第17話 星降る夜に
ルクレツィアは満天の星の下で1人、深い溜め息を吐いた。
バルコニーからは遠くでざわめく人々の声が聞こえてくる。
人々の興奮はまだ冷めやらぬ様で、王都中が聖女の誕生を祝っていた。
あれから4人は話し合って、聖女の気持ちを確認する事に決めた。
聖女は国の一番の宝だ。
その宝を国から追い出す事なんて出来ないし、聖女の意見は国王と同じくらい、いや時としてそれ以上に、この国で優先されるべきものとなる。
現在、国政と神殿側が会議をして聖女の今後の方針を話し合っている。
ルクレツィアは恐らく、このまま聖女は学園に引き続き通う事になると言った。
アルシウスはその言葉が信じられない様だったが、ルクレツィアが、彼女が学園に通う事を強く望んでいるからだと説明した。
そして彼女は何より自分が聖女である事に戸惑っていて、普通に生活出来る事を望んでいると。
しかしそれはあくまでゲームの中の気持ちを語っているにすぎない。
現実に彼女がそう思っているかは確かではない。
だがアルシウスは彼女と同じ生徒会役員という事もあってよく知っているからだろう、その気持ちには納得している様子だった。
それに学園に戻る理由の一つに守備の問題もある。
王太子が通う学園は万全のセキュリティを施してある。
だが神殿にはまだ聖女を護る為の魔法防壁などが存在していない。
厳重な聖女の神殿を建設するには、それなりの期間が必要だという事も一つの要因だった。
ルクレツィアは今日話した事を思い返していると、夜空に一筋の流れ星が通り過ぎるのを見て、思わず口を開いた。
「あ、流れ星……」
すると背後から声を掛けてくる者がいた。
「こんな所で……風邪を引くぞ。」
ルクレツィアが驚いて後ろを振り返ると、そこにはアルシウスがいた。
「アルシウス……」
なぜアルシウスがここに来るのかルクレツィアが戸惑っていると、アルシウスが構わず隣に来て言った。
「少し話がしたくてな。」
「そ、そう……。私も実は確認したい事があるんです。」
「なんだ?」
「え、えっと……」
ルクレツィアが言葉にするのを躊躇っているとアルシウスが苦笑した。
「本当にルクレツィアは変わったんだな。今は別人に見える。」
「そ、そう?でも今のルクレツィアとしての感情も確かに存在してはいるのよ?ただ、今のルクレツィアのままだと破滅の道しかないし……。しかも今までの自分がとても恥ずかしく思えてくるの。まぁ……クレイには前のままが良かったのかもしれないけど。」
そう言ったルクレツィアは悲しそうな顔をした。
最近のクレイは全くルクレツィアに構ってこなくなった。
あの話をしてからクレイの態度はルクレツィアに対して関わりたくないという感じで、目が合っても直ぐに逸らされていた。
今日の話し合いでも、どす黒いオーラを感じたものの特にルクレツィアに話し掛ける事もなかった。
……あんな事したくせに。
ふとそんな事を思ったが、直ぐにその考えを打ち消した。
ルクレツィアの執着心から解放させてあげたいと思ったのは紛れもないルクレツィア本人なのだから、いじけるのは筋違いだ。
うん、これでいいんだよね。
ルクレツィアがそう無理やり納得していると、アルシウスが口を開いた。
「どうだかな……。あいつが戸惑っているのは間違いないが。」
最後の方は声が小さ過ぎてルクレツィアの耳には届かなかった。
アルシウスはルクレツィアの方に向き直ると言った。
「そのまま敬語は使わないで話してくれ。昔の様に……」
「え?……あっ」
ルクレツィアは自分が敬語を使っていない事に今気が付いた。
「も、申し訳ありませんっ」
ルクレツィアが頭を下げようとしたが、アルシウスに止められた。
「俺が許可したんだから謝るな。」
「で、でも……」
「昔は仲が良かっただろ?敬語なんて使わないで一緒にはしゃぎ回って……」
そしてアルシウスが切なそうな表情でルクレツィアを見詰めて言った。
「頼む……」
ルクレツィアはその真っ直ぐな瞳で見詰められ、思わず胸が高鳴るのを感じた。
恥ずかしくてルクレツィアは誤魔化す様に前に向き直ると頷いた。
「わ、分かったわ。」
一体、急にどうした?!
なんでそんな目で私を見てくるの?
