第23話 満月の夜

遠乗りデートから、早1ヶ月の月日が経っていた。

聖女の顕現式が行われる日も近づいていた。

聖女誘拐の黒幕の足取りも掴めないまま、ルクレツィアは不安だけが募っていった。

だが、あの時のアルシウスの気持ちを考えると自分が無茶をする事が躊躇われて、色々と対策を考えてみたものの行動に移してはいなかった。


そして今夜もルクレツィアは遅くに目が覚めて、起き上がると窓の側に寄った。

見上げれば煌々と輝く満月が浮かんでいた。

ルクレツィアは月を不安そうに見詰めた。

そしてそっと呟く。

「無責任な事、言っちゃったな……」

ルクレツィアは、クレイとの事を思い出していた。


抱き締めてあげるだなんて。

守りたいだなんて……。


自分は死ぬかもしれないのに。


そんな言葉を信じられる訳もない。

クレイが自分の事を突き放したのは当然だと思った。

けれど、やはりあんなに訴えても自分の想いが届かなかった事に、深く傷ついていた。

クレイの苦しみをどうしたら救えるのか……。

あんなにつらそうにする彼を見ていられなかった。

黙っている事なんて……できなかった。

無責任だと分かっていても、伝えた気持ちに嘘はない。


……けれど、それを拒まれた。


それを救えるのはヒロインだけなのか。

だけど彼女はクレイを選ばなかった。

選ばれなかったクレイはどうすればいい?

どうしたら、彼を苦しみから救えるの?

ゲームの知識だけでは全然だめだ。

現実はもっと複雑で、もっと苦しくて……切ない。


ルクレツィアは、深い溜め息をつく。

そして美しい満月を黙って見詰めていると、なぜか無性に胸が騒めいた。

どうしようもない不安がどんどん募っていくのを感じた。


どうして?


この月……。


どこかで……見た事が、ある?


そう感じた時、ルクレツィアはある事を思い出して、目を大きく見開いた。


そうだわ!

誘拐事件が起きた時は、確か満月の夜だったっ!

スチルに満月が映り込んでいたのを今、思い出した!


まさかっ!


ルクレツィアは気が付いたら駆け出していた。

そして引き出しからペンダントを取り出し、そのペンダントを身に着けると、両手で握り締めた。

「光のペンダントよ。髪の毛を薄ピンク色に、瞳は明るい空色へと変えて。」

すると体が青白い光に包まれた。

そしてその光が治まると、ルクレツィアの蜂蜜色の髪がピンク色に、瞳の色は空色に変わっていた。

実はメルファを誘拐されないために色々と対策を考えている時、髪の色と瞳の色を変えられる魔法具を用意していたのだ。


ルクレツィアは、メルファと部屋を一緒に過ごして誘拐を回避させよう作戦の他にも、ルクレツィアが囮になって犯人を誘い出そう作戦も考えていた。

まぁ、突然アルシウスの反対に合い、それらは阻まれてしまったのだが。

だが既にそれらで必要になるであろうペンダントは発注していた。

だが、ルクレツィアがそれを使用する機会はなくチェストの奥に仕舞い込んでいた。

光魔法を施したかなり高額な代物だが、ルクレツィアの今まで甘やかされた財力なら何の問題もなかった。

ルクレツィアは、そのペンダントを胸の中に仕舞い込んだ。


ただの気のせいであって欲しい。

だってアルシウスが言っていたもの。

警備は万全だと。


だから今日は何も起こってないかもしれない。

私の思い違いかもしれない。


けど……。

今私が飛び出して行って、もしかして誘拐犯に会ったら……。


そう考えて、ルクレツィアは身震いをした。


……怖い。

殺されるかもしれない。


じゃあ行くのやめる?

自分が助かるために?

後悔しない?

自分の保身のために、何もしないの?

いつまでも怖がってるままでいいの?


ルクレツィアは己の長い髪を一房手に取り見詰めた。

この姿で彼女の部屋に行くという事は、いざとなったら囮になってもいいという事だ。


それだけの覚悟があるか。


そう思った時、メルファの笑顔が頭に浮かんできた。

彼女は可愛らしい容貌で勘違いされやすいが、実は芯が強い。

曲がった事が嫌いで、決めた事はやり通す意志の強さがある。

けれど相手にそれは押し付けない。

ルクレツィアはそんな彼女を尊敬もしていたし、何より大好きだった。


女の子の友達は彼女が初めてで、ルクレツィアにとってかけがえのない存在になっていた。

そんなメルファが誘拐されると分かっているのに、ただ黙って何もしないでいる事は出来ない。

それに彼女は自分なんかより、この国にとっては誰よりも大切な存在だから。


ルクレツィアッ!

こんなウジウジしてるなんてらしくないぞ!

悪役令嬢の名が廃るわっ!

こんな腰抜けじゃなかったはずっ!

それに例え囮になったとしても、アルシウス達が必ず助けてくれるから。


そう思い、ルクレツィアは自分の頬を思いっ切り両手で打ち付けた。

そしてハッと我に返ると、ある事を思い付いた。


アルシウス……。

ハッ!そうだ!

アルシウスに今から言いに行こうか。

彼に様子を見に行ってもらえばいい。


でも……こんな夜遅くに?

もしかしたら何も起きてないかもしれないのに?

最近の彼は忙しくてとても疲れてる様子だから、起こすのは申し訳ない。


けど……。

この胸騒ぎは……。


うん。

やっぱり一度、アルシウスのところへ行こう。

彼に話してからだ。

迷惑掛けるかもしれないけど、それが今は最善の方法だわ。


そう考え、ルクレツィアは部屋から飛び出すと、一目散にアルシウスの元へと駆け出していった。





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