第15話 ルクレツィアのこれからⅠ

ルクレツィアが目覚めると豪華なベッドの上にいた。

すぐ側には父親がルクレツィアの手を握り、目を冷ました事にホッとした表情を見せた。

けれどその表情はどこかやつれた様にも見える。

ルクレツィアはそっと口を開いた。

「……お父様。」

すると父親は優しくルクレツィアの額を撫でると言った。

「気が付いて良かった……ルクレツィア。今、医師を呼ぶから。」

父親が側に控えていた執事を見遣ると、執事は一礼してその場から退出して行った。

そして再びルクレツィアに向き直ると言った。

「本当にもう……心臓が止まるかと思ったよ。」

悲しみの表情にルクレツィアは胸が傷んだ。

「お父様……ごめんなさい。」

「お前は何も悪くない。あの騒ぎでは気が動転するのも無理はない。医師の話では特に問題はないそうだが、一応念の為にもう一度見てもらおう。そして今日はそのままゆっくりと休みなさい。幸いあと数日は祝日だからね。」

「はい、お父様……」

そうルクレツィアは答えると大人しく医師が訪れるのを待つ事にした。


今は何も考えたくない……。


ルクレツィアは自分の体がひどく重く感じて瞳を閉じた。






 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈






次の日、ルクレツィアは昼頃に目を覚ました。

自分の心とは正反対で天気は快晴だ。

ルクレツィアの気分は沈むばかりだった。


……分かっていた事でしょ。

もとからこうなるって分かってたはずなのに。

何でこんなにもショックなんだろう……。


ルクレツィアは考えた。 

きっとここはゲームとは違うと、少し期待していたんだろうな。

だけどやっぱり私の記憶通りに聖女が覚醒した。


うん。

正直、ものすごくショックだ。


はぁ……。


ルクレツィアは深い溜め息を吐いた。


なんでこの世界に転生させられたんだろう。

なんで私なの?

なんでこんな目に合わなくちゃいけないの?

なんで、なんで、なんでっ……。


ルクレツィアは拳を振り上げると思いっきり枕に向かって打ち付けた。

けれど一向に気持ちが収まらない。

ルクレツィアは両手で顔を覆い隠した。


お父様……。


不意に父親の顔が頭に思い浮かんだ。

このまま私が死んでしまったら……。


そう考えた時、ルクレツィアはいきなり頬を思いっ切り両手で打ち付けた。

パーンッと張りのある大きな音が部屋に響き渡る。

あまりの痛さに顔を顰めたが、ようやく顔を上げた。


クヨクヨしてる場合じゃない。

まだ私は生きてる。うん。


よしっ!

気合入った!

これからクレイとイアス様とお話をしないとね。


あと、願わくば聖女とも……。


ルクレツィアはそう考えると、ベッドから起き上がり顔を洗うため、隣の部屋へと移動した。

そして顔を洗い少しさっぱりした気分になると、侍女を呼び急いで準備を始めた。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







な、なんでこんな事に……。


ルクレツィアは眉を顰めて見詰めるアルシウスと向かい合って座っていた。

ここはアルシウスの執務室だ。

アルシウスの隣にはクレイもいた。

クレイの話によると、アルシウスにも知ってもらうべきだと考えたらしい。

だからルクレツィアの話を聞いた後にアルシウスには少し話をしたと言われた。

それを聞きルクレツィアは裏切られたと思いショックを受けたが、私にはそんな資格はないと思ったし、クレイを責める気はなかった。

アルシウスには当日に奇跡が起きるとだけ話していたらしい。

その事に関係して悩みを抱えていると。

そしてその奇跡が本当に起きた今は、アルシウスにクレイが知っている全てを話したそうだ。

ルクレツィアはそれをただ黙って聞いていた。

アルシウスは執務室にルクレツィアを呼ぶなりずっと黙っていたのだが、やがて口を開いた。

「信じがたい内容ではあった……」

ルクレツィアは目を伏せて黙って頷いた。

「だが、本当に昨夜に奇跡が起きた。今、城や神殿は会議などで大騒ぎしてるよ。」

「そうですか……」

ルクレツィアが短く返事を返す。

そしてアルシウスは真剣な眼差しでルクレツィアを見据えると言った。

「結論から言うと、ルクレツィアの話を信じざるを得ないという事だ。何せ、500年もいなかった聖女が昨夜誕生すると予言していたんだからな。まだ夢の中なんじゃないかと疑っているくらいだ。しかもルクレツィアの変わり様……別人になった様だ。」

