第34話 クレイの暴走
クレイとキスをする度、心が満たされていくのと同時に、深い苦しみが募っていくのを感じる。
2人は熱を確かめ合い、また深める様に何度も唇を重ねた。
それからしばらくして、ようやくクレイが顔を上げると蕩けるような笑顔を浮かばせていた。
ルクレツィアはその表情を見て、胸に刺す様な痛みを覚える。
だって彼は、私が応えたのは純粋な愛情だと信じているから。
そしてクレイはそのままルクレツィアの首筋に顔を埋めるとキスを落とした。
ルクレツィアはその首筋のキスに一抹の不安を覚えた。
「ク、クレイ?」
だがクレイは返事をせず、キスに加え更に手付きが怪しくなっていく。
ルクレツィアは慌てて言った。
「ちょっ、ちょっと待ってっ!」
クレイは動きを止めると、顔を上げてルクレツィアを見詰めた。
「なんだ?」
ルクレツィアは狼狽えながら言った。
「あの……そろそろ人が来るんじゃないかと……」
「ああ、それなら問題ない。今日この部屋には誰も来ないからな。」
「そ、そっか……」
だから生徒会室に私を呼んだのね。
なーるほど。
「て、そういう事じゃなくてっ」
「まだあるのか。」
クレイが溜め息を吐いて少し不満そうな声を出した。
だがルクレツィアはそんな事は構わず言った。
「当たり前ですっ。これ以上の事なんて出来ないっ。いや、しませんから!」
それを聞いたクレイは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに気を取り直すと言った。
「どうして?」
「ど、どうしてって。婚約だってしてもないのに、それに私は死ぬかもしれないのよ?そんな不安なままで、あなたの気持ちに応える事はできない。それはとても無責任だと思うから……」
「俺がいいと言っても?」
「……私の気持ちはそんなに簡単じゃないの。」
「嫌なのか?」
クレイが悲しそうな瞳でルクレツィアを見詰めた。
その瞳にルクレツィアは少し怯んだが、何とか気を取り直すと、クレイの胸を強く押して体を起こした。
そして真っ直ぐにクレイを見詰めて言った。
「嫌な訳じゃないの。でも私はまだ生きられるかも分からないのにそんな気にはなれないの。」
「そんなの関係ない。」
「関係ないなんて私は思えないから!」
思わず声を荒げてクレイに怒鳴った。
そして怒鳴った後、ルクレツィアは直ぐに後悔した。
彼を傷付けてしまったのではないかと思い、ルクレツィアは不安そうな顔でクレイを見詰めた。
クレイはしばらく黙ってルクレツィアを見詰めていたが、やがて瞳に影を落とすと口を開いた。
「……不安なんだ。」
そう言ってクレイは愛しいものに触れる様に、優しくルクレツィアの頬に触れた。
「誰かがルクレツィアに触れると思うだけで、そいつを殺したくなる。ルクレツィアが俺のものだとみんなに知らしめたい。そうすれば……俺はようやく安堵できる。だから……婚約してくれ。」
そう言ってクレイはルクレツィアに口づけた。
そして再びそのままソファに押し倒される。
「……んっ……」
ルクレツィアの唇から甘い声が漏れた。
その痺れる様な甘い刺激にルクレツィアは何も考えられなくなってしまう。
強く抵抗できないのは、彼への愛情なのか。
それとも贖罪という気持ちが、ルクレツィアをそうさせるのか……。
自分の気持ちが、よく分からなくなっていた。
それでも彼が大切だと思う気持ちに嘘はない。
彼を絶対に裏切らない。
私を望んでくれる限り、私は彼の想いに応える。
その気持ちだけは、今、自分の中でハッキリとしていた。
クレイはようやくその唇の刺激からルクレツィアを開放すると、耳元でそっと囁いた。
「婚約が無理なら……このまま俺に抱かれてくれ。」
そう言って、クレイが再び首筋へと唇を落としていく。
ルクレツィアは意識を戻すと慌てて言った。
「ク、クレイ……落ち着いてっ」
ルクレツィアが胸を強く押して何とか抵抗を試みる。
いくら何でもこの先に進む事は、さすがにできないとルクレツィアは思った。
「ちょっと待って。お願いだからっ」
だがルクレツィアの力では、クレイはびくともしない。
ルクレツィアの耳元に、艶を帯びた声で甘く囁かれた。
「ルクレツィア……好きだ。」
はぅーーーーっ!!
