第21話 遠乗りデート
「気持ちいいー……」
ルクレツィアが穏やかな風を感じながら、思わず呟いた。
「そうだな。」
それにアルシウスも応えて言った。
2人は今、王都から少し離れた丘陵にある湖の畔でピクニックを楽しんでいた。
丘からは遠くだが王都を一望する事が出来た。
サンザード王国の王都はまるでファンタジー世界にある様な地形をしていた。
まぁ、正しくここはファンタジー世界なのだけれど。
王都の東と西側には大小の山々が連なっており、その双方の山が重なった部分をごっそり削り取られた様な形をしている。
その大きなクレーターの様な場所に王城が聳え立っていた。
削り取られた山は高い崖となって王都の侵略を阻む城壁としての役割にもなっていた。
そしてその崖からはいくつか滝が流れ出し、王都中に水路を巡らせて人々を潤わせていた。
その滝の水しぶきが日の光を浴びると、キレイな虹を描く事も多々あった。
神に愛されている、この王都を見ればその言葉が偽りではないと誰もが感じるだろう。
人々はこの王都を別名『虹の都』とも呼び、その美しさを讃えていた。
今日はその王都から少し離れた湖畔まで、ルクレツィアとアルシウスの2人で約束していた遠乗りを楽しんでいた。
傍にある木陰に二頭の馬が括りつけられている。
ルクレツィアは久々の乗馬でお尻が痛くなったが、とても気持ちが爽快になれてストレス発散できた。
最近色々な事があって気持ちが落ちていたが、何だか頭がスッキリしてとても気持ちが良い。
アルシウスはルクレツィアに穏やかに微笑むと言った。
「ずっと謹慎させられていたし、最近は色々あったからな……」
アルシウスが忙しいのにも関わらず、ルクレツィアを気遣ってくれた事を知り、その想いがとても嬉しいと感じた。
ルクレツィアが言った。
「式典前で忙しいのに、連れて来てくれて本当にありがとう。アルシウス。」
そしてルクレツィアは再び振り返ると遠くにある王都を見詰めた。
そして目を細めると呟く様に言った。
「本当に色々な事があり過ぎて、ちょっと参っていたから嬉しい……」
「ルクレツィア……」
労る様な優しい声でアルシウスが名前を呼んだ。
「ご、ごめんね。しんみりさせちゃった。」
ルクレツィアが誤魔化す様に明るい声を出した。
するとアルシウスは手を伸ばして、ルクレツィアの手を握った。
「……俺が守る。絶対に死なせたりなんかしない。」
アルシウスは真っ直ぐルクレツィアの瞳を見詰めてくる。
ルクレツィアはその真剣な瞳から逃れる事が出来なかった。
「クレイが好きなのは知ってる。……だけど、俺にもチャンスをくれないか?」
切ない瞳でアルシウスが訴えてくる。
ルクレツィアは急な展開に戸惑いながらも、鼓動が高鳴るのを抑える事が出来なかった。
顔が真っ赤になっていく。
アルシウスの握っている手に力が込められた。
「……絶対、大切にする。」
はうっ!
……これで落ちない人がいるだろうか。
今、心に音があったなら間違いなく、ズキューンッ!て鳴ったに違いない!
