最終話 これからの未来へ……
それから、ルクレツィアの体力が見る見るうちに回復していった。
学園も休みに入り、クレイが毎日お見舞いに来てくれた。
クレイだけじゃない。
お父様も、メルファも、アルシウスも、イアスも。
ルクレツィアはこんなにもたくさんの人に愛されている事に心から感謝していた。
だれに?
神様?
それとも……この星?この世界に?
……分からない。
ただ、生きている事に感謝をしないではいられない。
生かしてくれて……ありがとう。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
そしてその後、大分体が回復した頃にカイトとシオールがお見舞いに来てくれた。
大声で泣きながら謝ってきた。
こんなにも心を痛めていた事にルクレツィアは申し訳なく思った。
ルクレツィアは2人を抱き締めると、大丈夫とひたすらに宥めた。
2人が無事でよかった……。
それが何よりも嬉しかった。
彼らのためにも、自分が助かって本当に良かったと思った。
だってこれで私が死んでしまったら、彼らの心に深い傷を残してしまっただろうから。
ようやく2人が落ち着きを取り戻した頃、2人は花束をプレゼントしてくれた。
それはささやかだが、とても素敵な花束だった。
それから孤児院の先生や子供達からのたくさんの手紙を受け取った。
ルクレツィアは涙を零しながら何度もありがとうとお礼を言った。
そしてまた孤児院に遊びに行くという約束をして、笑顔で別れた。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
アルシウスがお見舞いに来てくれた時、ルクレツィアは彼に深く頭を下げてお礼を述べた。
自分を助けるために色々な事を彼がしてくれたからだ。
神殿から聖女の力を特定の人物に使用するには様々な許可がいると言われたらしいが、全ての責任を負って早急にルクレツィアに最善の治療を受けられるように環境を整えてくれた。
今回だけでなくアルシウスは己の執務なども忙しいのに、今までルクレツィアのためにかなりの時間を割いて手を尽くしてくれていた。
ルクレツィアが涙を流して顔を上げると、優しい微笑みで「大した事じゃない。」と言い、ルクレツィアの頭を軽く撫でた。
そして、彼がルクレツィアの涙をそっと指で拭うと言った。
「お礼も嬉しいが、それよりもルクレツィアの笑顔が見たい。それが俺の何よりも嬉しいご褒美だから。」
その言葉にルクレツィアは顔を真っ赤にしたが、直ぐにアルシウスに向かって微笑んで見せた。
アルシウスはその笑顔を見詰めて、嬉しそうに笑った。
「また、その笑顔が見れて良かった……」
そして、崖から転落した時の事をアルシウスが詳しく話してくれた。
まず、クレイとルクレツィアは竜巻の風の勢いで崖に激しく衝突した。
その時クレイが剣を崖に差し込み、何とか転落からは逃れる事ができた。
だが、せり出していた岩に勢いよくぶつかったために大怪我を負った。
無意識に魔力で体を保護していたが、防護の指輪もなくまともに衝撃を受けてしまった。
その衝撃は凄まじく、クレイはろっ骨や肩、臓器の損傷など大怪我を負った。
クレイが何とか意識を失わずに剣を握り締めていられたのは、奇跡と言っても過言ではない。
それ程の大怪我をクレイは負っていた。
激痛に耐えながら何とか剣にしがみ付き、クレイはルクレツィアを掴んで離さなかった。
クレイが命懸けで自分を守ってくれたんだと、その事を想像するだけで胸が痛み、ルクレツィアの瞳から涙が溢れた。
ルクレツィアは様々な箇所を複雑骨折の上、脳を損傷して重篤の状態だった。
その話を聞いたルクレツィアは、人を吹き飛ばす程の竜巻がどれほど恐ろしいものかを改めて実感した。
そして、その状態の2人を崖の途中から救出してくれたのはイアスだった。
直ぐに救出する事が困難な場所から、イアスの闇魔法により救われた。
イアスの闇魔法で2人を闇に飲み込み、崖の上へと瞬時に移動させた。
闇魔法は闇がある場所で知っている場所ならどこにでも移動が出来るという魔法だった。
なのでルクレツィアとクレイの纏う影により、イアスの闇魔法を使って移動させる事ができた。
その後、すぐにイアスは聖女であるメルファの元へ運ぶため、王城へと闇魔法で全員を移動させた。
それからメルファはすぐに傷を癒す祈りの光魔法を唱えて、2人は無事に一命を取り留める事が出来たのだ。
クレイやルクレツィアの大怪我を治癒するには相当の魔力を要するはずだ。
きっとかなりの無理をさせてしまったに違いない。
ルクレツィアは自分が助かったのは、本当にみんなのお陰だったのだと改めて感謝した。
