第30話 伝えられない想い
聖女誘拐の事件後ようやく落ち着きを取り戻した頃、ルクレツィアとメルファはアルシウスの部屋で近衛騎士団達の前で並んで立っていた。
実は、2人で夜遅くまで語り合った時に助けて貰ったお礼をしたいとメルファが言ったのをきっかけに、本日そのお礼を渡すため騎士団に集まって貰っていた。
何とか2人でお礼の品の準備も完了して、騎士達に無事に全て配り終えるとメルファが感謝の言葉を述べた。
騎士達も聖女の言葉を聞き感激している様で、ルクレツィアも謝罪と礼を述べたが、自分の救出は本当に余計だったなと深く反省して、その場を後にした。
実際は彼女達がその場から立ち去った後に騎士達は、花の妖精と深緑の妖精である2人から貰った品々を大いに喜んでいた。
2人は影で妖精に例えられ、2人が仲睦まじい様子は騎士達の目の保養になっている事実など、本人達は知らない。
しかも、ルクレツィアはアルシウスがいたのでキスの事が思い出され、恥ずかしさのあまり顔を仄かに赤く染め、更にいつもと違いしおらしくしていた。
なので、騎士達がルクレツィアを見る目にいつもより熱が籠もっていた。
それをアルシウスから咎められ、後ほどキツい鍛錬を追加された事など、もちろんルクレツィア達は知る由もなかった。
そして部屋を立ち去った後、ルクレツィアが言った。
「ではあと配ってないのは、クレイとイアス様とモリス様とユリゲル様ね。」
「そうね。」
メルファが同意すると、ルクレツィアは気を利かせて言った。
「じゃあ、二手に別れますか。メルファはユリゲル様とモリス様にお願いしてもいいかしら?」
「ええ。フフッ、ありがとう。」
メルファは頬を染めて嬉しそうに笑った。
それから2人は別れて、メルファはカークを探しに行き、ルクレツィアもクレイを探しに歩き出した。
多分、いるとしたらあそこかな。
剣技の鍛錬場。
そういえば、ゲームでは何回か見た事があるけど、現世では初めてだわ。
フフッ、どんな感じか少し楽しみ。
でも、一番の目的はクレイに謝る事だけどね。
あの事件以来、2人きりで話すのはこれが初めてだし……。
少し緊張する……。
ルクレツィアは胸がドキドキと高鳴るのを感じた。
そしてしばらく歩くと剣技の鍛錬場へと辿り着き、ルクレツィアが観覧席の方へ足を踏み入れると鍛錬場が一望できたので、クレイの姿を探した。
何人かの生徒が模擬や組手や型の鍛錬を行っている中で、クレイの姿が目に入った。
ルクレツィアは観覧席の端に腰を下ろして、クレイが終わるのを待つ事にした。
クレイは型の練習を行っていて、ルクレツィアはその素早く無駄のない洗練された動きに魅入っていた。
ゲームと全然違う……。
今、目の前で見ているクレイの動きは力強くて、軽やかで、とても美しい。しかも、ものすごく俊敏だ。
現実にクレイが剣を持ち、動いているのを見ると、何だかとても感慨深いものがあり感動を覚える。
ゲームが現実になってるって実感する。
そして何よりクレイの美しさに魅入られる……。
ルクレツィアは時間が経つのも忘れてクレイをずっと見詰めていた。
そしてようやくクレイの鍛錬が終わった様子で鞘に剣を収めているのを眺めていると、クレイが顔を上げて観覧席にいるルクレツィアの方を仰ぎ見た。
どうやらルクレツィアがいるのにいつの間にか気付いていたらしい。
ルクレツィアは立ち上がると、苦笑いしながら手を上げた。
クレイはルクレツィアの元へと歩いて来ると言った。
「これから汗を流すからもう少し時間が掛かる。だから、このすぐ近くにベンチがある中庭があるからそこで待っていて欲しい。場所は分かるか?」
「ええ。分かるわ。あちらの方にある噴水がある中庭でしょう?」
ルクレツィアが中庭のある方向を指して確認をした。
「ああ。そうだ。すぐ行く。」
「うん。待ってる。ゆっくりでいいからね。」
お互いに笑顔を交わすと、何だか心が温かく包まれる様な感覚を覚えた。
「では後で。」
クレイがそう言うと、ルクレツィアに背を向けて建物の中へと入っていく。