やっぱり攻略対象者はレベルが違い過ぎるっ。
正統派のキラキラと輝く王子様から、こんな甘い言葉を囁かれて平静でいられる訳がなかった。
なんか、もう流されてもいいかな……。
揺れている心を見透かす様にアルシウスは顔を近づけてきた。
「ルクレツィア、好きだよ……」
「アルシウス……」
ルクレツィアの瞳にアルシウスの顔が映り込むほど近くなった。
そして唇と唇が触れそうになった時、
ルクレツィアの中に急にクレイの顔が浮かび上がった。
ルクレツィアが思わず顔を反らす。
「ご、ごめんなさい……」
アルシウスが顔を離すと言った。
「いや、俺こそすまない。急ぎ過ぎた。ルクレツィアがあまりに可愛すぎて……」
その言葉にルクレツィアは更に顔を赤くさせた。
「ちょちょっと、アルシウスっ。甘過ぎて私、溶けそうだから!」
アルシウスはその言葉に少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「知らない訳でもないだろ?ゲームで俺と恋愛したんだから。」
「そ、それは聖女とだから!悪役令嬢の私じゃないからっ」
ルクレツィアは動揺していて自分が何を言っているのかもよく分からない。
「でも、今、俺が好きなのはルクレツィアただ1人だ。」
アルシウスが再び甘い言葉を吐くので、ルクレツィアは恥ずかしさのあまり顔を両手で覆い隠した。
「うん。ちゃんと伝わったから。……でも、やっぱり今の私にはまだ先の事は考えられない。死ぬかもしれないのに、無責任に今、あなたの気持ちに応える事は出来ない。」
そしてルクレツィアが顔を上げると、アルシウスの瞳を真剣に見詰めた。
「もし、私が生き続けられたなら……その時にちゃんと返事をさせて欲しい。」
その言葉にアルシウスはゆっくりと頷いた。
「きっと生きられるよ。だって俺は聖女の事を好きじゃない。ゲームとは違う未来も絶対にある。」
アルシウスの言葉はとても力強くて、ルクレツィアは本当にそうなる様な気さえしてくる。
「ありがとう、アルシウス。確かにゲームにはあなたという心強い味方はいなかった。そして私はメルファが大好きだし、クレイにひどい事はしない。そしてイアス様や孤児院の友達が大勢いてくれる。だから、生きたいって強く思えるの。みんなのお陰で……」
そしてルクレツィアは王都を振り返った。
アルシウスも頷くと、王都を眺めた。
「そうだな。まずは……聖女の誘拐を何としても阻止しないと。」
「ええ。それでその誘拐の件なんだけど……」
ルクレツィアがアルシウスに向き直ると言った。
「私に考えがあるの。」
「考え?」
アルシウスもルクレツィアに向き直った。
「寮なんだけど、メルファを私と同じ部屋にしない?それで寝る時も一緒にいれば、流石に夜に誘拐はしないと思うの。」
その提案をした理由は、ゲームで深夜の寝静まった時に聖女が攫われたからだ。
しかし、アルシウスは首を横に振った。
「必要ない。ルクレツィアがそんな事をしなくても警備は万全にしてある。」
だがルクレツィアは引き下がらないで訴える。
「なら、いいじゃない。警備は万全なんでしょ?」
「警備対象を増やすわけにはいかない。」
「あら、私に警備は必要ないでしょ。警備している部屋で一緒に寝るだけなんだから。」
アルシウスは深い溜め息を吐くと言った。
「もし仮に夜に襲われた時、2人を守らないといけなくなるだろ。1人の方がまだいいんだ。」
「でも、今のままでは不安なの。私の事は守らなくていいから。」
「そんな訳にいかないだろ。とにかくそれは却下だ。いいな。余計な事をするなよ?」
アルシウスが睨む様にルクレツィアを見る。
ルクレツィアは思いっ切り顔を膨らませた。
睨みを利かせて黙らせようとする、あの表情!
父親の国王にそっくり!
私だって彼女のために何かしたいのにっ。
力になってあげたいのに!
ルクレツィアはツーンッと顔を横に背ける。
それに対してアルシウスは苦笑すると言った。
「お前の気持ちはよく分かったから。」
宥める様に優しく言ったが、ルクレツィアの機嫌はなおらない。
そっちがそういう気ならいいわ!
私だって考えがあるんだから。
私は私で勝手にさせてもらうっ。
ルクレツィアがそんな不穏な事を考えていると、後ろからそっと手が伸びてきた。
そしてルクレツィアを優しく包み込むと言った。
「頼む……。無茶はしないでくれ。俺は、お前がいなくなったら……」
「ア、アルシウスッ……」
ルクレツィアは動揺を隠せないまま、咎める様に名前を呼んだ。
だがアルシウスはキツく抱き締めると言った。
「すまない……。もう少しこのままでいさせて欲しい。」
アルシウスはそう言うと、ルクレツィアの首筋に頭を預けた。
ルクレツィアはアルシウスの声がとても不安げで、悲しみの色を帯びているのを感じた。
なのでそれ以上何も言えず、ただ黙ってその熱を感じた。
「俺が先に好きだったのに……」
ルクレツィアは、アルシウスの声が小さ過ぎて何と言っていたのか分からなかった。
けれど逞しい腕に包まれて聞き返す余裕はない。
そしてアルシウスの手に更に力が込められるのをただ黙って感じていた。
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