第5話 遂にヒロイン登場!
「何をなさってるんですか?」
教室に軽やかな明るい声が響き渡る。
3人は驚いて同時に後ろを振り返った。
そこにはピンクのフワフワした髪で、空色の瞳をした天使の様な愛らしさでキョトンと佇むヒロインがいた。
メルファ・フランツェル!
ルクレツィアは天の助けと言わんばかりに嬉しそうな声で言った。
「フランツェル様っ」
そうしてクレイを押し退けるとメルファの元に駆け寄っていく。
「ど、どうされたんですか?」
メルファは慌てて駆け寄って来たルクレツィアを見る。
「な、何でもないのよ。ねえ?皆様?」
ルクレツィアは慌てて答えた。
その問いかけにアルシウスも涼しい顔をして同意した。
「ああ。少し話をしていただけだよ。」
「ああ……」
クレイも仕方なく同調した。
「フランツェル様こそどうされたの?」
ルクレツィアは話題を変えようとメルファに尋ねた。
「私ですか?私はそう!殿下とアランデール様をお探ししていたんです。お忘れですか?今日は生徒会の招集日ですよ。いつまでもいらっしゃらないので皆様首を長くしてお待ちです。」
その言葉にルクレツィアはうんうんと頷くと言った。
「それは大変!皆様をお待たせしてはいけないわ。もう話は終わりましたから、どうぞ私は失礼させていただきますね。」
そう言いルクレツィアは鞄を掴むと一礼して、そのまま退出して行った。
ふぃー……っ。
何とか助かった。
もう少しで全て話してしまうところだった。
危ない危ない。
ルクレツィアは高鳴る鼓動を落ち着けようと大きく深呼吸をした。
だがさっきの事が思い出されて、ルクレツィアは顔を赤くした。
クレイが私を見てくれた……。
もう二度と話すことはないと思っていたのに、見詰めてくれた。
……嬉しい。
ルクレツィアはそれだけで心が満たされるのを感じた。
そして手を胸に当てて呼吸を整えると、ルクレツィアは前を向きゆっくりと歩き始めて寮までの帰路に就いたのだった。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
あれからルクレツィアはクレイの鋭い視線を感じてはいるが、絶対に視線を合わさなかった。
そのため常に本を持ち歩き、いざという時の隠れ蓑にしている。
クレイの気配が近づくと席を外して休み時間もギリギリまで教室には戻らずに何とかここ数日はやり過ごしている。
まさか私がクレイから逃げ回る日が来るなんて……。
ルクレツィアは天変地異とは正にこの事かと戸惑っていた。
だが憂慮すべきなのは他にもあった。
ヒロインが好きになるお相手である。
入学式から既に1ヶ月が経過していた。
もう誰かを気になっていてもいい頃だけど……。
ルクレツィアは頭を抱えて蹲った。
ハッキリ言って全く分からない!
私が教室に殆どいないせいもあるけど……。
ヒロインは誰とでも仲が良いから全然分からない。
分け隔てなく接しているヒロインは正に聖女だ。
後光が差しているかの様な錯覚さえ覚えるわ!
あぁっ、さっさと分かれば早く学園を去って行けるのに。
こうなったら聞いちゃう?!
ズバッと聞いちゃう?
あっ……。
そういえば確かもう少しでイベントがあるはず。
星夜祭だ。
星夜祭でヒロインはパレードに参加するのよね。
そして聖女の覚醒が起きる重要なイベントだ。
この世界に光の魔法属性を持つ人は1人ではなく、珍しくはあるが結構いる。
ただ聖女は今の時代には1人もいない。
最後に記録に残っているのは何百年も前の事だ。
なのでヒロインが聖女の力を覚醒するというイベントは、この世界にとって一生のうちでもまずお目に掛かる事がない貴重な出来事だった。
その重要なお祭りで好感度の高い3人はヒロインとのイベントが起こるはず。
そして3人の攻略対象者に絞り込まれるのだ。
その星夜祭、何としても誰に絞り込まれるのか確認しなくてはっ!