そしてイアス……。
闇魔法を知られたくないはずなのに、今回の事で多くの人に知られてしまった。
ルクレツィアはイアスに対して本当に申し訳ない気持ちと不甲斐ない想いが募った。
感謝してもしきれない。
イアスに何も返せない自分を悔しく思った。
だが、彼はそんな気持ちを笑って否定した。
ルクレツィアのお陰で自分を見詰める事が出来たのだと。
逃げる事なく運命を受け止めて、それに立ち向かう勇気をもらったと言ってくれた。
その時、イアスは近々この国を去る事をルクレツィアに伝えた。
ルクレツィアは突然の事に驚きを隠せず、悲しみのあまり涙を流した。
けれど、ルクレツィアは引き留めたい気持ちを何とか堪えると、イアスの意志の強い瞳を見て黙って頷いた。
そしてルクレツィアがイアスの手を取ると言った。
「もし何かあったら、絶対に力になるから。私にとってあなたは、ただの命の恩人という言葉だけでは言い表す事はできない。とても大切で特別で……かけがえのない人だから。困った時はどうか私を思い出して欲しい。」
それを聞いたイアスは目を細め、何かを我慢する様に唇を強く引き結ぶと、そっとルクレツィアを抱き締めた。
そして、人知れず涙を一粒零した。
この人とはもう二度と会えないのかもしれない……。
そう思い、ルクレツィアは胸がひどく痛むのを感じた。
切ないはずの心が、その腕に抱かれ静かに穏やかに満たされていく。
2人の周りがいつもの優しい空気に包まれていった。
だがやはり、ルクレツィアは切ない気持ちを抑えられない。
もうこんな風に彼と分かち合う事はないんだと。
もう……彼と笑い合う事も叶わない。
そう感じて……。
その優しい空間が、今はただ悲しかった。
ルクレツィアは心の中に何か大きな穴が空いてしまった様な、ひどい空虚感を覚えた。
――――それからしばらくしてイアスは姿を消した。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
ルクレツィアは王都が見渡せる丘に来ていた。
優しい風がルクレツィアの頬を掠める。
ルクレツィアは時折、この丘へ足を運んでいた。
イアスが教えてくれた場所。
前世を思い出してから、本当に色々な事があった。
自分が本当に生き抜けたという実感はまだ湧いてこない。
でも、いずれ生きる事が当たり前だと思う様になるのだろう。
それでも、前よりも生きるという事の大切さは、この胸の奥に深く刻まれている。
どんな時でも諦めない。
ルクレツィアは自分の心が前よりも強くなっていると感じる事ができて、とても嬉しかった。
そして生きる喜びを噛み締める。
人生は謳歌してこそ輝きを放つ。
間違ってもいい。
正しくなくたっていい。
自分の心がそれを求めているなら。
大切な人が喜んでくれるなら。
そしていつか……。
最後に人生を終える時、自分が笑っていられる様に。
幸せを噛み締めながら死んでいける様な、そんな人生を送りたい。
「ルクレツィア。」
ルクレツィアは名前を呼ばれて後ろを振り返った。
そこには優しい笑顔を浮かべてこちらに歩いてくるクレイがいた。
「またここに来てたのか。」
ルクレツィアもクレイに笑顔を返した。
「ええ。」
そしてクレイがルクレツィアの側まで来ると、そっと抱き締めてきた。
ルクレツィアが慌てて逃れようともがく。
「こ、こんな公の場所でっ」
だがクレイは更に力を強めて、それを許さなかった。
ルクレツィアは深い溜め息と共に、抵抗という感情を吐き捨てる。
彼の深い愛情の前では、抵抗などという無意味なものを持っていてもしょうがないと最近気が付いた。
そして前世の記憶が戻った時の事を思い出す。
あの頃には考えられなかった。
クレイとこんな風な関係になれるなんて……。
ルクレツィアがそっとクレイを見上げると、クレイは嬉しそうに微笑みを返してくる。
ルクレツィアも嬉しさのあまり顔を綻ばせた。
「ルクレツィア。」
甘く優しい響きで再び名を呼ぶと、クレイが顔を近付けて、そっと唇にキスを落とした。
ルクレツィアも目を瞑り、それに応える。
すると、そんな2人を祝福する様に、王都の街に大きな虹が現れた。
その虹はキラキラと輝きを放ち、まるで明るい未来を物語っている様にもみえた。
そんな事にも気付かないまま、2人の影は重なり続けている。
そして虹は優しい光でそんな2人を照らし続けるのだった。
ヒロインを虐めなくても死亡エンドしかない悪役令嬢に転生してしまった! 青星 みづ @aohoshi-mizu
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