第29話 聖女顕現式
本日、聖女が降臨された事で特別に行われる聖女顕現式が大神殿にて行われた。
招待された主要国やサンザード王国の貴賓達が一堂に会しており、式典が厳かに進んでいった。
ルクレツィアは大神殿に入るのは初めてではあったが、前世のゲームで見た事はあった。
なので現実に見る事が出来て感激していた。
荘厳な造りでその場にいるだけで自分の心が澄んでいく様な神聖な空間に、ルクレツィアは魅入っていた。
その中で行われた聖女顕現式はゲームよりも美しく、メルファの姿が聖なる光で誰よりも輝いていて、正しくこの世界のヒロインとして疑いようもない存在感を放っていた。
ルクレツィアはそれをうっとりと見詰めていた。
好きなゲームのお気に入りスチルが現実に拝めたのだからそうなってしまうのも無理はない。
ルクレツィアが魅入っている間にも式典は粛々と進められ、何事もなく無事に終了した。
その後は晩餐会が行われた。
その場でメルファや国王の挨拶が終わると、賑やかにディナーが始まった。
そしてディナーも終了すると、人々は談笑するためにホールなどに移動した。
ルクレツィアもホールで各国の貴賓達と会話をしていたが、いつもと違い最近は男性ばかりだ。
気疲れを感じて適当にあしらいながらその場を離れると、誰にも見つからない様に隠れてテラスの方へ移動した。
テラスは人気が少ない。
ルクレツィアは柱の陰に隠れる様に体を預けて、遠くに広がる夜景を眺めた。
するとすぐに声を掛けてくる者がいた。
「大分父親に絞られたみたいだな。」
ルクレツィアが驚いて振り返ると、そこにはアルシウスが立っていた。
「ええ。こってり叱られましたとも。まぁ自業自得ですけど。」
ルクレツィアがわざとすました顔をして見せると、アルシウスは苦笑した。
「まぁ、可愛い1人娘が誘拐されたんだ。学園を退学させられなかっただけでも良かったと思わなければな。」
その言葉に、ルクレツィアも頷くと言った。
「そうね。それでその事でアルシウスにちゃんと謝りたかったの。もっと早くに謝罪すべきだったんだけど、アルシウスは式典でとても忙しそうだったから、学園も来ていなかったし……」
「ああ。この数日は記憶にないほど忙しかったな。」
そう言いながら、ルクレツィアの側に歩み寄った。
「だが、ルクレツィアには言いたい事が山ほどあったんだ。」
アルシウスの不穏な言葉にルクレツィアが身構えた。
アルシウスは、ルクレツィアが寄り掛かる柱に両手を押し付け、ルクレツィアを腕の中に閉じ込めた。
「……俺が女性にあんなに苛立ったのは初めてだ。」
そして顔を近づけると、どす黒いオーラを放つ笑みを浮かべて言った。
「ルクレツィアにどんな罰を与えてやろうかと考えるほどにな。」
ひぃ~っ!
こ、これは本気だっ。
ルクレツィアの顔が一気に青ざめた。
だが予想に反してアルシウスはすぐ柱から両手を放し、真顔になると真っ直ぐルクレツィアを見詰めた。
「冗談だよ。無事でよかった……」
その優しい声にルクレツィアの胸がズキンと痛む。
なんて顔で……私を見るの?
彼の瞳には温かさが溢れ、愛おしいものを慈しむ様な優しい眼差しだった。
ルクレツィアはその瞳に包まれて、胸に締め付ける様な痛みが走る。
こんなにも彼の中で大切にされていた事に、今、初めて気が付いた。
そう、彼といがみ合っていた昔とは違う。
もう昔のルクレツィアじゃない。
今は彼に愛されて、そして大切にされているんだと改めて実感した。
彼に心配掛けた事を、ちゃんと謝罪しなくては。
ルクレツィアはその瞳を真剣な表情で受け止めると、少し距離をとり姿勢を正してゆっくりと頭を下げた。
「本当に心配を掛けてごめんなさい。アルシウスには迷惑を掛けないと言っていたのに、結局は迷惑ばかり。本当に申し訳ありません。」
アルシウスはしばらく黙ってルクレツィアを見詰めていたが、やがて言った。
「ルクレツィア。顔を上げてくれ。」
「はい……」
ルクレツィアが顔を上げると、アルシウスが言った。
「確かにルクレツィアの行動は軽率だった。だが、俺も警備に穴があったのに見抜けなかった。あの日は奇妙な事に、偶然が重なって警備に穴が空いていたんだ。その隙を突かれた。ルクレツィアが事前に情報を提供していたにも関わらず、こんな結果を招いた俺にも非はある。」
だがルクレツィアは首を横に振ると言った。
「いいえ。きっとこれはこの世界の
ルクレツィアの瞳に悲しみの色が浮かんだ。
だがそれに対してアルシウスが言った。
「いいや。忘れるな。全てがゲーム通りに進んでないはずだ。」
アルシウスがルクレツィアの手をそっと握り締める。
その言葉に、ルクレツィアは先ほど感じたアルシウスの想いを思い出す。
ゲームとは違う、彼の私への想いを……。
ルクレツィアの顔が自然と赤く染まっていった。
そしてアルシウスは、ルクレツィアの握っている手に力を込めた。
「大丈夫だ、ルクレツィア。君を何としても守ってみせる。俺の全てを賭けて、如何なる危険からもルクレツィアを守ると約束する。」
そしてアルシウスは握っていたルクレツィアの手に唇を落とした。
ルクレツィアは顔を真っ赤にさせて何も言えないでいると、アルシウスが上目遣いで笑みを漏らした。
「ルクレツィア、可愛い。」
ルクレツィアは腰が砕けそうになるのを何とか堪えた。
まるで頭のてっぺんにミサイルが降ってきたかの様な衝撃が走って、ルクレツィアは今にも倒れそうだ。
何という破壊力!
あまりの色気に鼻血が出そうだわっ。
ヒロインはこんな凄いのよく耐えられたな!
私は……ハッキリ言って、無理ッ!
や、やられそう……。
でもでもでも!
私は悪役令嬢よっ。
このくらいでやられては矜持が、私の矜持が許さないわ!
ルクレツィアが何とか体勢を整えるとアルシウスの色香に抵抗するため、潤んだ瞳で睨む様にアルシウスを見詰め返した。
するとアルシウスが目を見開いた。
そして息を呑むと、狼狽えながら言った。
「……そんな目で男を見たら、だめだ。」
アルシウスが急に真剣な顔になると握っていた手を引いて、ルクレツィアを引き寄せた。
そして狼狽えるルクレツィアの髪に手を添えると、顔を近づけてルクレツィアの唇に自分の唇を重ねた。
「っ!?」
ルクレツィアは驚いて顔を背けようとしたが、アルシウスがそれを許さなかった。
しばらくしてお互いの唇が離れると、どちらともなく吐息が漏れる。
その息がどこまでも甘く感じた。
そして2人の視線が絡み合うと、アルシウスが言った。
「……謝らないからな。煽ったお前が悪い。」
そう言うと、ホールの方へと立ち去っていった。
残されたルクレツィアは矜持も忘れてその場に座り込む。
ど、どうしたの!?
なんだかいつものアルシウスと違う。
まるで、クレイの様な……。
アルシウスのいつもと違う様子に、ルクレツィアの頭は大混乱だった。
……いつ煽った?
私が悪いの?
いやいや。
か、勘違いですからっ!
断じて煽ってませんっ!
その心の叫びは誰にも届く事はなかった。
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