ルクレツィアは手に力を込めて強く決心した。
そしてゲームのおさらいの為、現在は部屋に籠もり本にゲームの内容を書き記していた。
念の為、見つかっても読まれない様に前世の言語を選んだ。
えーっと……。
攻略対象者は、
1人目は王太子のアルシウス・サンザード。
2人目は聖騎士団長の子息のクレイ・アランデール。
3人目は宰相の子息のカーク・ユリゲル。
4人目は影の諜報員のレオナード・モリス。
5人目は謎の隠しキャラ???・???。
5人目は実はゲームでやった事がなかった。
前世で死ぬ直前に隠しキャラがいる事を知って、何の情報も得ていない。
今思うと、死ぬほど悔やまれる。
まぁ……死んでしまって転生した訳だけど。
とにかく、今知ってる4人の攻略対象者の場合のそれぞれの死に方を纏めると……、
アルシウスルートの場合、私は流行り病で死んでしまう。
クレイルートの場合は、竜に襲われて死亡。
カークルートの場合、事故で死亡。
レオナードルートの場合、盗賊団に襲われて死亡。
といったところか……。
これを見ただけでも恐怖で体が震えてくる。
病なんていつなるか分からないから気を付けようがない。
竜が生息する場所は人間が行ける場所でもない。そもそも人間が竜に敵うはずもない。
事故はゲームでは馬車が暴走して崖から滑落してたけど、事故という形なら、それこそ無限に存在する。
盗賊団が一番どうにかできそうだけど……。
でも世界中の盗賊団を無くすまでは安心出来ない。
やっぱり……死ぬしかないのかな。
ルクレツィアは絶望的な気がしてきた。
どの国へ逃げても同じ事が起きるのではないかと不安しかない。
涙が溢れてくる。
どうすれば助かるのか。
いっそもうずっと家に籠れば死なないで済む?
……でも、それでも死なないでいられるという保証はない。
じゃあ、どうすればいいの?
……あーっ、もうっ!
いっその事、ヒロインが誰も選ばなければいいのに!
そうしたら、そうしたら……。
ん?
今、私……。
……重要な事、言わなかった?
ヒロインが誰も選ばなければいい?
ヒロインが攻略対象者を選ばなければ……私はバッドエンドを回避出来る?
んんんっ?
そういう事?
……でもそんな事が本当に出来るの?
あんなに天使みたいな可愛くて、性格も良い子に言い寄られたら誰だって瞬殺じゃない?
攻略対象者やヒロインは芸能人みたいにお似合い過ぎるし……。
でも……。
それでも私はやらなければならないんだ。
出来ないかもしれないけど、何もしなければそれこそ『死』しかない。
とにかく生きる為には行動を起こさなければっ!
それが一番、生き残る可能性がある気がしてきた。
彼女に海外留学して貰うとか、別の学園に行って貰うとか、どうにかしてゲームのストーリーを崩壊させてしまえばいいんじゃない?
うん、うん。
それでいこう!
ルクレツィアは手を強く握りしめると大きく頷いた。
確かエンディングになる少し前に私は死んじゃうんだよね。
ゲームの期間は1年間で終了するんだったわ。
私が死ぬイベントが起きるのは冬休み明けだったな確か。
だからそれまでにヒロインに退場してもらうか、ラブイベントを邪魔しまくるか。
ん?
なんか……それってやっぱりやる事は悪役令嬢と同じじゃない?
果たしてそれでいいのか?
うーん、神に善行を誓うとか言って恋路の邪魔はどうなの?
うーん……。
ルクレツィアは再び頭を抱えて悩み始めた。
でも……、恋になる前ならいいんじゃない?
あと虐めたりは絶対にしないからっ。
そうよ。
出来ればヒロインには別のステキな殿方と恋に落ちていただければ、みんなハッピーじゃない?
攻略対象者達は、いきなり恋に落ちる訳じゃなくてラブイベントで好きになっていくのだから、早めに恋の芽は摘ませてもらいましょ。
とにかく、1学年が終了しても生き続ける事が出来たら私は助かるはず。
だってそこで乙女ゲームはエンディングを迎えるのだから。
よしっ!
そうと決まれば、あとは行動あるのみ!
希望の光が見えてきたっ。
頑張るぞーっ!オーッ!
ルクレツィアは心の中でガッツポーズをした。
だが、この時の彼女は思いもしなかった。
自分の思いとは裏腹に、ヒロインとの関係が大きく変化していく事に。
そして自分の運命を大きく変えていく事を……。
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