ルクレツィアもその姿を見送った後、観覧席から出ると中庭へと向かった。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
ルクレツィアはベンチに座って、噴水の水の流れを見詰めながらクレイを待っていた。
程なくしてクレイが中庭に姿を現すと、ルクレツィアは手を上げてクレイに声を掛けた。
「クレイ。」
クレイもルクレツィアの姿を確認すると側に寄っていき、ルクレツィアの隣に腰掛けた。
「待たせたな。」
ルクレツィアは用意していた飲み物をクレイに差し出した。
「もし良かったら。特製ドリンクなの。」
前世の知識を活かしてスポーツドリンクの様なサッパリとした飲み物をルクレツィアは作ってみていた。
クレイはそれを受け取ると口に含んだ。
「っ、うまい。」
クレイが少し驚いた様に言った。
「運動した後に最適な飲み物を作ってみたの。口に合って良かったわ。」
ルクレツィアが嬉しそうに言うと、クレイは関心した様に言った。
「ルクレツィアの飲み物だから心配していたが、良い意味で予想を裏切られたな。」
その言葉にルクレツィアは頬を膨らませて言った。
「まぁ、ひどいっ。私だって前世が平民だったんだし料理くらい出来るんだから。せっかくお礼にお菓子も用意したのに、そんな事言うならもうあげるのやめようかしら。」
ルクレツィアはプイッと顔を背けて見せた。
するとクレイは苦笑して言った。
「悪い。それはすまなかった。でもお礼ってなんの事だ?」
不思議そうに尋ねるクレイに、ルクレツィアは本気で怒っていた訳ではなかったので、すぐに気を取り直すとクレイに向き直った。
「あの、この間は助けてくれて本当にありがとう。今、助けてくれた人達にお礼の品を渡してるの。それでクレイにも良ければ感謝の気持ちを受け取って欲しくて……」
ルクレツィアはキレイに包んだ袋を差し出した。
クレイはそれを受け取るとリボンを解いて中の物を取り出した。
「クッキーか。ちょうど何か食べたかったんだ。」
そう言って口に入れた。
「うん。これも上手い。ルクレツィアが作ったのか?」
その言葉にルクレツィアは嬉しそうに言った。
「メルファと一緒にね。日持ちと手軽さを考えてクッキーにしたの。聖女の祈りも込められてるから疲労回復も出来るわよ。」
「確かに……。体が軽くなった様な気がする。」
クレイが腕を回しながら答えた。
ルクレツィアはクレイと普通に会話出来るのが何より嬉しく感じた。
今までの
ルクレツィアは思わず口を開いた。
「……ありがとう。クレイ。」
その言葉にクレイはルクレツィアへ視線を移した。
ルクレツィアは少し瞳を潤ませながら更に言った。
「今までひどい事をしてきたのに、許してくれて……本当にありがとう。クレイは本当に優しい……」
その言葉にクレイは目を見開いたが、ふとルクレツィアの瞳から目を逸らすと言った。
「いや、お前だけが悪かったんじゃない。全てお前のせいにしていた俺は卑怯で馬鹿だったんだ。俺の方こそ今まで本当にすまなかった。」
クレイがルクレツィアに頭を下げた。
「そんなっ、クレイは何も悪くないわ!結局は私の心が弱くて、必要とされたくて、あなたを独り占めしたいと思う欲求を私はクレイにぶつけてしまったんだもの……」
「……なら、許してくれるか?」
クレイが心配そうな顔でルクレツィアを見詰めた。
「もちろんっ。許すも何もクレイは本当に悪くないんだから謝らないでいいのに。」
その言葉にクレイは安心したが、直ぐに何かを思い出すと、顔を下に向けてそっと口を開いた。
「……俺が怖くはないか?」
「怖い?」
「俺の容姿は……魔族を思い起こすから。」
目を伏せて言うクレイにルクレツィアはハッと息を呑んだ。
そして次にはクレイの腕を掴むと言った。
「あれはっ、誤解なの!いえ、私が今まであなたにひどい事を言ったのは確かで、今から言う事はただの言い訳でしかないのだけれど、私があなたの容姿を貶していたのは本心ではなかったのっ」
