第33話 クレイの嫉妬

今朝から周りの様子がおかしかった。

遠巻きに生徒達がこちらを見てコソコソと話しているのを何度も目にする。


きっとまた何か噂されているに違いない。

でもやましい事なんて何もないんだから堂々としていればいい。


そう思い、ルクレツィアは周りを気にする事なく過ごしていた。

お昼はメルファと一緒に食堂へ行き、恋の話で盛り上がった。

メルファの恋の話を聞けば、顔を真っ赤にさせて嬉しそうに話してくれた。

ルクレツィアはその様子を見て、あまりの可愛さに身悶えた。

こんなステキなメルファに好かれる人は、なんという幸せ者だろうか。

泣かせたら絶対に許すまじとルクレツィアは心に誓ったのだった。




そして放課後、ルクレツィアが帰り支度のため本を纏めているとクレイが目の前に現れた。

ルクレツィアはクレイに見詰められて少し照れながら、はにかんだ笑顔を見せる。

だがクレイは怖い顔のままでルクレツィアを見下ろしていた。

その様子にルクレツィアは訳が分からず目を瞬かせると、クレイが口を開いた。

「ちょっとこの後、生徒会室に来い。話がしたい。」

「え?」

ルクレツィアは突然の事で思わず聞き返したが、クレイは鋭い声で念を押す様に更に言った。

「いいな。逃げるなよ。」

ルクレツィアは狼狽えながらも返事を返した。

「え、ええ。分かったわ。」

その返事を聞いたクレイはルクレツィアに背を向けて、そのまま教室から出て行ってしまった。

残されたルクレツィアは不安に心が揺れる。


どうしたんだろう……?

クレイは何か怒っている様だった。

私、何かしたかな。


……もしかして、キスの事知られた?

アルシウスとキスをしてしまった事を。


……やばいっ。


いや、でもでもクレイとは付き合ってないし!

でも……自分が反対の立場なら、嫌に決まってる。

まぁ、まだその事で怒ってるか分からないけど。

と、とりあえず、話を聞かなくては。


あれは明らかに怒っていた。

一昨日はあんなに打ち解けていたのに。


何だか寂しい……。


ルクレツィアはそう感じながら、荷物を急いで纏めると生徒会室に向かうために教室を後にした。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







ルクレツィアが生徒会室を訪れると、クレイが立ってルクレツィアを待ち構えていた。

クレイの背中にはどす黒いオーラを感じる。

その姿を見て、ルクレツィアは逃げ出したい衝動に駆られた。


こ、怖い……。


だがクレイが無情にもルクレツィアに言い放つ。

「ここに座れ。」

ルクレツィアは怯えながらも促された席に腰を下ろした。

するとクレイもそのすぐ隣に座った。


ち、近い……。


ルクレツィアは距離を取る様に座り直すと、クレイは更に詰め寄ってルクレツィアに触れそうなほど近づいた。

それには堪らず、ルクレツィアはクレイの胸を押し退けながら言った。

「ち、近いです。こんなところ誰かに見られたら……」

「あいつには許すのにか?」

責めるようにクレイが冷たく言い放つ。

「あ、あいつ?」

ルクレツィアは冷や汗をかきながら、尋ね返した。

その態度にクレイは苛立ちを見せながら言った。

「あいつだ。イアスとかいう神官の。」

「え、イアス?なんで?」

思いがけない名前が出てきて驚くと、なぜ今更イアスが話に出てくるのかさっぱり分からないルクレツィアは、只々困惑した。

その様子を見たクレイは深い溜め息を吐いた。

「ルクレツィア。昨日、あいつと一緒にいただろう?」

ルクレツィアは黙ってコクコクと頷いた。

「それで噂になってる。ルクレツィアとイアスが恋人の様に睦まじく抱き合っていたと。」

「ええっ!」

その言葉にルクレツィアは思わず大きな声を上げてしまった。


しまった!

中庭には人はいないと思っていたけど、誰かに見られていたんだわっ。

だから今日あんなに周りが私に注目していたんだ。


な、なんて事っ!

