオナードと呼び捨てた事にも気付かずに悪態を付いた。
それから深い深呼吸をして怒りを鎮めると、席に座り直した。
レオナードを相手にするだけ無駄だ。
そしてルクレツィアはみんなを見回すと言った。
「分かりました。私が言います。」
「え?言っちゃうの?いいの?」
とぼけた口調でレオナードが口を挟んだが、ルクレツィアは無視して話を進めた。
「では、これだけ。メルファは確かに好きな人がいると話してくれました。それは間違いありません。だけど誰かまでは絶対に言いませんから。これだけの情報があれば十分でしょう?彼女の想い人が攻略対象者かどうかも言いません。好意を受けた人が自覚するべきです。それくらい彼女は真剣だった。それが分からないとは言わせない。というかそのくらい察せなくてどうするのっ」
そう一気にまくし立てるとルクレツィアは罪悪感に押し潰される様に両手で顔を覆い隠した。
ゔうっ……。
メルファごめん。
きっとこの言葉で全員、頭がいい人達だからメルファの想い人が誰なのか察したはずだ。
だって、そもそも攻略対象者以外が好きな人だったら私の死亡エンドは回避されているはずだから。
私の態度で死亡エンドが回避されていないのは明白だ。
そして更に、そんな私がメルファには好きな人がいると肯定した。
だからメルファの好きな人が攻略対象者だと皆は断定しただろう。
その情報だけで、誰が想い人なのかを特定するには十分だ。
ハァ……。みんなの前で好きな人の事をバラしてしまった。
後でちゃんと言ってしまった事を謝罪しなければ……。
落ち込むルクレツィアの肩に優しく手で触れたのはクレイだった。
「ルクレツィア……。すまない。」
ルクレツィアは息を整えてからゆっくりと顔を上げると、首を横に振って言った。
「いいえ。こちらこそ我儘を言ってごめんなさい。みんなは私を助けるためにしてくれている事なのに……」
「なんだ分かってんじゃん。」
レオナードが空気を読まずに口を出す。
さすがにアルシウスはレオナードを窘めるために口を開いた。
「レオ。ルクレツィアにそう突っかかるな。」
「はいよー。みんな優しいね~。生温くて気持ちわる~」
そう言うと、ルクレツィアを一瞬鋭く睨んだ。
だがすぐにいつもの笑顔に戻りニッコリと微笑むと、テーブルに並べられていたお菓子に手を伸ばした。
ルクレツィアはそれを呆然と見詰めた。
そうか……。
彼は私が嫌いなんだ。
だからこんなに突っかかってくるのね。
私、何かした?
私が彼の情報をゲームで知ってしまったから?
うん……あり得る。
彼はいつも笑顔でいるが、心の奥は絶対に見せない。
他人を基本信用しない。
この中で1番他人との深い関わりを恐れている人物だ。
他人の心に敏感なのも、信用してないからこそだ。
それなのにほとんど話した事もない他人に自分の事を知られているなんて、彼にとっては嫌で堪らないのだろう。
ルクレツィアは急に申し訳なく思った。
そして乙女ゲームとは、なんて残酷なのだろうと感じた。
まるで自分達を弄んでいるかの様だ。
でも……。
だからってゲームに負けてたまるか!
このまま遊ばれたままでなるものか。
絶対に負けないぞっ!
ルクレツィアは拳を強く握りしめると、改めて決意するのだった。
なんとしても生き抜いてみせるっ。
そう思ったところで、アルシウスがルクレツィアに向かって口を開いた。
「ルクレツィア。よく話してくれた。」
それは労わる様な優しい響きを含んだ声だった。
「では、内容を改めてカーク達と精査する事にする。そしてこれからの事を、後日改めて話し合おう。それでいいか。」
ルクレツィアはその言葉に黙って頷いた。
「他の者も異論はないな?」
アルシウスが辺りを見回して、ひとりひとりの顔を伺った。
他の者達も頷いて、特に声を上げる者もいなかった。
アルシウスが言った。
「では、これで一先ず話は終わりだ。」
そう言い、その場を解散しようとしたところ、アルシウスが思い出した様にルクレツィアに声を掛けてきた。
「ああ、そうだ。ルクレツィア。もしかして、この後フランツェル嬢の元へ行こうと思っているか?」
その突然の問い掛けに、アルシウスの意図が理解できず、ルクレツィアが不思議そうな顔で言った。
「ええ。もちろん、そのつもりだけど……」
「悪いがそれはまた後日にしてくれ。今、フランツェル嬢は聖女の儀式やしきたりなどで会えない。俺が日取りを調整するから、それまで待って欲しい。」
その言葉にルクレツィアは驚いて言った。
「そうなの?……でも、早く誤解を解いてあげないと。」
「なら、俺が話すか?それでもいいが……」
だがルクレツィアは首を横に振った。
「私が彼女にちゃんと話したい。彼女に謝らなければ……。わかった。では、やはりアルシウスに日程の調整をお願いしてもいい?」
「わかった。では、また連絡する。」
「お願いします。」
ルクレツィアは頭を下げた。
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