第41話 イアスの光と闇

現在、ルクレツィアはイアスと共に風の鍛練場で魔力の訓練を行っていた。

今はルクレツィアが大きな風を巻き起こし、魔力をできるだけ限界まで放出させているところだった。

次第に息が切れてきて、苦しさが増してくる。

ルクレツィアは顔を顰めながら、何とか魔力の放出を続けた。

しばらくして、ようやくイアスが声を掛ける。

「はい。もういいでしょう。やめてください。」

それを合図にルクレツィアは魔力放出をやめると、大きく肩で息をしながらその場に崩れる様にへたり込んだ。

イアスはルクレツィアの元へ歩いて行くと、手を差し出した。

「お疲れ様でした。」

ルクレツィアは息を切らしながら、イアスの手を取ると言った。

「イアスって、けっこう容赦ない……」

その言葉にイアスは満面な笑みを浮かべて言った。

「では、優しくしましょうか?」

そうしてイアスが繋がれた手を引くと、ルクレツィアを立ち上がらせてくれた。

だがルクレツィアはその言葉に首を横に振った。

「いいえ。冗談です。今まで通り、厳しくお願いします。」

そう答えたが、眩暈を感じてルクレツィアの体がよろめいた。


イアスが慌てて、ルクレツィアの体を抱え込む様に支えた。

ルクレツィアは慌てて謝罪した。

「ご、ごめんなさいっ」

そう言い、イアスの腕を押し退けて離れようとしたが、イアスは腕に力を込めてそれを許さなかった。

「今日は体調があまり良くない様ですね。すみません。無理をさせてしまいました。」

イアスは悲しそうな顔で謝罪した。

「いいえっ。全然大丈夫です。だって、これくらいしないと短期間で上達しませんから。」

そのルクレツィアの言葉にイアスが穏やかに言った。

「ルクレツィアはよく頑張っています。この短期間で驚くほど魔力が向上したと思いますよ。」

「ほ、本当ですか?」

そのイアスの言葉に、ルクレツィアは嬉しそうな顔をする。

だが思いのほかイアスの顔が直ぐ近くにあったので、ルクレツィアは頬を赤く染めて目を伏せた。

この状況に今更ながら胸がドキドキと高鳴っていくのを感じた。


そんなルクレツィアの胸の内などお構いなしにイアスが言った。

「ええ、本当です。もうすぐ上級魔法も習得できそうですね。もう今日はこれでお終いにしましょう。」

そしてイアスがルクレツィアの体をひょいっと横抱きに抱え上げた。

「イ、イアスッ!」

ルクレツィアが慌てて、咎める様に名前を呼んだ。

「人に見られますっ」

するとそれに対してイアスが言った。

「周りの事は気にしないと、そう言っていましたよね?」

ルクレツィアは顔を真っ赤にさせて言った。

「そ、それとこれとは違いますっ」

ルクレツィアはクレイの事が気になっていた。

イアスと接する事にかなり嫉妬しているからだ。

けれどイアスとの交流をやめるつもりはなかった。

ただ、噂されない様に注意を払うのは必要だと思った。

こんな状態を誰かに見られたら、クレイが今度どんな事をしてくるか分からないので、ルクレツィアは断固として断るつもりだった。


だが、一気に血をのぼせ上がらせたせいか、急に眩暈と吐き気を感じてルクレツィアは口元を抑えて俯いてしまった。

先ほどまで真っ赤だった顔が急に真っ青になっていく。

「やはり、このまま寮の部屋まで戻りましょう。周りの目が気になるなら、私のローブを掛けて隠しますから……」

「はい……すみません。あ、違……ありがとうございます。」

ルクレツィアの言葉にイアスがフッと笑みを漏らす。

自分が以前言った言葉を、彼女は素直に実行してくれているのが嬉しかった。

「では、行きましょう。」

そう言うと、イアスがルクレツィアに羽織っていたローブを頭から掛けて、歩き始めた。







 ◈·・·・·・·◈·・·・·・·◈







鍛練場から移動してルクレツィアの部屋の前に来たイアスは、扉を叩いた。