ルクレツィアは顔を上げると、アルシウスを見詰めて言った。

「アルシウス様。お願いです。この事は国王やお父様には秘密にしてください。昨日お父様に会って改めて思いました。お父様は私が死ぬと分かったらどんなに悲しむか……。昨夜倒れただけでもあのやつれよう……、きっと病気になってしまうわ。」

「しかし、クレイが言っていたがそれを回避する方法も知っていると。」

だが、ルクレツィアは首を横に振った。

「それもあくまで可能性に過ぎません。そうなったからといって、私が死ぬ事を100%回避できるとは言い切れません。」

そう話したところで、急に執務室の扉がノックされた。

アルシウスが中に入る様に促すと、中に通された人物はイアスだった。

「イアス様っ」

ルクレツィアは驚いて立ち上がる。

イアスはそれに応えるように微笑みを返し、3人の元へ歩み寄るとアルシウスに一礼をした。

「本日は王太子殿下から召集を受け、参上致しました。」

その言葉にアルシウスは頷いた。

「ああ。この話を知っていると聞いたからな。彼にもいて貰うべきだと思ったんだ。よく来てくれた。そこへ掛けてくれ。」

ルクレツィアは再び席に着くと、イアスは促されたルクレツィアの隣の席に座った。

「よし。なら話を進めよう。まず確認だが、この話を疑っている者はいないか?」

アルシウスが確認したが誰も異議を唱えなかった。

だがアルシウスは少し顔を曇らせると、重い口を開いた。

「……正直、俺はまだ戸惑っている。昨夜は色々な事があったから、まだ頭が追い付いてないのが俺の正直な気持ちだ。だが、全部を否定できない自分もいる。だから俺はこの話を信じるという前提で話を進めていく事にする。きっと全てを理解するには時間が必要だ。今はそれで許して欲しい。」