ルクレツィアは悲痛な顔でクレイを見詰めた。
「クレイの事を好きって言う令嬢がいて、その令嬢にクレイの事を好きだと言えない様に私はわざと悪く言っていたの!ただの私の浅ましい嫉妬心よっ。だけどそれは間違いだった……。だからってこんな風にクレイを傷付けていい訳じゃない。本当に……ごめんなさい。」
するとクレイは顔を上げてその美しい赤い瞳にルクレツィアを映した。
「本当か?嫉妬心……。それなら俺は嬉しい。」
ルクレツィアの頬に恐る恐るクレイの右手が触れた。
「俺の目は……怖くない?」
「むしろ……好き。赤い宝石よりも不思議な光で煌めく瞳は、キレイ過ぎて目が離せられない……」
2人の瞳にお互いの顔が映り込み、瞬きも忘れて2人は見詰め合った。
そしてクレイがゆっくりと近づいてくる。
ルクレツィアはクレイが近づいて来るのに気が付き、動揺した。
まだ自分はクレイと恋人になるなんて出来ない。
死ぬかもしれないのに……。
こんな風に無責任にキスなんて……出来ない。
ルクレツィアは思わず、クレイの胸を押して顔を背けた。
「ご、ごめんなさい。」
クレイは黙ってルクレツィアを見詰めた。
「私、クレイとはまだ……」
ルクレツィアが否定の言葉を紡ごうとしたが、クレイがそれを遮って答えた。
「俺は、もう待てない。もう……待たない。」
ルクレツィアの両手を掴むとクレイが覗き込む様に顔を近づけて言った。
「言い訳なんてどうでもいい。俺の事が嫌いか?」
「嫌いだなんて……」
ルクレツィアはクレイの瞳があまりに近くて、逃げたいのに逸らす事が出来なかった。
「未来とか関係ない。今のお前の気持ちを聞かせてくれ。俺の事が好きか?」
必死にクレイが訴えてくる。
その真剣な瞳に嘘を付く事など、ルクレツィアには出来なかった。
けれど何とか誤魔化そうと口を開く。
「そんな事……」
「俺はルクレツィアが好きだ。」
ルクレツィアは突然の告白に、目を見開いてクレイを見詰めた。
「好きだ。」
切ない瞳で訴える様にルクレツィアを見詰めていた。
「クレイ……」
ルクレツィアの瞳から大粒の涙が溢れた。
胸が苦しくて、痛くて、クレイの顔が涙で見えなくなっていく。
クレイはそれを黙って見詰めていた。
こんな自分を好きだと言ってくれる……。
今も逃げようとしていた私に向かって、クレイは真っ直ぐに気持ちを曝け出してくれる。
どうして彼は私なんかを好きになってくれたんだろう。
自分の事しか考えてないこんな自分勝手な私の事を……。
自信なんてない。
むしろ自分が嫌になる。
だけど……クレイはそんな私を好きだと言ってくれる。
……今すぐ、あなたの気持ちに応えたい。
ルクレツィアは涙で見えなくなったクレイの瞳を探した。
そしてそっと手を伸ばす。
だが、頭の中にゲームのワンシーンが突如現れる。
そのシーンは自分が馬車で崖から転落する光景だった。
思わず、彼女の手が宙を掴む。
……だめ。
今、応えてはいけない。
ルクレツィアはその手を食い込む様に強く握りしめると、あまりの苦痛に顔を歪ませた。
そして、彼女は顔を伏せると絞り出す様な声で言った。
「ごめっ、ごめん……なさい。私、今はまだ、……まだ、あなたの気持ちには……」
ルクレツィアはつらさのあまり、両手で顔を覆い隠した。
そんなルクレツィアをクレイは優しく抱き締めた。
「分かったから……。もういい。無理をさせて悪かった……」
その優しさがルクレツィアの涙を更に溢れさせて、ルクレツィアはクレイの胸に顔を埋めると堰を切った様に泣き始めた。
そんなルクレツィアをクレイは優しく包み込み、愛おしそうに髪を撫でて、心を落ち着かせてくれた。
ルクレツィアは時が経つのも忘れ、安心してクレイの胸の中で泣き続けた。
今は何も考えたくない。
ただ彼の優しさを感じていたい。
お願い、どうかこのままで。
ただ彼の傍にいさせて……。
ルクレツィアはクレイの腕の中でそっと願うのだった。
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