第6話 大聖堂の神官
今日は学校がお休みなので、朝早くからルクレツィアは大聖堂に訪れていた。
人はまだまばらだ。
ルクレツィアはカツラを被り、庶民の服装をして念の為に変装していた。
本当ならお供か護衛を付けるべきだが、今日は何となく公爵令嬢としてではなくただ1人の人として懺悔をしたかったのだ。
しかも日中ならそんなに危険でもない。
王都はとても豊かで安全な街だからだ。
ルクレツィアは侍女には学園の図書館で1日中勉強をすると嘘をつき、大聖堂まで出掛けて来ていた。
その際、服は学園でこっそりと着替えた。
学園には看守がいるが、事前に申請しておけば特に問題ない。
看守には公爵令嬢なのに護衛がいないのと服装が地味なのを怪しまれたが、そこは「お忍びデートなので。」という風な言葉を匂わせ、あまり追及をさせる事なく街まで無事に1人で行く事に成功した。
ルクレツィアは荘厳な大聖堂のステンドグラスの光が余りに美しく、しばらく魅入っていたが、やがて跪くと両手を合わせ目を閉じた。
神様。
罪深き私をどうかお救いください。
今まで、私は人々にとてもひどい事をしてきました。
神が罰を与えるのは当然の報いだと思っております。
私はそれを償いたいと思っています。
そして、いつの日か許されたいと願っています。
ですが……。
私はどの様に罪を償えばいいのでしょうか。
孤児院に寄付をすればいいのでしょうか?
孤児院で子供達と触れ合えば、私の罪は軽くなるのでしょうか?
何だか私はそれが申し訳なく思ってしまうのです。
罪なき子供を許される為に利用しているのではないかと。
それは善行だとは言えないのではないかと……。
神よ……。
私はどうすればいいのでしょうか。
ルクレツィアは目を開き、天を仰いだ。
視界に広がる美しい光がルクレツィアの心を落ち着かせてくれる。
ルクレツィアはそっと溜め息を吐いた。
その溜め息は静かな大聖堂に思いの外、大きく響いた。
するとルクレツィアの背後から声が聞こえてきた。
「おはようございます。」
ルクレツィアが顔を上げると、そこには神官が立っていた。
「おはようございます。」
ルクレツィアも立ち上がると挨拶を返す。
神官は若く、ルクレツィアは自分とあまり年齢が変わらないのではと思った。
その神官は髪は白髪だが青白い艷やかな輝きを放っていてとても神秘的な色をしている。
瞳も海の底を思わせるような深い青色でとても綺麗だとルクレツィアは思った。
その神官は優しい微笑みを浮かべた。
「何か悩み事ですか?」
ルクレツィアは神秘的で格好いい神官に少し頬を染めながらも答えた。
「ええ。恥ずかしながら……」
「良ければ懺悔をなさいますか?」
「いいえっ。そこまでしていただく程のものではないのですが……」
「ではお話だけでもお聞き致しましょうか?悩みは話すだけでも少し軽くなる場合もあると思いますよ。」
「ありがとうございます。そうですね……では、お願いしてもよろしいですか?」
「ええ。もちろん。」
そう言うと神官はルクレツィアを促して、礼拝の席に案内した。
2人が並んで腰掛けると、ルクレツィアは深呼吸をして先ほど神に打ち明けた悩みをゆっくりと話した。
そしてその悩みを聞いた神官はしばらく黙っていたが、やがてルクレツィアを見詰めると口を開いた。
「あなたはとても誠実に罪と向き合おうとしています。だからこそ悩んでいるのですね。」
「そうでしょうか……」
「それなら、あなたは孤児院に行くべきだと私は思います。」
「え?」
ルクレツィアは唐突な答えに少し戸惑ってしまった。
「そうですね。早速今から孤児院に向かいましょう。ちょうど、この聖堂に併設された孤児院がありますので。私が案内致しましょう。」
そう言って神官は立ち上がると、スタスタと歩き始めた。
ルクレツィアは戸惑って神官をただ見詰めていたが、神官が立ち止まり、後ろを振り返って笑顔で手招きをしてきた。