アルシウスはそう言い、ルクレツィアを真っ直ぐに見詰めた。

ルクレツィアは頷くと言った。

「当然だと思います。だって昨日聞いたばかりなんでしょう?それなのに私の事を否定せずにいてくれるだけでも、本当に有難いと思っています。」

「なら今後どうすべきか決めよう。まず、ルクレツィアの助かる可能性を聞かせてもらおうか。」

だがルクレツィアは首を横に振った。

「嫌です。まずは国王やお父様に話さないと約束してください。約束してくれないなら話したくありません。」


まぁ、クレイはその約束も破ったのだけれど……。

アルシウスは少なくとも約束は絶対に反故したりしないだろう。

今まで誓いを立てて、その約束を反故にした事はない。

国王が誓いを破るという事は、国の信頼を揺るがす大問題となるからだ。

王太子である彼もまた然り。

いずれ国王になるのだから当然彼も同じだ。


「そうか……」

その言葉にアルシウスはしばらく考えていたが、やがて口を開いた。

「いいだろう。この話は国王とモンタール公爵には内密にしておく。だが、解決出来ないと判断したり、何か緊急事態が起きた場合は報告するからな。」

その言葉にルクレツィアは不満そうに口をへの字に曲げた。

アルシウスは睨む様にルクレツィアを見詰めて更に言う。

「分かったな。」

ルクレツィアは深い溜め息を吐くと渋々とその提案を受入れた。

「分かりました……」

「よし。なら聞かせてくれ。」

「その前に誓いを立ててください。」

「何だと?」

アルシウスが睨み見る。

だが怯む事なく、ルクレツィアは黙ってそれを見詰めた。

やがて深い溜め息を吐いてアルシウスが折れると、右手を上げて正式に誓いを宣言した。


ここでの誓いを立てるとは、魔力によって誓いを立てるという意味を現す。

魔力によって誓いを立てた場合、その誓いを破れば相手に気付かれる様になっている。

それによる拘束力はない。

あくまで、反故にした場合は誓いを立てた相手に気付かれるという簡易的なものだ。


「これでいいか?」

アルシウスがルクレツィアを見詰めた。

ルクレツィアは笑顔で頷くと言った。

「はい。ありがとうございます。」

「なら聞かせてくれ。」

「では説明させていただきます。まず、恋愛ゲームのゴールは全部で5つあると言いましたが、それは5人の恋愛対象者がいるからです。それを前世では攻略対象者と呼びます。どの攻略対象者を選択するかで進む道が変わるのです。ですが、どの道に進んでも私は必ず死にます。それで思ったのです。もし聖女が5人を誰も選ばなかったら?そんな話は恋愛ゲームには存在しません。ですからその場合、ゲームの物語が崩壊しますから私も助かるのではないかと、そう考えたんです。」

「なるほど……」

それを聞いたアルシウスが腕を組んで考え込んだ。

だがすぐに顔を上げるとルクレツィアに尋ねた。

「それでその攻略対象者は誰なんだ?」

その言葉にルクレツィアはウッと声を詰まらせた。

「どうした?」

アルシウスは訝しげにルクレツィアを見る。

「そ、それは……」


やっぱり聞かれるよね?

過去にアルシウスとクレイの恋愛ゲームを楽しんだなんて……。

本人を目の前にして、恥ずかし過ぎるっ!


ルクレツィアは顔を赤くさせてまごついていると、イアスが思い付いた様に言った。

「まさか……」

ルクレツィアがその言葉に慌てて振り返る。

「王太子殿下?」

「イアス様っ」

ルクレツィアが咎める様に名前を呼んだ。

だが既に時は遅し。

アルシウスはいきなり自分だと指摘されて唖然としていた。

「お、俺か……?」

狼狽えながらアルシウスが尋ねる。

ルクレツィアは顔を真っ赤にさせて身を乗り出すと言った。

「言っときますけど、前世の話ですからねっ!あくまで前世!今、そんなゲームがあっても絶対にやらないんだからっ!」


ゔゔっ……。

なんという公開処刑!

穴があったら入ってそのまま生き埋めにされてもいいくらいっ。

なんという屈辱っ!

なんという恥っ!

だって本人を目の前にして、あなたと恋愛ゲームをしてましたなんて……恥ずかし過ぎでしょ!


アルシウスの頬に赤みが差した。

そして、そんなルクレツィアを目を見張って見詰めていたが、やがて我に返ると言った。

「お、俺は……いや、いい。それよりも俺が5人の中に入っていたとは……。と、とにかく!あとの4人は誰だ?」

その言葉に更にルクレツィアはいたたまれない気持ちになった。

そしてクレイをチラッと見遣った。

彼は何も言わないが……どことなくどす黒いオーラを漂わせている様に見える。

ルクレツィアは逃げたくて仕方なかったが、何とか腹を括ると、もうどうにでもなれっ、という気持ちで一気に言った。

「そこにいるクレイでしょっ。カーク・ユリゲル様にレオナード・モリス様ですっ!あと1人はやってないので分かりませんっ」

ルクレツィアは席に座り直すと、顔を下に向けて俯いてしまった。

何とも微妙な空気が流れて、しばし沈黙が訪れたが、やがてアルシウスが言った。

「なるほどな……。みんな俺の側近で将来有望の子息ばかりだ。そのゲームを作ったものはこの世界の神だな、まるで……」

ルクレツィアはその言葉に思わず心の中で呟いた。


神……。




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