どうしていいのか分からないんですけどっ。
最近アルシウスの態度が軟化していたからって、いくらなんでも私に気を許し過ぎでしょっ……。
ルクレツィアはアルシウスの砕けた態度に、動揺を隠せないで狼狽えた。
アルシウスはそんな戸惑っているルクレツィアを見ながら、クスッと笑みを漏らすと言った。
「ありがとう、ルー。」
そう言われてルクレツィアは顔を一瞬にして真っ赤に染めた。
「アルシウスっ、その名前は昔のあだ名よ。そんな幼い名前は……恥ずかしいから。」
だがアルシウスは面白そうな顔で更に言った。
「孤児院の子達には呼ばせてるのに?」
「あ、あれはっ。子供達が呼び難いって言うから……」
「俺も小さい頃は呼び難かったな。」
アルシウスは遠くの灯火を眺めながら眩しそうに言った。
そしてしばらくの間2人はただ黙って夜景を眺めていたが、やがてアルシウスが口を開いた。
「俺はずっと後悔している事がある……」
その言葉にルクレツィアはアルシウスを振り返った。
アルシウスは掴んでいたバルコニーを更に強く握り締めると言った。
「クレイとルクレツィアの仲を引き裂いたのは俺のせいだって。ずっと謝りたいと思っていたんだ。それをルクレツィアのせいにして、クレイのためだと自分を正当化してた。2人はそれで満足していたのに……」
ルクレツィアは驚いてアルシウスを見たが、次には首を横に振って言った。
「アルシウスが謝る必要なんて一つもないわ。私が悪いの。クレイは人間よ。人形じゃない。なのに私は自分のものみたいに彼を扱っていた。むしろ今は感謝してるわ。彼に広い世界を見せてくれて。本当にありがとう……」
「そんな感謝されるべき人間じゃないんだ。俺は……」
そう言い、アルシウスがルクレツィアを見詰めた。
「ただの嫉妬だ。2人がいつも一緒にいたのが許せなかっただけだ。」
「え?嫉妬?」
その意外な答えにルクレツィアは困惑した。
嫉妬?
どういう事?
クレイと仲良くなりたかったって事……?
それともクレイと私の仲にアルシウスも入りたかったって事?
そんな風に考えながらアルシウスの意図を推し量っていると、アルシウスが笑って誤魔化す様に言った。
「それで?ルクレツィアが確認したい事って?」
突然言われてルクレツィアはハッと我に返ると、アルシウスに意識を戻した。
そして後ろめたさを感じつつ徐ろに話し始めた。
「そ、それなんだけど……。その、アルシウスはフランツェル様の事……どう思ってるの?」
「どうって?」
「こ、言葉通りよ。だから女性として気になってたり……」
するとアルシウスは一瞬、虚をつかれた顔をしたが、次には面白そうな顔で言った。
「なに?気になるのか?」
アルシウスの顔が近づいてくる。
「そ、それはそうよ。もしアルシウスがフランツェル様の事気になってたら申し訳ないって思うじゃない。だって、好きでも私の命の為に諦めてくれって言っている様なものでしょう?」
アルシウスはその言葉を聞き、なぜかつまらなさそうな顔をすると言った。
「心配ない。俺は彼女の事は友人以上には思ってない。」
「そうなの?あんなにステキな女性なのに?」
その言葉に安心したが、魅力的過ぎる女性が近くにいても何とも思わないとは、ルクレツィアには理解出来なかった。
「俺には最近気になる人がいるからな。」
アルシウスがそう言ったので、ルクレツィアは目を見開いた。
「えっ、そうなの?!」
まさかの答えにルクレツィアは動揺した。
え?
そんなのストーリーになかったけど?!
いや、裏設定にはあったの?
び、びっくり何ですけど!
そうして誰なのかと尋ねようとしたら、不意に鼻が擽られてルクレツィアがくしゃみをした。
「くしゅっ」
アルシウスはそれを見て言った。
「長く話し過ぎたか。」
「え、そんな事より……」
ルクレツィアは気になる相手を聞こうとしたが、アルシウスがいきなり自分の上着を脱いで肩に羽織らせてくれた。
ルクレツィアは慌てて言った。
「悪いわ。これだとアルシウスが寒いから……」
するとアルシウスが言った。
「じゃあ、礼を貰おうか……」
アルシウスは背後からルクレツィアを優しく抱き締めると、そっと頬にキスをした。
ルクレツィアは驚きのあまり体を硬直させた。
頭が真っ白になって言葉が出てこない。
アルシウスがクスッと笑うと耳の側でそっと囁いた。
「長くは外にいるなよ。じゃあ、おやすみ……」
アルシウスはルクレツィアから離れると、そのままその場を立ち去っていくかと思われた。
だが思い出した様に振り返ると言った。
「そうだ。言い忘れていたが、あまり男の前で赤い顔を見せるなよ。見せるなら俺だけにしておけ。」
そう言い残して、アルシウスは今度こそ立ち去っていった。
1人残されたルクレツィアはまだ体を硬直させていた。
え………、なぜに?
頭の中でいつまでもぐるぐると疑問だけが回り続けるのだった。
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