第16話 ルクレツィアのこれからⅡ

ルクレツィアは恥ずかしがっている場合ではないと、どうにか気持ちを落ち着けると言った。

「それは何とも言えません。神のいたずらかまたは啓示なのか……」

「他に予言している事はあるのか?」

アルシウスが尋ねた。

「そうですね……」

ルクレツィアは少し考え込むと言った。

「いくつかあります。聖女の誘拐事件や王都の大火事や竜の襲撃など……まぁ、竜の襲撃は私が死ぬ原因の一つですけど。なので竜の襲撃は必ず起こる訳ではないですが、聖女の誘拐事件はどの道でも必ず起こります。攻略対象者全員で聖女を救出するのですから。」

それを聞いたアルシウスとクレイとイアスの3人は、驚いて固まっていた。

「そんな大事件が起こるのか?本当に?」

アルシウスが信じられないという様な顔で疑わしげに尋ねた。

ルクレツィアは真剣な顔で言った。

「ゲームの世界では起こります。」

「そうか……。どうやらその恋愛ゲームの話を詳しく聞く必要がありそうだな。」

「はい。私の覚えている限りの内容を纏めて、後ほど提出致します。ただ……」

ルクレツィアがそう言った後に少し言い淀む。

「なんだ?」

「その……、どこまで書き記すべきなのかですが……。だって主体は恋愛ゲームですから。なので、その……」

ルクレツィアはもじもじと指を弄びながら、察してっ!とばかりにアルシウスを見詰めた。

そしてアルシウスもその意図に気付くと、顔を赤くさせて狼狽える様に言った。

「……ああ。恋愛部分や一個人の情報は除外してくれて構わない。だが政治やこの国に少しでも関係があるなら書き記してくれ。」

ルクレツィアはホッと息を吐きながら頷いた。

「はい。分かりました。」

「では話を戻してルクレツィアが死ぬという時期だが……」

「その事ですが。」

ルクレツィアが口を挟んだ。

「どうしても気になってしまうのが、聖女がどの道に進もうとしているかなんです。失礼ですがこちらからも少し質問をしても?」

その問いにアルシウスは頷いた。

「ああ。いいだろう。」

アルシウスから許可を貰い、ルクレツィアは軽く咳払いをして姿勢を正すと言った。

「ではお尋ねしますが、アルシウス様はメルファ・フランツェル様と昨日お会いしましたか?」

「昨日……?ああ。パレードの前に一度会ったな。」

「本当ですか?!」

ルクレツィアの声にアルシウスはたじろいだ。

「……ああ。間違いない。」

「それは神殿の中にある中庭ですか?」

その問いにアルシウスは目を見開いた。

「なぜそれを……」


やっぱり!

という事は一つはアルシウスのルートの可能性があるわね。

星夜祭の日にヒロインが中庭で祭事の練習を行っている時に偶然出会い、練習に付き合ってあげるシーンだ。


ルクレツィアはアルシウスの問いには答えず、クレイに向き直ると言った。

「クレイは?昨日フランツェル様にお会いした?」

何故かドキドキと胸の鼓動が早くなっていく。

クレイは静かに口を開いた。

「いや、昨日は会ってない。」

「本当に?神殿の所で会わなかった?」

ルクレツィアは食い入る様にクレイを見詰めた。

だがクレイはゆっくりと首を横に振った。

「ああ、昨日神殿に確かに行ったが会ってはない。」

「そう……」

ルクレツィアはその答えに顔がニヤけそうになるのを何とか堪えた。

そしてルクレツィアは気を取り直すと3人の顔をそれぞれ見遣った。

「実は、なぜそれをお聞きしたかというと、昨日は攻略対象者が3名に絞られる重要な日でもあったのです。昨日主人公であるフランツェル様とお会いした方が、その攻略対象者の3名に選ばれたという事になります。なので恐らく1人はアルシウス様で間違いないでしょう。」

「そ、そうか。」

アルシウスは少し動揺して答えた。

ルクレツィアはそれを見て、少し気分が良くなった。


フフッ。

自分の恋愛事情を覗かれるなんて恥ずかしいものね。

さっきは羞恥で死ぬかと思った気持ちを、少しは理解してくれればいいわ。

まぁ……、アルシウスには何の罪もないけどね。


そう、これはただの八つ当たりよ!

ハッ!

いかん、いかん。

悪役令嬢の思考になってる!