その姿があまりに気軽すぎて、ルクレツィアの気負いが何だか検討違いな様な気分になってくる。
ルクレツィアは胸に手を当てて息を飲むと、神官に頷き返した。
そして歩き出す。
とにかく神官に付いていってみよう。
ルクレツィアは神官と共に大聖堂を後にした。
◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈
神官に連れられて、ルクレツィアは孤児院に足を踏み入れた。
すると子供達は嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あっ、イアス様だ!」
「イアス様!おはようございます!」
「イアス様!僕もう朝ごはん全部食べ終わったよ!」
「私も!イアス様!遊んで!」
「遊んで!」
子供達は神官に駆け寄ってあっという間に取り囲んでしまった。
イアスと呼ばれた神官は笑顔で答えた。
「皆さん、おはようございます。今日も元気ですね。お片付けは終わりましたか?実は今日は新しいお友達を連れてきたんです。」
そう言うとイアスはルクレツィアの方を見遣った。
子供達の視線が一斉にこちらを向く。
ルクレツィアは緊張しながらも挨拶をした。
「初めまして。ルクレツィアと申します。皆様、おはようございます。どうぞよろしくお願い致しますね。」
子供達はキョトンとした顔で口々に言った。
「る、るくれてぃ?」
「る、る、る……」
「るっく!」
「る、るくれてあ!あ、僕言えたっ!」
「違うよ。ルクレツィアだよ。」
比較的年齢が高い子は言えるようだが、自分の名前は幼い子供には言い辛いらしい。
クイズ大会みたいになってしまった。
ルクレツィアは慌てて言った。
「どうぞ私の事はルーって呼んでください。」
すると子供達は一斉に名前を呼び出す。
「ルー!遊ぼ!」
「ルー!こっちおいで。」
「僕の秘密基地教えてあげるよ!」
子供達は口々に声を掛けながらあっという間にルクレツィアを取り囲んで、中へと手を引っ張っていく。
するとそこへ1人の女性が顔を出してきた。
年配の女性で、恐らくこの孤児院の園長と思われる。
その女性が優しい微笑みを浮かべて声を掛けてきた。
「おはようございます。孤児院へようこそ。イアス様のご友人ですね。私はこの孤児院の園長です。どうぞよろしくお願い致しますね。」
「は、はい。こちらこそよろしくお願い致します。すみません。突然お伺いして……」
ルクレツィアは慌てて頭を下げた。
「いいえ。我が園はいつでも大歓迎よ。ほらっ、子供達。まだ片付けと歯みがきが終わっていないでしょう。遊ぶのはそれが終わってからですよ。」
園長が手を叩き、子供達を促した。
子供達は文句を言い中々従わない子供もいたが、ルクレツィアが後で遊ぶ約束を交わして他の先生達に誘導されると、渋々と子供達は退散して行った。
そしてイアスが言った。
「今日の予定は大丈夫ですか?無理はなさらなくて大丈夫ですよ。」
ルクレツィアは首を縦に大きく振って頷いた。
「はい、大丈夫です。特に予定はありません。」
「では、今日は子供達と一緒に遊んであげてください。よろしくお願いします。」
イアスが頭を下げた。
「は、はい。こちらこそ、ありがとうございます。」
ルクレツィアも慌てて頭を下げた。
イアスは笑顔で答えると園長に声を掛けた。
「では、よろしくお願いします。また夕刻にお伺いします。」
そう言い、イアスは立ち去っていった。
その姿を見送った後、園長がルクレツィアを振り返ると言った。
「では今日一日よろしくお願いしますね。子供達の相手は大変だと思いますから心してくださいね。」
園長は軽くウインクをして笑った。
ルクレツィアも笑顔で言った。
「はいっ。頑張ります!こちらこそ、今日一日よろしくお願いします。」
そうしてルクレツィアの一日が始まったのだった。
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