第3話 ルクレツィアの贖罪

あれからルクレツィアは3日間寝込んだ。

前世を思い出した影響か、或いは、クレイの拒絶の影響かは分からないが、高熱が中々収まらずにずっとベッドで横になっていた。


だが今朝は熱もなく、体も少しダルさはあるものの特に異常は感じられない。


今日も休もうかな……。

そうすれば顔を合わさないですむし……。

クレイは喜んでくれるだろうな。


病気ですっかり心まで病んでしまったルクレツィアは、引きこもりになっていた。


このまま学園やめようかな。

お父様にお願いして別の国に留学しようかしら。

でも、お父様は私を溺愛しているから別の国なんて行かせて貰えないか……。

それとも結婚してしまう?

あ、でも私、このままゲームが進んでいくと死んじゃうんだった……。

クレイにあれだけ憎まれてるんだから、悲惨な死に方は当然な気がしてきたわ。

それにヒロインを虐めたりもするんだし。

既に沢山の人に恨まれてるのかも……。


私、死んで当然なんだわ……。


ルクレツィアは涙を流した。


だから必ず死んじゃうのね……。

これは因果応報というやつだ。


怖いっ……。

自分がもうすぐ死ぬなんて、やだ、やだ、やだ、やだ、やだっ!

やだよ……。誰か、誰か助けてっ!


ルクレツィアは怖くて恐ろしくて、自分の腕で自分を包み込んだ。

そうしてしばらく一人で泣き続けた。

どうしようもなく苦しくて、つらくて何度も嗚咽を漏らす。

どす黒く大きな深い闇が心を飲み込もうと襲ってきて、今にも押し潰されそうだった。

ルクレツィアは声を押し殺してずっと泣き続けた。

やがて泣き過ぎて頭がガンガンと痛み出した時、ルクレツィアの涙がようやく落ち着いてきた。


本当に私は今までなんてひどい事をしてきたんだろう……。

自分は生きる価値もない。

こんな自分死んで当たり前だわ。


だけど……怖い。死ぬのはすごく怖い。

浅ましいかもしれないけど、こんな自分でも死にたくない。


でも、このまま泣いてるだけでいいの?

何にもせず、ただ死ぬのを待ってるなんて……。

今までの自分とあまり変わらないじゃない。


せめて、今までの行いを償わなければ。

人を助ける為に少しでも捧げたい。

それがせめてもの私の贖罪だわ。


そして……浅ましくも、少しでも生き残る可能性があるなら、私は生きる為の最善を尽くしたい。


ルクレツィアはそう心を決めると流れる涙を拭い、ベッドから立ち上がってカーテンを開いた。

外は既に明るく、日の光が部屋いっぱいに降り注ぐ。

その光はとても暖かく、ルクレツィアの心を優しく包み込んでくれている様に感じられた。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







ルクレツィアが自分の教室へ行き席に着くと、取り巻き達が挨拶の為に近寄ってきた。

「おはようございます。ルクレツィア様。もうお加減はよろしいのですか?」

「私、とても心配しておりました。でもお見舞いもお断りされていましたから余程の事があったのではと……」

ルクレツィアは彼女達に微笑むと言った。

「皆様、お心遣いありがとうございます。もう大丈夫ですわ。高熱でしたの。なのでずっと寝込んでおりました。」

「まぁ!それはさぞお辛かったですわね。」

「本当に。無事にご平癒されて何よりですわ。」

「お心遣い感謝致しますわ。」

ルクレツィアは笑顔を崩さず、感謝を述べた。

一通りの外面的な挨拶が終わると取り巻きの一人が口を開いた。

「それにしてもルクレツィア様。本日の髪型はいつもと違う様に見受けられますわ。」

するともう一人も口を開く。

「私も感じておりました。それにどことなく化粧も……」

「ええ。実は髪型も化粧もやめましたの。縦ロールは髪が痛みやすいですし、化粧が濃いのもお肌に悪いですから。以前より威厳が無くなってしまったかもしれませんが……」

ルクレツィアは苦笑して答えた。

すると取り巻きの一人が慌てて言った。

「そ、そんな事ありませんわ!私は前よりも好ましく感じます。化粧などなくてもルクレツィア様の美貌は輝きを放っているのですから。」

「そ、そうですわ!私もそう思います。」

ルクレツィアは2人を困らせてしまい申し訳なく思った。

なので、この会話を終わらせる為に口を開いた。

「そんな風に言って下さるなんてお優しい方達ですわね。ありがとうございます。それではそろそろ授業も始まりますから準備を致しましょう。」

するとその言葉に2人は少し驚いた様に目を見開いた。

きっといつもの対応と違うからだろう。

以前のルクレツィアならきっと当然の事として相手を褒めたりお礼を言ったりなどしなかった。

取り巻き達はその事に違和感を覚えて狼狽えながらも口を開いた。

「それではご機嫌よう。ルクレツィア様。」

そうして2人が立ち去ると、ルクレツィアは鞄から教科書を取り出して準備を始めた。

準備も終えて一息つくと、ルクレツィアはチラッと窓側の席へ目をやった。

そこにいたのはクレイだ。クレイもいつの間にか教室に来て席に着いていた。腕を組んで俯き、目を閉じている。


同じクラスなのよね……。

なるべく視界に入らないようにしないといけないのに。

せめて私の席がクレイより後ろなのが救いかな。

クレイだけじゃなく、ヒロインもその他の攻略対象者も同じクラスだし。

ヒロインはどのルートに入ろうとしているのかな。

それによって私の死に方が決まる……。

そこは何としても把握しておきたい所だけど。


そんな事を考えていたが、クレイが不意にこちらを振り返った。

バッチリと目と目が重なった。

ルクレツィアは慌てた。


や、ヤバいっ!

目が合ってしまった!

な、何か隠すもの……。


ルクレツィアは机に置いてあった本を慌てて掴み、顔の前に持っていき覆い隠した。


こ、これで何とか視界から除外されたわよね?ね?

はぁー……。

何とかクラスを変えて貰えないかな。

これだとお互いに気まずいわ。

頭巾でも被って顔を隠してしまいたい……。

いや、流石に不審者か。


ルクレツィアはそっと本から顔を覗かせてクレイを見た。

もうクレイはこちらを見ていない。

だが今度はその一つ前の席に座っている人物と目が合ってしまった。

その人物とは、この国の王太子であり、クレイの親友でもあるアルシウス・サンザードだ。

因みにルクレツィアとは従兄妹の間柄でもある。

国王の弟がルクレツィアの父親なのだ。

現在、父親は国王から公爵の位を賜り、事実上継承権を離脱している。

それは父親の方から願い出たという噂だ。国王との関係も良好で、ルクレツィアも国王から可愛がられていた。

だがクレイを虐めていたルクレツィアを親友のアルシウスが好ましく思うはずもなく、アルシウスからも当然嫌われていた。

アルシウスは嫌悪の感情を顕にしてこちらを睨んでいる。

ルクレツィアは申し訳なさそうな表情で軽く会釈をすると、視線を外して前に向き直った。

そしてその後すぐに、教室に先生が入って来て授業が始まった。






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