ルクレツィアは意識を3人に戻すと言った。

「後の2人はモリス様とユリゲル様でしょうか……。それか隠しキャラか。」

「隠しキャラ?」

アルシウスが尋ねた。

その問いかけにルクレツィアは思い出した様に言った。

「ええ。隠しキャラとはもう1人の攻略対象者の事です。私がその道を選択出来なかったのは、ある特定の条件下でしかその道を選択出来ない様になっていたからです。どう選択するとその道に進めるのか、私には分かりません。なのでその攻略対象者が誰なのか分からないのです。」

「それは本当にすごろくなのか?」

アルシウスが唸る様に尋ねる。

「すごろくの様なものです。すごろくと違って、進んでいかないと道の内容は分からない様になっています。」

「ふーむ……。そうか。」

アルシウスは納得しかねている様だったが、今は重要ではないと思い直した様でルクレツィアに向き直ると言った。

「では、後の2人には俺が確認してみよう。」

ルクレツィアは頭を下げて言った。

「よろしくお願い致します。」

するとそこでイアスが口を開いた。

「……もしかしたら、もう1人はカーク・ユリゲル様かもしれません。」

その言葉に3人は一斉にイアスへと視線を向けた。

イアスは真剣な顔で3人を見渡した。

「私は神官補助としてその日は神殿にいました。その時にフランツェル様とユリゲル様をお見かけしました。それは確かです。」

その言葉にルクレツィアは言った。

「そうです。ユリゲル様も神殿でお会いするはずです。」

ルクレツィアがそれに同調するとアルシウスが言った。

「そうか。では恐らく2人目はカークで間違いなさそうだな。」

その言葉にルクレツィアも頷こうとしたその時、ある重要な事に気付いた。


ん?

ちょっと待って。


……という事は、イアス様もヒロインと同じ時間に神殿にいたって事よね?

あれ?

そういえば、イアス様って学園に通ってるし、神官だし、ものすごくイケメンだ……。


その考えが浮かんだ時、ルクレツィアは思わず声を上げた。

「もしかして……っ!」

3人は一斉にルクレツィアを見詰めた。


そうよっ!そうよっ!

なんで今までそれに思い当たらなかったのか……。

バカ!バカ!バカ!

ルクレツィアの大ばか者っ!


ルクレツィアは心の中で罵声を浴びせると、次にはイアスを振り返って顔を覗き込む様に前のめりになった。


この美し過ぎる神秘的な容貌。

神様の様に優しく慈愛溢れる性格。

平民ってところが少し引っ掛かるけど、それでもお釣りが来るぐらいのステキな男性じゃない!


ルクレツィアはジーッとイアスの瞳を食い入る様に見詰めている。

イアスは少し顔を赤く染めながら困惑していた。

「ル、ルクレツィア様?」

するとルクレツィアはガシッとイアスの腕を掴んで言った。

「イアス様?少し質問してもよろしいですか?」

「ええ。も、もちろん。」

イアスは戸惑いながらも答えた。

「もしかして、昨日フランツェル様と会話されました?それ以前に学園でお話した事は?」

「え?私ですか?」

まさかそんな質問をされると思っていなかったイアスは動揺を隠せない様子で狼狽えている。

「ええ。昨日は星夜祭でしたし……。学園で初めてお会いしたのは本当に偶然ですが……」

「という事は、学園でも会った事があり、昨日も会話したという事で間違いありませんね?」

「は、はい。それは間違いないですが……。昨日フランツェル様にお会いした方はたくさんいらっしゃると思いますよ?」

イアスは何やら良からぬ予感がしている様で、逃げ腰で答えている。

だがルクレツィアは自信たっぷりで答えた。

「このすごろくは学園が舞台なんです。ではお聞きしますが、イアス様のように神官で学園に通っている方はいらっしゃいます?」

その問いにイアスは狼狽えながら答えた。

「そ、それは……恐らく私だけかと。で、ですがっ、あの、話からして神官は関係ないですし、その、確証はありませんよね?」

「ええ、もちろん。ですが……」

ルクレツィアはアルシウスとクレイに向き直ると、興奮気味に言った。

「恐らく攻略対象者の5人目はイアス様ですわ!彼が隠しキャラですっ」

「ち、違いますっ」

イアスが慌てて否定した。

「だって私は平民ですよ?将来有望でも何でもありませんっ。」

「いいえ。平民でも大神官になられた方が過去にいらっしゃいました。」

「そ、そんな恐れ多過ぎですっ」

イアスは全力で否定してきたが、急に今まで黙っていたクレイが口を開いた。

「お前……本当に平民か?」

「わ、私は間違いなく平民で孤児院で育ちました。」

「だが……俺の気配に気付くのはやはりおかしい。何か隠してるんじゃないのか?」

クレイは睨む様にイアスを見詰めた。

「そんな事を今お話している場合ですか?」

イアスは困った様に言った。

するとアルシウスが言った。

「確かにそれは気になる事ではあるが……また別の時にしよう。だが攻略対象者だという可能性はあるな。いずれにせよ、残りの攻略対象者に昨日の事を確認する必要がある。」

その言葉に3人は頷いた。

「そして、とりあえずはルクレツィアに資料を提出して貰い、その内容を精査しようと思う。ルクレツィアの助かる可能性も含めてな。ルクレツィアが言う様に聖女とその5人のいずれも結ばれなければ助かる可能性はある。だからといって聖女を閉じ込める訳にもいかないからな……」

その言葉を聞きルクレツィアは一気に気分が沈んでいくのだった。






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