迂闊だった!


動揺しているルクレツィアに対して、クレイは責めるように問い正す。

「で?その噂は本当なのか?」


ま、まずい。

あれは友人としてのものだけれど、抱擁したのは紛れもない事実だ。

ご、誤解を与えないように説明しなくては。



……って、そんなのムリムリ!



絶対に怒るわ。

でも、だからといって嘘はつけない。

これ以上クレイには嘘をつきたくない。


そんな風に思い巡らしていると、クレイが大きな溜め息を吐いた。

「噂は本当なんだな。」


ヤ、ヤバいッ!

この沈黙は肯定したも同然だった!


ルクレツィアは慌てて言った。

「で、でもあれは友人としての抱擁だし、一瞬だけだったから……」

「友人?そんな訳ないだろう。あいつはお前の事が好きなんだよっ」

「はぁ?何言ってるのよ。そんな訳ないじゃない。彼も私の事を友人と言ってるわ。」

「それだって口では何とでも言えるっ。もういい。もう二度とイアスには近づくなっ」

「嫌よっ!彼は私の大切な友達なんだから、勝手な事言わないでっ」

ルクレツィアは昨日の苦しむ彼の姿が思い出されて、自分勝手な主張をしてくるクレイに苛立ちを覚えた。


「じゃあ俺の気持ちはどうなるっ!」

怒鳴り声を上げると、ルクレツィアをソファに押し倒した。

ルクレツィアは驚きのあまり大きく目を見開いて、クレイの鋭く光る赤い瞳を見上げた。

だが次にはその瞳が悲しみの色を帯び、クレイは苦しそうに顔を歪ませていた。

「もう嫌なんだ、お前を失うのは……。誰かに盗られてたまるかっ」

その悲痛な叫びにルクレツィアは胸に刺す様な痛みが走った。

「クレイ……」

ルクレツィアは彼の心を落ち着けようと宥める様に名を呼んだ。

だがクレイは悲痛な声で更に訴えた。

「ルクレツィア……。もう俺はお前を離してやれない。誰かに盗られたらと思うと……気が狂いそうになる。」

今にも泣いてしまいそうな苦痛に耐える表情で、ルクレツィアを見詰めてくる。


ルクレツィアはその深い想いを聞いて泣きそうになった。

彼をこんな風に悲しませているのは自分のせいだと、自責の念に駆られてしまう。

だから自分が彼にいかに大切に想っているかを、ちゃんと伝えなければいけないと思った。

涙を堪えるとクレイの頬にそっと手を触れた。

「クレイ……。あなたの事は一番大切よ。何よりも誰よりもあなたの事は大切だから……」

「ルクレツィア……」

クレイが優しく名を呼ぶと、ルクレツィアの唇に自分の唇を落とした。


ルクレツィアの瞳が揺らめいた。

返事を待って欲しいと言ったのだから、彼を拒絶しなければならない。


けど……。

クレイをこんな不安にしてしまった罪悪感がルクレツィアをさいなんだ。

彼をこれ以上苦しめたくないという気持ちが、ルクレツィアの抵抗を鈍らせる。

それは今までつらい想いをさせてしまった事への罪悪感なのかもしれない……。


このキスを拒絶したら……。

彼はひどく傷付くだろう。

そして不安になってしまうだろう。


こんな切ない瞳を……私は裏切れない。


彼のつらそうな顔を、もう……これ以上見たくない。


ルクレツィアは抵抗を諦めると、目を閉じてそれに応えた。

2人は唇を重ねて、深く互いの熱を感じ合った。

ルクレツィアは彼の熱い想いを感じて、涙を零す。



────これは贖罪のキス。



純粋に愛しい人とのキスと思えない事が苦しい……。

そう思ってしまう自分の感情に、胸が強く締め付けられた。


彼に対する負い目は、永遠に消えないのかもしれない……。


そして、そう思うルクレツィアの頭の中に、なぜか昨日のイアスの苦しむ顔が思い出される。


だがそれは一瞬で、すぐにクレイの熱によって掻き消された。




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