こんなにも愛されて嬉しくないはずがない。
このまま彼に身を任せてしまいたい……。
そう思いルクレツィアは完全に思考を停止してしまった。
流されるままにクレイの熱を全身に感じていた。
だが流されそうになったその時、不意にアルシウスの顔が浮かんだ。
そしてまだ彼の告白に返事をしていない事を思い出す。
思い出してしまうと、まだ返事もしていないのにクレイと愛し合う事に強い罪悪感を覚えた。
ルクレツィアは正気を取り戻すと、何とか気持ちを落ち着かせてクレイに訴えた。
「やっぱりだめ。クレイ。話を聞いて欲しいの。」
そのハッキリとした口調に、クレイは手を止めて顔を上げた。
「クレイ。私、まだアルシウスに返事をしていないわ。まだちゃんと断ってもいないのに、こんな事できない。だから待っていて欲しいの。……お願い。」
アルシウスという名前を聞いて、クレイは目を見開いた。
そして黙ってルクレツィアの瞳を探る様に見詰めていたが、やがて体を起こすと深い溜め息と共に髪を乱暴に掻きむしった。
そしてソファの背もたれに肘を乗せると、気怠そうにその腕に身を寄り掛からせる。
いつの間にか彼の上着もはだけていた。
ルクレツィアはそんな乱れた髪にフェロモン全開で、色気が半端ないクレイを見ていられず、思わず顔を反らした。
体を起こしながらも恥ずかしさのあまり、クレイを見る事ができない。
ルクレツィアは俯いたままで申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい……」
するとクレイが再び溜め息を吐いて言った。
「全くだ。まさかあいつの名前で水を差されるとは思わなかった。」
「……でも、クレイも嫌でしょう?」
ルクレツィアは恐る恐る顔を上げた。
しばらく黙ってルクレツィアを見詰めていたが、やがてクレイが言った。
「……まあな。あいつは、親友だから……」
その言葉を聞いてルクレツィアは何だか嬉しく思い、笑顔で頷いた。
「うん。だと思った。」
「それで?」
「うん?」
「俺はいつまで待てばいいんだ?」
その言葉にルクレツィアは強引なクレイに呆れつつも、口を開いた。
「何度も言ってると思うけど、私が無事に生き抜く事ができるまでよ。」
「それは……具体的にはいつなんだ?」
クレイが苛立ちを抑える様に、低い声で尋ねてきた。
「それは……1年目の学年が終了する日だと思うわ。その日がゲーム終了の最終日だから。」
クレイはそれを聞き、深い溜め息を吐いた。
「……長いな。」
その不満そうな声にルクレツィアは思わず謝罪した。
「ご、ごめんなさい……」
クレイは左手を伸ばして、ルクレツィアの手を取ると言った。
「婚約だけでもしないか?」
その言葉にルクレツィアは言葉を失った。
クレイの瞳は真っ直ぐで、冗談を言っていない事が嫌でも分かる。
ルクレツィアは彼の強い想いを知り、胸に刺す様な強い痛みが走った。
こんな形で婚約をしてもいいのだろうか……。
婚約をして、でも私が死んでしまったら、この人はどうなってしまうの?
きっと深い悲しみにクレイは苦しむ事になる。
死ぬ前に幸せであればある程、失った悲しみはより深くなる。
深く深く愛し合った程、それを失った時の喪失感は計り知れない。
私の死が、彼の未来を壊してしまうかもしれない。
クレイは今までつらい事ばかりだった。
私の蛮行も……彼を苦しめていたものの一つで、彼にはこれ以上つらい思いをさせたくない。
彼には幸せになって欲しい。
彼の未来は幸せでなくちゃならない。
私がその足枷になってしまうのは嫌だ……。
死んでしまった時、婚約が記録や記憶として残ってしまう。
それは、クレイにとって重い足枷になってしまうと思った。
それに婚約は大勢の人も巻き込む事になる。
大勢の人とはクレイと関係の深い人達も含まれる。
その人達まで悲しみを、クレイを見る度に感じるかもしれない。
そんな人々の視線も、クレイにとってはつらいものになる。
そんなの……絶対いや。
このまま感情に流されながら婚約したら絶対にダメだ。
ルクレツィアはそう思うと、強い瞳でクレイを見詰めた。
「クレイ。やっぱり婚約は待って欲しいの。私が無事に生き抜く事ができるまで。」
その真剣な瞳にクレイはすぐに返事が出来なかった。
だがルクレツィアの意思の固さは嫌というほど伝わってくる。
それでもクレイは簡単に頷く事が出来ない。
どうルクレツィアを説得しようか考えあぐねていたが答えは出せず、クレイは少し話を逸らそうと口を開いた。
「……そういえば、聖女に想い人はいるのか?」
突然、そう言われてルクレツィアは狼狽えて言った。
「そ、それは……まだ。」
思わずクレイに嘘を付いてしまった。
ルクレツィアは動揺したがクレイはそれに気づく事なく話を続けた。
「まだ分からないか……。まぁ、想い人がいないならそれが一番いいが分かったらすぐに教えてくれ。」
その言葉を聞いたルクレツィアは困った様に首を横に振った。
「メルファは私の大切な親友なの。例え好きな人が分かっても、あなた達に教えるつもりはないわ。」
そのルクレツィアの言葉が予想外だったらしく、クレイは少し声を荒げて言った。
「そんな事を言ってる場合じゃないだろ。聖女の想い人によってお前の死に方が変わるんだから、早く分かればそれだけ助ける準備や計画も立てやすい。聖女の想い人は絶対に誰にも漏らさないと約束する。だから分かったら速やかに報告してくれ。……頼む。」
クレイはルクレツィアの腕を掴むと訴える様に見詰めた。
ルクレツィアはそれには答えず、下を向いて押し黙ってしまった。
クレイはルクレツィアを優しく抱き締めた。
「婚約はお前の言う通り待つから……」
クレイは蜂蜜色の髪を優しく撫でた。
「だから聖女の想い人が分かったら教えてくれ。」
「そ、それは……」
「絶対にお前を助けたいんだ。頼む……」
クレイの抱き締めている手に力が込められる。
ルクレツィアはその強い想いを感じて、嬉しくて涙が溢れた。
そしてそっと口を開いた。
「……少し考えさせて。」
その言葉にクレイは優しく返した。
「分かった……」
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