第2話 ルクレツィアの謝罪
目を開くと、そこは学園の寮の自分の部屋だった。
ルクレツィアは自分の顔が涙で濡れているのに気が付いた。
両手で涙を拭いながら、ゆっくりと体を起こした。
そして大きな溜め息を吐く。
「目が覚めたか。」
急に側で声がして、ルクレツィアは驚いて顔を上げる。
そこにいたのは、クレイだった。
ルクレツィアは驚いて目を見開いた。
「な、なんで?!」
ハッ!
そうだ!
クレイの前で倒れたんだった!
も、もしかして運んでくれたの?
優しい人だから、いくら大嫌いな私でも放っておけなかったんだよね。
あなたを虐めてばかりいたひどいヤツなのに。
ルクレツィアは顔を歪めて泣きたくなった。
……謝らなくちゃ。
今までの事、全部謝らないといけない。
そうよね。
これは絶好のチャンスだわ。
今までの事を謝罪しよう!
ルクレツィアはベッドの上で慌てて正座の姿勢をとると、クレイに向かって頭を下げた。
「今までの事、どうもすみませんでしたっ」
ルクレツィアは大きな声で謝罪をした。
「私は今まで、あなたにとてもひどい事をしてきました。謝って簡単に許してくれるなんて思ってません。それほど酷い事をしてきたんですから。でも今は心を入れ替えました。先程の怒りをぶつけられて目を覚ましました。あなたになんとお詫びをすればいいのか……。どうか、これから私に償いをさせて貰えないでしょうか。本当にごめんなさいっ」
一気にまくし立てて言った。
シーン……。
向こうからの返事はなく沈黙が続き、ルクレツィアはジッとしていられず恐る恐る顔を上げた。
クレイは信じられないものを見たという驚きの表情でこちらを見ていた。
「あ、あの……」
ルクレツィアは躊躇いながら声を掛ける。
クレイはその声で我に返ると鋭く睨んで言った。
「何を企んでる。」
ですよね……。
私がこんな態度を取るなんて信じられないよね。
でも、分かってもらうしかない。
ルクレツィアは再び真剣な表情で言った。
「私、本気です。あなたにした事を後悔しているのです。あなたの気が済むなら、何度殴ってくれても構いません。」
その言葉にクレイは更に眉に皺を寄せた。
「俺はお前みたいに卑劣な奴じゃない。しかも嫌いなお前に殴るためだとしても触れたくなどないっ」
その言葉に、ルクレツィアの胸は鋭利な刃物で抉られた様な痛みが走る。
自然と涙が溢れて、幾つもの雫が瞳から零れ落ちる。
泣くなんて卑怯だ、私。
今までの事を考えれば泣く資格なんてない。
クレイの心の傷を思えば、私の傷なんてほんの些細なものなんだから。
ルクレツィアは唇を噛み息を飲み込むと言った。
「……それほどにまで嫌いな私を部屋まで運んで下さり、本当にありがとう……。あなたは優しいから、こんな私を放っておけなかったのですね。」
「やめろっ。白々しい。今さらそんな言葉を聞いても虫酸が走る。」
「ご、ごめんなさい……」
「一体、何が目的だっ」
クレイがイライラした様に怒りをぶつけた。
「好きなの……」
ルクレツィアの言葉にクレイは目を見開いた。
「……あなたが、ずっと好きだったの。」
ルクレツィアは涙を幾つも流しながら、縋る様にクレイを見詰めた。
「クレイを初めて見た時から、ずっと好きだった。」
ルクレツィアは震える声で話し続ける。
「本当に自分勝手で、身勝手で、馬鹿な私だった。優しいあなたにこんな言葉を出させてしまったのだから。あなたの視界に自分を入れて欲しくて、その他大勢の一人になりたくなくて……。でも、その方法は間違いなのに。あなたをこんなに追い詰めるほど、傷付けてしまった私は本当にどうしようもない人間です。」
ルクレツィアは静かに息を吸い込み、呼吸を整えると更に言った。
「でも……、あなたにどう償えばいいのか。どうすればあなたに許されるのか分からない。……いえ、許して貰おうなんて傲慢……」
「やめろっ」
クレイは自分の拳を強く握りしめた。
「今さら何を言うっ。お前の言う事なんか信じられるわけないだろうっ」
そう言い捨てると、クレイは立ち去ろうとルクレツィアに背を向けた。
「ま、待ってっ」
ルクレツィアは慌ててベッドから降りると、クレイに駆け寄った。
だが未だ頭痛が止まない状態で、足取りが覚束ない。
ルクレツィアは足が縺れて前に倒れ込む。
「きゃっ!」
クレイはその声に振り返ると自分へ倒れてくるのが視界に入り、思わずルクレツィアを抱き止めた。
衝撃を覚悟して目を閉じていたルクレツィアは、驚いて目を見開いた。
すぐ目の前にはクレイのルビーの様に美しい瞳がルクレツィアを映して煌めいている。
ルクレツィアは思わず顔を真っ赤に染め上げた。
は、恥ずかしい!
クレイの顔が近すぎるっ……!
クレイは狼狽えながら、ルクレツィアの瞳をじっと見詰めていた。
動揺していたルクレツィアがハッと我に返ると慌てて言った。
「ご、ごめんなさい。」
ルクレツィアがクレイから離れると距離をとった。
クレイはただ黙ってその様子を見ていた。
「あの……、また助けてくれてありがとう。ごめんなさい。私なんかに触れたくないはずなのに……」
クレイはしばらくルクレツィアを見詰めていたが、やがて背を向けると何も言わずに立ち去ろうとした。
ルクレツィアは慌てて呼び止める。
「待って。私に何か償わせて欲しいの。あなたの言う事、何でも聞くわ。だから……」
するとクレイはピタリと歩みを止めた。
「何でも?」
「ええっ、もちろん!」
ルクレツィアは期待を込めてクレイの後ろ姿を見詰めた。
「なら……」
クレイが振り返る事なく口を開いた。
「俺の視界になるべく入らないでくれ。今後一切、俺には話しかけるな。」
その言葉にルクレツィアの体が硬直する。
クレイは冷たく言い捨てると、今度こそ本当に部屋から立ち去っていった。
残されたルクレツィアはしばらく呆然としたまま動けない。
ただ立ち尽くしたまま、クレイが立ち去った扉をただ長い間見詰め続けていた。
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