だが返事はなく、しばし待っても侍女が出てくる気配はなかった。

寮では貴族には2名までの侍女を滞在させる事を許可している。

でも今は一番忙しい時間帯だったので、侍女達は出払ってしまっているのかもしれない。


イアスは抱えているルクレツィアを見下ろした。

彼女は移動している間に、寝息を立てて眠ってしまっていた。

イアスは彼女が最近眠れないと言っていた事を思い出す。


仕方なく、ルクレツィアの手を取るとそのまま扉のある部分に彼女の手を当てた。

すると扉の鍵の部分が青白い光を放った。

実は今回の誘拐事件後、寮の各部屋に特別な魔法による施錠を行っていた。

その部屋に登録されている人物の魔力以外では鍵は解除できない様になった。

なのでイアスはルクレツィアの手を扉に当てて、魔力を鍵に触れさせ、施錠を解除させた。


イアスは解除されたのを確認して、扉を押し開けると中へと入っていく。

そして寝室へと足を踏み入れると、ローブを外してルクレツィアをそっと寝台に横たわらせた。

ルクレツィアはスヤスヤと寝息を立てたままで起きない。

イアスはその寝顔を黙って見詰めた。

しばらくして、ルクレツィアの髪が少し乱れているのに気が付いた。

イアスはそっとその髪に触れて乱れを直す。



まるで妖精みたいだ……。



イアスはふとそんな事を思った。

周りが彼女の事をなんて呼んでいるのか、イアスも知っていた。

確かに周りがそう評価するのも素直に頷けた。



……あなたは日々、輝きを増していく。



過去から逃げていた自分にとって、ルクレツィアはとても眩しく感じていた。


不安で眠れない夜もあるだろう。

恐怖で押し潰されそうな時もあるだろう。

それでも彼女は生きたいと願い、決して諦めない。

押し潰されそうになりながら、真っ直ぐに前を向く。

それは決して自分のためだけではなく、周りの人々のためでもあった。

周りから愛されている事を知り、その人達のためにも諦めたくないと思っている。


その姿にイアスは否応なく惹かれてしまう。

そして時折見せる大胆な行動に、思わず手を差し伸べたくなる。


彼女の明るい笑顔、喜び、悲しみ、君の想い……すべてに触れたい。


日に日に募るその気持ちは……もう、誤魔化せない。


イアスは心地よく眠るルクレツィアの頬に、そっと触れた。

その頬は温かく、とても柔らかかった。

イアスは、切ない表情で彼女の寝顔を見詰めた。

そして慈しむ様な優しい声で、囁いた。



「……好きです。ルクレツィア。」



その言葉は、すぐ空気へと虚しく消えていった。


イアスは優しく彼女の髪に触れると、顔をゆっくりと近付けていく。


そして彼女の額に、そっと唇を落とした。


まるでそれはお伽話の眠り姫にキスをするかの様に甘く、優しく……。


そして、何より切なく儚かった……。



それに気付かないルクレツィアの顔には、妖精の様に無垢な微笑みが浮かべられている。

幸せな夢を見ている様な……とても穏やかで、どこまでも純真な穢れなき笑顔。


イアスがゆっくりと顔を上げると、再びルクレツィアを見詰めた。



「……守ります。必ず。」



そう言い、イアスはルクレツィアの寝顔を見詰め、強く決意する。


そして、あなたが生き抜いた時……。

私は自分の過去と向き合おう。

あなたが私に力を与えてくれる。

光を与えてくれる。


例え、あなたにとっては影の存在でしかなくても……。


あなたは私の光だから。


どうか、彼女に希望の光あれ。


どうか、彼女に幸せあれ。


そのためなら……私はどんな暗闇も怖くない。

あなたのためなら、喜んで闇になる。


私の光は……あなたひとりだから。


私の希望は、あなただけ……。





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